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少年トオイは正人になった。写真家の半生を写真家が映画にした『トオイと正人』公開

写真家の小林紀晴さんが初の映画監督作『トオイと正人』を制作。2023年3月25日より東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムをはじめ、全国で順次ロードショー公開される。

トオイと正人

小林さんは自らの関心事を写真を通して考え、形にしてきた。その興味は作家にも向き、2001年にインタビュー集『小説家』、12年には同じ写真家である古屋誠一さんを20年来取材した一冊を上梓している。

そして1998年、写真家の瀬戸正人さんが自らの半生記『トオイと正人』を出版して話題を呼んだ。小林さんは刊行と同時に手に取り、読了後「映画に撮りたい」と強く思ったという。彼の文章を読むと、次々と映像が浮かび上がってきたからだ。約20年後、それを実現させた。

瀬戸さんの父親は日本兵としてラオスで終戦を迎え、タイで家庭を持った。写真館で成功するが、1961年に日本に帰国する。タイで8歳までトオイとして過ごした少年は、突然、日本人の正人になった。

日本で過ごし始め、気が付くとタイ語は忘れ、当たり前に日本語を話す自分がいた。「トオイは自分のどこか奥深くに眠っている」と。映画では数奇な運命をたどった父の人生をたどりながら、あのころのトオイと正人の存在を探してタイと日本で過ごした福島を巡る。

トオイと正人
ナレーションは女優の鶴田真由さん

当時、タイでは若き国王が人気を博し、地元へ行幸したとき、父親はその姿を撮影する栄を得た。多くのタイ人がそのプリントを購入したが、タイの写真館は火事で焼け、瀬戸さんの手元には何もない。映画は後半、そのプリントを探す過程を軸に観る者を引き込む。

撮影は2017年に行なっているが、その映像は一人一人の脳裏にかつてあったはずのあの時を呼び起こす。1枚の写真が不意に動き始め、物語が動き出す。そんな感覚だ。

機材は「ニコン D800」などで、データを圧縮せず記録するために外付けの映像レコーダーを使った。色表現など写真家の感性が反映され、それは劇場で実感することだろう。

この映画は「東京ドキュメンタリー映画祭2021」をはじめ、7つの映画賞に輝いた。ちなみに、映画界では公開前に映画賞にノミネートするのがセオリーだとか。「映画は観る人をその世界に引きずり込む強制力があり、それは写真にない魅力と感じました」と小林さんは話す。

映画『トオイと正人』

原作 : 瀬戸正人
監督・脚本 : 小林紀晴
撮影 : 小林紀晴、尾崎聖也、今井知佑
出演 : 瀬戸正人、尾方聖夜
ナレーション : 鶴田真由、こしみずよしき
製作・配給 : Days Photo Film
2023年/ カラー/ 63分

 

〈文〉市井康延