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弧を描く姿が美しい! 貴重な鉄道遺産「扇形機関庫」をダイナミックに表現する撮影テクニック

近年、全国各地で運転されるようになった蒸気機関車。この蒸気機関車に引かれる観光列車の人気は衰えるところを知らない。ところで、蒸気機関車が始発駅や終着駅で車両の向きを変えていることはご存じだろうか。熱心な鉄道ファンであれば、蒸気機関車が折り返し駅の転車台(ターンテーブル)で方向転換する様子を見たことがあるはず。蒸気機関車の多くは進行方向に応じて車両の向きを変える必要があり、主要な駅や車庫には360度回転する転車台が設けられた。このエンターテインメント性の高いイベントは人気があり、新たに転車台を設けて見学しやすくした鉄道会社もあるくらいだ。

 

この転車台の中心から放射状に伸びる引き込み線上に車庫が建てられることがある。転車台の形に合わせ、扇のように弧を描く形状の車庫は「扇形機関庫(扇形庫)」と呼ばれる。この扇形機関庫は、たくさんの蒸気機関車を効率よく収容するのに適した車庫として、全国の機関区に建てられた。明治から大正にかけて造られた初期のものはレンガ積み、昭和に入って建てられたものは鉄筋コンクリート造りが多い。その弧を描く巨大な建物は、造形的な美しさを感じさせる。この被写体としても魅力的な扇形機関庫を広角レンズでダイナミックに表現するノウハウを紹介したい。

 

旧津山扇形機関庫と転車台

岡山県津山市にある「津山まなびの鉄道館」。展示の目玉は旧津山扇形機関庫と転車台だ。周囲に高い建物がなく、青空をバックに弧を描く扇形機関庫を撮ることができる。レンズは35mm判換算で24mm相当。画面上半分に扇形機関庫、転車台を押し込め、下半分に放射状に伸びる引き込み線を配した。

オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO 絞り優先オート F8 1/640秒 −0.7補正 ISO200 WB:オート

 

基本はレンズを水平方向に向けて建物が歪まないように撮る

旧津山扇形機関庫と転車台

建物撮影の基本は直線を直線として写るように正対して撮ること。カメラを水平に構えれば、建物の上側がすぼむことなく写る。しかし、ただ真正面から撮ったのでは、退屈な記録写真になる。そこで、オレンジ色の車両に近づき、水平を保ちつつ、斜めの角度から機関庫を撮るポジションをとった。レンズは35mm判換算で24mm相当。垂直の線はすべて垂直に写る一方、水平方向の線は弧を描き、扇形機関庫らしさが伝わる写真になった。

オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO 絞り優先オート F8 1/1000秒 −0.7補正 ISO200 WB:オート

 

広角レンズで見上げるように撮ると力強い印象になる

旧津山扇形機関庫と転車台

広角レンズは近くのものはより大きく、遠くのものはより小さく写す特性があり、これをパースペクティブ(遠近感)という。このパースペクティブを生かすために35mm判換算で24mm相当のレンズを使い、蒸気機関車にグッと近づいた。さらにしゃがむことでカメラ位置を下げ、見上げるようにレンズを斜め上方向に向けて撮影。こうすることで、遠近感が強まり、扇形機関庫の屋根のカーブも強調される。

オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO 絞り優先オート F8 1/800秒 −0.7補正 ISO200 WB:オート

 

旧津山扇形機関庫と転車台

車両を撮るときもパースペクティブを活用したい。蒸気機関車の円形が特徴的な煙室扉と金色に輝くハンドルとナンバープレート、そして丸いヘッドライトを下から見上げるように撮影した。レンズは35mm判換算で28mm相当。露出も暗めにし、ハイライト部の輝きが引き立つようにした。

オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO 絞り優先オート F7.1 1/640秒 −1補正 ISO200 WB:オート

 

レンズをやや下に向けて足元の線路を広く入れる

旧津山扇形機関庫と転車台

カメラを縦位置にし、レンズは水平よりやや下に向けて、思い切って青空をカットする。さらに画面の上1/3に扇形機関庫を押し込み、下2/3には放射線状に広がるように引かれた線路を配した。レンズは35mm判換算で38mm相当と画角は少し狭いが、これもパースペクティブを利用した表現。画面構成の面白さと遠近感を感じさせる写真になった。

オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO 絞り優先オート F8 1/500秒 −0.7補正 ISO200 WB:オート

 

鏡像を利用して印象的なカットを撮る

旧津山扇形機関庫と転車台

次は変化球にも挑戦してみたい。扇形機関庫の周囲を歩いていると、窓ガラスに機関庫の様子が映ることに気がついた。そこで、窓ガラスに映る機関庫の鏡像と画面左側の実像を組み合わせて絵作りをする。ガラスに映る車両が窓の桟にかからないようにカメラの位置を調整。レンズは35mm判換算で24mm相当。

オリンパス OM-D E-M5 MarkⅢ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-45mm F4.0 PRO 絞り優先オート F8 1/200秒 −0.3補正 ISO200 WB:オート

 

見学が可能な全国の扇形機関庫&転車台

蒸気機関車が現役を退き、車両の方向転換が不要なディーゼル機関車や電気機関車が普及すると全国各地にあった転車台(ターンテーブル)と扇形機関車は不要となっていった。近年、蒸気機関車の動態保存が盛んになったことで、転車台は重宝がられる一方、役割を終えた扇形機関庫は次々と取り壊された。2020年7月現在、国内の扇形機関庫は11か所を残すのみ。その多くは鉄道会社の敷地奥にあり、間近に見ることはできない。しかし、中には博物館施設として整備されたものがある。この見学・撮影可能な全国の扇形機関庫を紹介しよう。

 

1. 京都鉄道博物館の梅小路蒸気機関車庫

JR京都駅の西約1.5キロの位置にある京都鉄道博物館は、西日本を代表する鉄道総合博物館。その展示施設の1つ、梅小路蒸気機関車庫は現存する扇形機関庫としては国内最大のもの。大正3年(1914年)建設の鉄筋コンクリート造りで、20両の蒸気機関車を収容できる。歴史的に価値の高い建物であることから国の重要文化財に指定されている。庫内のほとんどのエリアは自由に見学可能。機関庫前の転車台は全長約21mの巨大機関車C62に対応した大きなもので、現在も稼働している。

 

機関車庫には20両の蒸気機関車が展示されており、うち8両が走行可能な動態保存車両。転車台から伸びる引き込み線の一部は片道500メートルの展示運転線となっていて、蒸気機関車が客車を引いて運転される。この展示運転の終了後、蒸気機関車を車庫に入れる際に、機関車を転車台に載せて回転する様子を見ることができる。

 

京都鉄道博物館の梅小路蒸気機関車庫
国内最大の扇形機関庫。明治時代に製造された7100形機関車から日本最大の旅客用機関車C62まで、国内で活躍した代表的な蒸気機関車が揃う。

 

2. 津山まなびの鉄道館

岡山県津山市にある「津山まなびの鉄道館」は、旧津山扇形機関庫と転車台を中心に据えた鉄道関連の資料を展示する施設。JR西日本の姫新線、津山線、因美線が乗り入れる交通の要衝である津山駅には、かつて蒸気機関車の収容線数が17もある扇形機関庫が設けられ、多くの機関車が出入りしていた。昭和11年(1936年)に建てられた旧津山扇形機関庫は、鉄筋コンクリート造りの立派な建物で、京都鉄道博物館の旧梅小路機関車庫に次ぐ2番目の大きさを誇る。扇形機関庫と転車台は、経済産業省の近代化産業遺産に指定されている。

 

「津山まなびの鉄道館」には、D51形蒸気機関車、DE50やDF50といった貴重なディーゼル機関車が6両、この地域にゆかりのあるディーゼルカーが5両、入れ換え用機関車が1両の計13両が展示されている。いずれも静態保存で動くことはない。「津山まなびの鉄道館」へは、JR津山駅から線路沿いに歩いて10分ほど。

 

津山まなびの鉄道館・扇形機関庫
比較的、痛みが少なく、現役時代の雰囲気を残した扇形機関庫。蒸気機関車は1両しかないが、各地で活躍したディーゼル機関車やディーゼルカーが揃っているところがうれしい。

 

3. 小樽市総合博物館の旧手宮鉄道施設

北海道小樽市にある「小樽市総合博物館」は、北海道最初の鉄道である官営幌内鉄道の起点、旧手宮駅の敷地を利用して作られており、駅構内の線路や転車台、機関庫を流用する形で貴重な鉄道車両などを展示している。その中でも注目すべきは、明治時代に建てられた2棟の旧手宮機関庫。機関車庫三号は明治18年(1885年)に建てられた現存する国内最古の機関庫。3両の車両を格納でき、フランス(フランドル)積みのレンガと曲線を描く屋根が美しい。対照的に直線的なつくりの機関車庫一号は明治41年(1908年)に建てられたもの。機関車庫三号とは設計が異なり、レンガはイギリス積みとなっている。車両は5両収容できる。この2つの扇形機関庫は国指定重要文化財に指定されている。
 

現在、蒸気機関車「アイアンホース号」が動態保存されているほか、国産2番目の蒸気機関車7150形「大勝号」(1895年製)、C12、C55など蒸気機関車4両をはじめ、キ601やキ800などの各種除雪車、北海道にゆかりのあるディーゼル機関車、電気機関車、ディーゼルカーなどが多数、静態保存されている。「小樽市総合博物館」へはJR小樽駅より徒歩25分、バスで10分ほど。

 

小樽市総合博物館の旧手宮鉄道施設・アイアンホース号
明治時代に造られたレンガ造りの扇形機関庫が2棟ある。扇形機関庫前の転車台から伸びる約200mの線路を米国ポーター社(1909年製造)の蒸気機関車「アイアンホース号」が毎日走行している。

 

4. 豊後森機関庫公園

JR久大本線の豊後森駅から徒歩5分ほどの距離にある「豊後森機関車公園」には、久大本線が開通する昭和9年(1934年)に建てられた豊後森機関区の扇形機関庫と転車台が展示されている。鉄筋コンクリート造りの扇形機関庫は12両の機関車を収容できる巨大なもの。昭和46年(1971年)に機関区が廃止されると引き込み線は撤去され、広大な敷地に扇形機関庫と転車台だけが放置されることになった。風化が進んだ機関庫と転車台だったが、2006年に大分県玖珠町がJR九州より買い取り、「豊後森機関庫公園」として整備を進めた。そして、2015年に豊後森機関庫ミュージアムを併設した豊後森機関庫公園としてオープン。扇形機関庫と転車台、いずれも国指定登録有形文化財・近代化産業遺産に指定されている。

 

扇形機関庫は老朽化が進んでいるため、建物内への立ち入りはできない。転車台から伸びる引き込み線には修復された9600形蒸気機関車が屋外展示され、機関車と転車台、扇形機関庫を組み合わせて撮影できる。