世界的に女性の起業家が増えている昨今、日本でも女性が新たなビジネスに参入しやすい世の中、仕組みを作るための施策が行われています。その中の一つに、「日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナー」という2013年から続くセミナーがあります。これまでにアフリカ22か国から計120名の女性起業家と行政官が参加し、アフリカにおける女性のビジネスや起業を推進することを目標としてきたものです。
今年で9回目を迎えるセミナーは2022年1月25日から3月1日にかけて開催され、13名がオンラインで参加。アフリカ諸国及び日本での女性起業家の現状や政府としての取り組み、アフリカと日本の女性起業家の経験などを聞き、今後の事業計画を作成しました。
セミナーは、講義・発表・ワークショップ・オンデマンド教材などを使った15コマのセッションで構成されています。今回のセミナーで特筆すべきは、「寄付型クラウドファンディング・ワークショップ」の実施をとおして、女性起業家が直面するファイナンスの壁を乗り越えるための方策が検討されたことです。日本でも広がり始めたクラウドファンディングをどのように事業に役立てたのか、また、本セミナーを通して見るアフリカの女性起業家にとっての今後の課題などに触れていきしょう。
アフリカ8か国からオンラインで参加
日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナーが始まったきっかけは、2013年6月に横浜市で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)にさかのぼります。アフリカの経済開発の重要な要素として、女性の役割について議論され、同会議で採択された「横浜宣言 2013」には、「ジェンダーの主流化」*が掲げられました。
*ジェンダー平等を実現するための基本として、社会政策や立案・運営すべての領域でジェンダーの視点を入れていく考え方
これを受けて「日アフリカ・ビジネスウーマン交流プログラム」が立ち上げられ、JICA(国際協力機構)と横浜市が連携する形で、2013年度から英語圏・仏語圏のアフリカ諸国から女性企業家と行政官が日本に招へいされるようになったのです。そして2015年度からはJICAの課題別研修として、アフリカと日本の女性起業家や行政官による交流セミナーが実施されるようになりました。
今年のセミナー参加者は、英語圏アフリカ諸国のエチオピア、ガーナ、モーリシャス、ソマリア、南スーダン、スーダン、ウガンダ、ザンビアの8か国から計13名で、この内、ガーナ、ソマリア、南スーダン、スーダン、ウガンダは各国2名ずつ参加しました。このセミナーのユニークさは、先述のとおり、女性起業家と行政官がペアになって参加する点です。
セミナーに参加するのは、女性起業家とともに母国に戻ってすぐに女性の起業やビジネス支援策を実行できる要職につく政府高官の人たちです。セミナーに参加するまでは面識のないペアが大半ですが、参加を通じて知り合いになるので、帰国後の活動におけるマッチングの場としての機能も果たしています。
セミナーの受託実施機関であるアイ・シー・ネット株式会社のグジス香苗さんによると、今年のセミナーで特徴的だったのが、行政官の所属する省庁がバラエティに富んでいたことだそう。例年は経済産業省など関係部署からの参加者が多かったのに対し、今年はウガンダから保健省の行政官が参加するなど、女性起業家の支援とは一見縁遠いような参加者もいました。
しかし、今回ペアを組んだウガンダの女性起業家が母子保健分野での事業を展開していたこともあり、良い繋がりが生まれました。2人はウガンダ国内の離れた町に暮らしていますが、いまではメッセンジャーアプリで気軽に繋がれる関係性にまでなったそうです。
セミナーでは、日本の経産省担当者による日本の女性起業支援についての講演や、民間による起業家支援の状況についての講義、横浜市の女性起業支援のサービスを利用した女性起業家との交流などが実施されています。コロナ禍の昨年度と本年度はオンライン開催となりましたが、それまではアフリカから一行が来日して地方自治体の視察や日本の女性起業家との交流なども行っていました。
セミナーの内容は毎年工夫を重ね、年度ごとに少し異なります。過去には来日した研修員がメンターになり、日本の女性起業家の悩みにアドバイスするといった面白い取り組みも実施されました。アフリカの女性起業家は5年以上事業を展開している人を中心に参加しているので、日本とアフリカ双方に学びがある場になっているのです。
女性起業家の最大障壁はファイナンスと情報へのアクセス
アフリカの女性の起業や事業拡大に際して大きな障壁となっている課題はいくつもあります。たとえば、「女性は家に居て、外で働くのは男性」といった日本社会にも似た固定概念が根付いている点や、宗教上の理由で社会との関わりを持つことが困難な点。さらに、起業や事業拡大に必要な資金調達のハードルが高いことも大きな課題です。
なんと、アフリカでは女性が銀行口座を開設しづらいといった現実があるのです。ひと昔前までは銀行口座の開設にパートナーの同意が必要だったり、最初に銀行口座に預けるお金が用意できなかったり、銀行口座を維持するための手数料が払えなかったりといった障壁がありました。そうしたことから、心理的なハードルを感じていた女性起業家も多くいるのです。
その一方で、いまのアフリカはモバイルファイナンスの波が押し寄せており、モバイルマネーの使いやすさなど日本の数歩先を行くほどになっています。高齢の女性や若い主婦層などの多くの女性もモバイルの口座を持てるようになり、金融アクセスは少しずつ改善されているようです。
また、どうやって起業すればいいのか、どこに行けばそうした情報が得られるのかがわからないという、起業に関する情報アクセスがしづらいことも問題となっています。さらに、アフリカでは女性の起業に特化した施策が少ないのも現実です。ほかにも、信頼できる仲間を見つけることや人材育成に手間がかかるといった点も女性の起業を妨げる要因となっています。
前出のグジスさんは、「アフリカの女性起業家の声を聞くと、アフリカ独自の課題がある反面、日本の女性起業家と共通の悩みも多くあるように感じます」と話します。子育てで自由な時間が作れないといった悩みや、パートナーや周囲の支援を得づらいという声は日本と同じ。さらに、女性起業家同士のネットワークがなかったり、見つかっても関係性を続けにくかったりという現実もあるそうです。
今回のセミナーに参加することで、「こうした悩みをほかの人と共有できるのがいい」という意見もあります。しかし、本セミナーの研修が実施される横浜市は、待機児童対策やワークライフバランスと男性の家事・育児参画施策といった女性活躍支援の施策があります。加えて、女性起業家への支援事業が手厚く、起業家予備軍から起業・事業拡大まで、起業のフェーズごとにきめ細やかな支援が用意されていたり、毎年新たな支援が打ち出されたりするので、「女性の起業なんて日本だからできるんだ」という意見もあります。その一方で、いっしょに参加するアフリカの行政官にとっては良いインスピレーションを受けるきっかけになっているのも事実です。
クラウドファンディングをきっかけに事業を見つめ直す
今回のセミナーでは、初めて「クラウドファンディング・ワークショップ」が取り入れられました。セミナー期間中に実際のプロジェクトをローンチするという実践型のワークショップは、過去の反省を活かして考えられたプログラムでした。
グジスさんによると、ファイナンスへのアクセスをどうするかというのは大きな課題だったそうです。今回のセミナーでクラウドファンディング実習を取り上げたことで、研修を受けて帰国後にアフリカの人たちがすぐに使えるようになったのは大きな成果となりました。
セミナーで利用したのは、株式会社奇兵隊が運営する寄付型クラウドファンディングの「Airfunding」。300ドルや500ドルといった少額を資金調達の目標額に設定でき、少額の寄付をリクエストできることや、セミナー参加国で既に資金調達に成功した事例があったことなどから、参加者のニーズに合うと考えられ、今回コラボが実現することになったそうです。
ほとんどの参加者がクラウドファンディングをするのは初めてですが、唯一、ソマリアの起業家女性がクラウドファンディングで起業資金を集めた経験があったそうです。彼女は今回、事業拡大のためのクラウドファンディングを行いましたが、そうしたアフリカの同胞起業家の体験ストーリーは他の参加者への刺激にもなっています。
クラウドファンディング・ワークショップに参加した11名のうち8名が実際にプロジェクトをローンチし、ウガンダの女性起業家はすでに資金を獲得し始めています。彼女は安全で清潔なお産をサポートするプロジェクトとしてマタニティグッズを販売しており、獲得した資金は製造費用に使うそうです。ほかにも、スーダンの女性起業家が女性のスタートアップ起業を支援する事業を展開しており、少しずつ資金を集め始めています。ザンビアでリサイクル事業を行う女性は、不用品を使ってカゴやバッグを作るという事業を行っており、製造現場に女性を雇い、売上を学校に通えない子ども達に寄付するといった活動をしています。
今回立ち上げた多くのプロジェクトに共通するのが、「ソーシャルビジネス」というキーワードです。本セミナーの重点項目のひとつに“ソーシャルビジネス(ビジネスを通して社会課題の解決に取り組む企業)”があります。経済的利益を出しながら、持続的開発目標(SDGs)への取り組みや社会的インパクトを出す持続的な企業経営やその重要性について学びました。
アフリカの多くの起業家は、起業時に社会貢献を目標に始めたわけではなく、利益を挙げることで手一杯。今回のセミナーでは、私たちを取り巻く社会課題をSDGsの17のゴールを参照しつつ、参加者のビジネスの「社会的ミッション」を考えるという学習を行い、参加者が改めて自分の事業が社会貢献に繋がり、社会課題の解決こそがビジネスに繋がるということに気付いてもらえたようです。
オンライン参加という従来とは異なる参加方式だったため、雑談のなかでヒアリングできる生の声はなかなか聞けなかったと話すグジスさんですが、そのなかで南スーダンの女性起業家からの声が嬉しかったと言います。
彼女はセミナーの開始日が有給休暇と重なったので、集中してセミナーを受講できたそうです。受講で得た情報をすぐに女性起業家のネットワークやご近所の女性と共有したと話しており、「この研修を修了し、私は非常に変わったと思います。今はもう以前と同じような考え方はしません。以前は自分のビジネスを大きくしてより多くの子どもが学校で学ぶことができるよう手助けをすることだけ考えていましたが、今は、もっと有能な経営者になりたいと思うようになりました」といったコメントを最後にくれたのだとか。また、「事業を進めるなかで限界を感じていたが、男性と競い合うという意味ではなく、これからも負けずにやっていく勇気をもらえた。会社でより重要なポストに昇進したいと考えるようになった。それが他の女性の道も開くだろうと思う」とも言ってくれたのが印象的だったそうです。
初めての試みだったクラウドファンディングのワークショップは大きな成果を生むきっかけとなったのは間違いありません。これまで研修後の成果物として帰国後の事業プランを作成してきましたが、プランを実行に移すための資金を調達する術がないのが現実でした。しかし、今回、Airfundingを知ったことで、帰国してからの資金を得るための方法を学べたのは大きな進歩だといえるでしょう。
課題は受講後も繋がれる仕組みの構築
すでに多くの卒業生を輩出してきた日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナーですが、今後の課題は「卒業生達と繋がり続けること」。今回のセミナーには以前研修に参加した2名の女性起業家が講師として招かれましたが、彼女達も今年の参加者から学んだことが多くあり、こうしたネットワークを維持することの重要性をグジスさんは感じたそうです。
これまで組織として数名をフォローアップしていくことはあったものの、多くの場合は日本のスタッフとは個人的な繋がりしかなかったのが現状です。しかし、そのなかでも事業が拡大した成功例はいくつかあります。
たとえば、ブルキナファソ、ガーナ、カメルーンの女性起業家が好事例。ブルキナファソの女性は農産品の加工・販売、マーケットを西アフリカからヨーロッパに拡大しました。カメルーンの女性は、農産品の加工をする機械を製造する事業を展開しており、JICA事業へのKAIZENコンサルタントとしても活躍しています。ガーナの女性は農産品加工をしていて、コロナ渦でジンジャーティーやハーブティーなどの健康食品の売上が伸びたそうです。その背景には、日本のセミナーに参加したことで、日本のコンサルタントとの繋がりができたからということもあり、こうした関係を維持していく重要性が伺われます。
日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナーが目指すのは、アフリカの女性起業家が直面する障壁を乗り越えるための方法を伝えることです。その際、自身の事業がどのように社会課題の解決に働きかけているのか、社会貢献としての一面をいかにアピールできるかが、事業にとってもプラスなのは確か。いまや、世界中で社会貢献なくして事業は続けられないものになっていることを、私たちも忘れてはいけません。
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構成/小倉 忍 画像提供/アイ・シー・ネット株式会社
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