途上国を中心に世界の人口が増加する中、ビッグデータやAI、ドローンなどの最先端テクノロジーを活用して、農家の経営をデジタル化し、農作物の管理をより精密にする「スマート農業」の動きが活発化しています。近年、この分野では「5G」が大きな注目を集めており、最新の移動通信システムを導入することでスマート農業はさらに飛躍すると言われていますが、その一方で課題も浮き彫りになっています。
世界中の農家は、スマート農業に積極的な理由を見出しています。2022年7月、スマート農業に対する農家の姿勢や課題などについて調べた『DEMETER』レポートが発表されました。DEMETERは主に欧州諸国がスマート農業を推進するためのプロジェクトですが、同レポートは南アフリカやジャマイカといった新興国・途上国を含む、世界46か国から484名の農家の回答を収集しています。この中で、農家がスマート農業を取り入れる大きな理由として、「農業経営に必要な、より良い情報を得ることができる」「仕事をシンプルにする」「生産性を上げる」という3つの要因が存在することがわかりました。
そこで5Gが役に立ちます。数年前に国連開発計画は、このテクノロジーが先進国だけでなく途上国にもさまざまな恩恵をもたらすと論じました。例えば、ドローンやセンサー、データ通信などの幅広い技術との連携。フィリピンの農村・カウアヤン市は、数年前に地元政府が同国最大の通信事業者と提携して5Gを導入し、「デジタル・ファーマーズ・プログラム」を通して農家に最新テクノロジーに関する研修や指導を行いました。
また、5Gによって迅速かつ効率的にデータを共有することが可能になります。イギリスのある事例では、酪農家が牛の首や脚にIoTセンサーを装着。健康状態や日常の行動をモニターし、異変があれば、獣医師や栄養士にデータを送り、牛の健康上の問題にいち早く対処できる体制が構築されたとのこと。このことは最新テクノロジーがさまざまな場面で迅速な意思決定を促すことも意味しており、だからこそ5Gが効率や生産性を上げると期待されているのです。
その他のメリットとして、5Gには気候変動への対策としての側面があることも見逃せないでしょう。2017年に米国科学アカデミー紀要に掲載された論文によると、世界の平均気温が1度上がるごとに、大豆の収穫量は3%、小麦は6%、トウモロコシは7%減少するとのこと。気候変動がもたらす害虫や動物の病気が農作物に悪影響を及ぼしますが、スマート農業では、気候や土壌の状態などに関するデータをIoTセンサーから収集するほか、人工知能や機械学習が農作物の害虫や病気に対する感染のしやすさを予測して農家に伝えることが可能。このような機能の速度や効率性、精度が5Gによって向上すると見られています。
最大のネックは費用
しかし、農業に5Gやスマート技術を導入するうえで最大の障壁となっているのが費用の問題。5Gの導入には既存の4Gネットワークをアップグレードする必要があり、通信事業者が負担する費用は2倍近くになると言われています。コンサルティング会社のマッキンゼーによれば、2030年までに想定される範囲をすべて5Gにするためには、最大で9000億ドル(約121兆円※)もかかるとのこと。さらに途上国の場合、3Gや4Gのネットワーク自体が存在しないか不足している地域が少なくないため、5Gの導入費用は先進国の3倍近くなると言われています。つまるところ、先述したDEMETERのレポートでも、53%の農家がスマート農業における最大の課題は「費用」と回答していました。
※1ドル=約134.7円で換算(2022年8月9日現在)
このような理由で、5Gの導入には国や自治体の支援が不可欠。カウアヤン市の取り組みが参考になるかもしれませんが、農家の心配は費用だけではありません。「リソース不足」や「データのプライバシー」を懸念する声もあり、これらは農家が自力で解決できる問題ではないでしょう。農家が人手不足に陥っている日本では、2020年にNTTグループや北海道大学が共同で、ロボットトラクターを田んぼに導入し、5Gとスマート農業の実証実験を行いました。少子高齢化が進む先進国と人口が増加している途上国では、直面する課題が異なるかもしれませんが、経営の効率化や生産性の向上など、農家がスマート農業に期待していることは同じ。できるだけ費用を抑えた、広く通用するビジネスメソッドが求められています。
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