日本に暮らしていると「トンガ」と聞いても“南太平洋に浮かぶ島国”という認識ぐらいで、あまり具体的なイメージが沸かない人も多いのではないでしょうか。南太平洋に浮かぶ約170の島群からなる国家であるトンガは、過去に一度も植民地化されたことがなく、現在まで王制が残るポリネシアで唯一の国です。
データで見るトンガの概況
- インターネット普及率…59%(2020年) ※1
- 携帯電話普及率…62.10%(2019年) ※1
- 一人当たりのGNI…5190ドル(2020年) ※2
- 総GDP…4.9億ドル(2020年) ※2
- その他…日付変更線のすぐ西に位置し、経済水域約362,000㎢に大小170余の島々が4つの諸島を構成している ※3
- 主要言語はトンガ語・英語で、キリスト教徒が大部分を占める ※3
※1 出所:国際電気通信連合(ITU) ※2 出所:外務省 ※3 出所:国際機関 太平洋諸島センター(PIC)
トンガの人口は約10万人で面積は20平方キロメートル。これは日本の北海道石狩市や山口県下関市と同じくらいの大きさです。亜熱帯性気候に属し、年間を通じて温暖な地域です。気温は19℃から29℃まで変化しますが、16℃を下回ったり31℃を超えたりすることはめったにありません。年間降雨量は、首都・ヌクアロファのあるトンガタプ島の約1700mmからババウ島の約2790mmまで、ひとつの国のなかでも大きな差があります。
海外からの送金が国を支える現実
トンガの産業構成をGDPから紐解くと、農林水産業19.9%、鉱工業11.1%、サービス業69.1%(出典:2013年国連統計)となっています。主要な輸出品はかぼちゃ、魚類、バニラ、カヴァ。輸入品は飲食料、家畜、機械・機器、燃料です。海外からの送金に依存する経済と、近代化による伝統的な生活の変化が顕著になっており、とくに貿易は著しい入超傾向が見られます。
トンガを含む数多くの太平洋島しょ国の人々は、オーストラリアやニュージーランドなどで季節労働者として働いています。彼らが自国に残っている家族に送るお金が、生活を支え、さらには小規模ビジネスの開業資金にもなっているのが現実です。2019年の低・中所得国への送金額は、過去最高の5540億ドルに上り、送金は太平洋島しょ国で暮らす人々にとって重要なものとなっています。
なかでもトンガは海外労働者からの送金額が世界で最も多く、2019年の送金総額は対GDP比で約37%に達しました。トンガでは5世帯中、4世帯が海外からの送金を受け取っており、その規模は家計消費の約30%に相当するほどです。
そんな中、将来、「観光」が農業および漁業の合計外貨収入額よりも約5倍の外貨を稼ぐ、トンガ最大の産業になると2017年に世界銀行が発表。雇用の面からも労働人口の25%を抱える最大の産業にもなると予測しています。トンガの経済成長を妨げる要因と言われてきた「分散した少ない人口」、「狭い土地」、「世界市場からの隔絶」、「限定された天然資源」といった諸条件が、観光資源としてユニークな売り物にできるというのが大きな理由です。
中国をはじめとする海外旅行客の積極的な誘致やクルーズ船の誘致、高級リゾートの拡張、先進国の高齢退職者向け長期滞在施設の整備などを積極的に推進することで、2040年までに約100万人の中国人を含む約370万人の観光客を呼び込むことを目標としてきました。ただ、新型コロナウイルスの世界的流行や、2022年1月のフンガ・トンガ噴火により、その先行きは不透明となっています。
トンガと日本の交流は30年以上
トンガと日本との関係は30年以上に渡ります。2015年には現在の天皇陛下ご夫妻がトンガへ訪問し、トゥポウ6世国王の戴冠式に参列されました。日本からのODAによる援助は、2016年6月時点で、トンガの近隣国であるオーストラリア、ニュージーランドに続き第3位。無償の資金協力や技術協力など、日本とトンガの関わりは深いものとなっています。
●我が国の対トンガ援助形態実績(年度別)単位:億円
年度 | 円借款 | 無償資金協力 | 技術協力 |
2015年度 | ― | 17.37 | 2.15 |
2016年度 | ― | 15.94 | 3.52 |
2017年度 | ― | 24.80 | 2.31 |
2018年度 | ― | 29.14 | 2.34 |
2019年度 | ― | 0.62 | 1.73 |
(出所)外務省国際協力局編「政府開発援助(ODA) 国別データ集 2020」 ※1. 年度の区分及び金額は原則、円借款及び無償資金協力は交換公文ベース、技術協力は予算年度の経費実績ベースによる。※ 2. 四捨五入の関係上、合計が一致しないことがある。
トンガではかぼちゃの栽培が盛んですが、これには日本が大きく関係しています。トンガで収穫されるかぼちゃは、日本の種を使って作られ、そのほとんどが日本に輸出されてきました。トンガ産かぼちゃは毎年10月から11月に出荷され、日本ではかぼちゃが採れない冬から春にかけて市場に出回ります。トンガの人々がかぼちゃを作るのは、他の換金作物を作るより短期間で収穫でき、キロ当たりの値段がいいからです。
しかし、かぼちゃも津波やサイクロンといった自然災害があっては出荷できません。そこでJICAは、環境・気候変動対策や防災事業を重点分野とし、島嶼型地域循環型社会の形成、再生可能エネルギーの導入促進、観測・予警報能力の強化などを支援しているのです。
年々拡大するトンガでのODA事業
日本がトンガに対して行っている無償資金協力や技術協力などの協力金額は年々増加傾向にあります。その理由は、大洋州地域の持続可能な発展を確保することは、日本と大洋州島しょ国の関係強化に資するだけでなく、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を支え、地域環境の維持・促進にもつながると考えているからです。また、コロナ禍の影響により、各国で保健システムの脆弱性が改めて認識され、協力ニーズが高まっています。
このように重要性を増しているトンガへのODAの実情について、明治時代から南洋州との貿易を行ってきた老舗の商社・南洋貿易株式会社の常務取締役・太宰雅一氏にお話を伺いました。
太宰雅一さん●南洋貿易株式会社・常務取締役。1992年入社。2004年から現在までの約20年近くの間、トンガでのODA事業を担当し、現在は全国早期警報システム導入案件を統括している。トンガへの訪問歴も多数。
同社は1977年にトンガでのODA事業の受託を開始し、現在に至ります。太宰さんは2004年から現在まで長年トンガでのODA事業を担当してきました。
「弊社のトンガでのODA事業のきっかけとなったのは、水産研究センターの建築事業でした。過去には醤油やビールといった食料品や車両も輸出していましたが、市場規模の小ささや輸送コストの面など、さまざまな要因から中断し、いまはODA関連事業が主体になっています。弊社のODA事業は2010年以降には年間平均5〜6億円規模に拡大し、会社全体の売上の1割を占めるほどになりました」
同社は、文化・教育・エネルギーといったインフラ事業だけでなく、建設機材や海水淡水化装置の販売なども手掛けてきました。なかでも、トンガ唯一の高度医療サービス機関であるヴァイオラ病院の建設では2004年から2013年まで3期に渡って、医療機材を含めた設備拡充などで関わっています。そんな太宰氏が、トンガでのビジネスチャンスは「インフラ」にあると言います。
「大洋州の新規ビジネスといえば、パラオの国際空港が挙げられます。こちらは空港利用税で運営されていますが、トンガなら空港会社を作るのもひとつの選択肢かもしれません。また、離島が多いトンガなら、客船ビジネスもありえるでしょう。市場規模が小さなトンガは物の売買だと大きなビジネスが成立しにくいですが、インフラサービスであれば可能性を感じています」
また、南洋貿易ではこれまでODA事業として、トンガにおける防災事業にも関わっています。たとえば、津波発生リスクの高いトンガにおいて、防災無線システムや音響警報システム、トンガ放送局の機材・施設の整備を行うことで、防災体制の強化を図るといった事業です。ほかにも一般財団法人 日本国際協力システム(JICS)の「トンガ王国向け防災機材ノン・プロジェクト無償 (FY 2014)」では、2019年に日本の優れた防災機材を自然災害に弱いトンガ王国へ調達しています。
「弊社は貿易商社なので“物を動かす”事業が主体です。ただ、インフラ投資には興味があって、これまでのODA事業で培ったノウハウを生かして、防災に強い国である日本の技術を持っていくというのも選択肢の一つかなと思っています」
SDGs関連事業やフェアトレードに商機が!?
トンガは石油燃料に大きく依存しており、原油価格の変動に対して非常に脆弱です。電力生成のために約1300万リットルのディーゼル燃料が消費されており、そのコストは同国国内総生産の約10%及び輸入総額の約15%にまで及んでいます。そこでトンガでは、化石燃料を燃焼させる既存の発電方法を、環境に優しく信頼性の高い、より持続可能な発電方法へ移行していくことを目的に、2030年までに再生可能エネルギーを50%にするという目標を掲げました。再生可能エネルギーの導入比率は年々高くなっており、実際に南洋貿易もODA事業で太陽光発電所、風力発電所の建築を手掛けたそうです。
「トンガの電力会社であるトンガパワーリミテッドは、メンテナンス体制がしっかりした政府100%所有の公社。再生可能エネルギーを導入しようとすると、基本となる電力の供給が安定している必要があるので、既存の発電設備がしっかりしているのは大きな強みでしょう。国を挙げて再エネ事業を推進しているので、ODAだけでなく、独立系発電事業などにも新規参入のチャンスがありそうです」
また昨今、途上国との貿易でキーワードにもなっているフェアトレードについても太宰さんは言及。トンガでの可能性については、日本にフェアトレードという考えがなかなか根付いていないことなどから、ビジネスとして成立しにくいと言います。
「弊社では、キリバス共和国のクリスマスの島の海洋深層水を汲み上げ、天日干しして作った塩を輸入販売しています。コスト面でいえば、おそらく世界一高い塩です。輸送コストを考えると、フェアトレードとはいえ、このようによほど高付加価値のある商材でないと日本に輸入するのは難しいのが現状です。例えばトンガに高品質のココナッツがあったとしても、インドネシアやフィリピンから輸入したほうが安いため、日本の商社はそちらに流れてしまいます。まずは、生産国と消費国が対等な立場で行うフェアトレードに対する重要性など、日本国内の意識を変える必要があると感じています」
20年近く現地のODA事業に関わってきた太宰氏から見たトンガは、市場規模が小さいことや、輸送コストがかかりすぎる点など、ビジネスとして成立させるには課題が多いと言います。しかし、日本からはるか8000km離れたこの国には、新たなビジネスが誕生する可能性に満ち溢れています。
トンガには、他の開発途上国と同様、解決すべき社会課題が多く存在します。例えば、気候変動や自然災害に対して脆弱性、生活習慣病のリスク低減など健康課題への解決策などが挙げられますが、これらすべての課題は、新しいビジネスの種となります。とりわけ、SDGsの目標③「すべての人に健康と福祉を」、目標⑦「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」といった側面を意識したビジネスなどには、チャンスがあると言えそうです。
一方、気候変動をはじめとする課題は、世界が国際協調により取り組むべき国際的な社会課題。課題解決のための援助機関の協力金額は増加傾向にあり、ODAとしても伸びしろがあります。日本には、これらの分野における課題を解決できる魅力的な技術やノウハウを持った民間企業が多く存在しています。ビジネスを展開する舞台として、市場規模が大きい国や地域に目が向けられがちですが、南洋貿易のように現地での知識・経験が豊富な企業と協業することで、社会的なインパクトの大きい新たなビジネスを生み出せる可能性があるのではないでしょうか。
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