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「写真がうまくなる」写真集案内:目利きの写真集専門店オーナー・黒﨑由衣が選ぶ、「光と影」を学べる5冊

写真の腕は、機材や技術だけでは決まりません。対象に向き合う心、テーマを見出す視点、構成力、それらの“写真感性”を磨くには、まさに写真集こそが格好のヒント集でもあります。古今東西の作品に触れ続ける、写真集専門店「book obscura」オーナー・黒﨑由衣さんに、「写真がうまくなる」という観点でセレクトしてもらいました。

 

黒﨑由衣

青山一丁目にあった新刊書店である旅の本屋「BOOK246」に勤めた後、神保町の古書店「小宮山書店」を経て吉祥寺・井の頭にて写真集専門書店「book obscura」を夫である編集者 / 写真家・小林昂祐氏とともにオープン。店内のギャラリースペースでは不定期で写真展も開催。10代から写真集の研究に勤しみ、見てきた写真集の知識量を駆使して店内でコンシェルジュとして写真集を説明している。一筋に写真集を愛する写真集ヲタク。

 

写真の基礎である「光と影」を、比較しながら学べる5冊

 

『spidernets places a crew / waiting some birds a bus a woman』
Anders Edström(steidl MACK)

溢れる「あたたかな光」を、いかに見つけるか

力強い写真は、劇的で誰もが一瞬見たら忘れられなくなるようなインパクトがある作品だけではありません。ありふれた日常の写真でも、たった1枚の写真なのになんだか良い1日だったと余韻に浸れるくらい心に刻まれるような力強い作品もあります。

それがアンダース・エドストロームによる本書の写真たちで、伝説的な雑誌 『purple』で活躍し、ファッションや広告でも名を知られるスウェーデンの写真家であるエドストロームが、仕事ではなく彼の日常風景と友人や家族を撮影した作品です。

16年も前の作品だというのに古さを全く感じさせません。それは、彼が見つけ出す「あたたかな光」が余韻に浸れる大きなポイントになっているからだと思います。

彼の作品を見ていると、私は今までどれくらいの美しい光景を見逃したのだろうと思わずにはいられません。本書の作品を見たら、次の日のいつもの風景が違った景色に見えるはず。彼の作品から日常に溢れる光の見つけ方と余韻の残し方を学んでみてはいかがでしょうか。

 

『Untitled』 柳沢信 (roshin books)

「影を使う」という選択を明確に理解できる

本書は、柳沢信さんが、日本の各地を回りながらモノクロで撮影した作品をまとめた1冊。太陽の生み出す光と影の洞察力が高く、それらを使って撮られた劇的な街のスナップ写真が収録されています。

民家が隙間なく並んだ結果、「壁」となり太陽を遮断した末に、巨大な影が生まれた街。写真の半分を埋め尽くすような漆黒の影が全てを物語り、そこに時間や月日を感じずにはいられないような、影を使うことで生まれる表現の美しさを学ぶことが出来ます。

研ぎ澄まされた真っ黒からの光の白。刻々と姿を変える風景に潜むコントラストをしっかり見抜くことができた時、彼のような写真の奥行きを生み出すことが可能になるのでしょう。

作品に影を使う写真家、使わない写真家、それらを見比べることでどのような写真になるのか明確に理解が出来ると思います。写真の上達は、自分の好みだけではなく幅広く写真集を見比べてみることこそが近道なのだと、この『untitled』を見ると実感します。

 

『Seasons Series #09 Spring 「A Study on Folds」』
Carlotta Manaigo(LIBRARYMAN)

彼女のように光を捉えれば、被写体は無限になる

写真の語源は「光画」。光で絵を描くという意味です。写真には構図などの重要な要素様々にありますが、基礎はやはり「光」「影」なのだと思います。

カルロッタ・マナイゴによる本書は「赤ちゃんを撮影した写真集」なのですが、誰もが微笑んでしまうような赤ちゃんの「可愛らしさ」が主題ではありません。なぜならば赤ちゃんの顔がはっきり写っている作品が1枚も無いからです。それらは、ふくよかな女性が寝そべった品を感じさせる絵画のような写真で、目に飛び込んでくるのは赤ちゃんではなく、その被写体に当たった光たちです。

ページをめくるたびに「うわあ、きれい。」とため息まじりの感動しか出てこず、写真集のコンセプトというより、そのあまりの美しい光景にしか意識を向けられなくなって来てしまいます。 彼女はしっかり「光」と対話出来ているのでしょう。

彼女のように「光」を捉えることが出来たら、被写体が何であろうと、どこであろうと写真が豊かになるのだろうなと思います。

 

『Ehime』
Gerry Johansson(T&M Projects)

完璧なる構図から読み解ける、影の扱い方

1945年スウェーデン生まれのゲリー・ヨハンソンは中判や大判カメラでモノクロの風景写真を撮る写真家。本書は大判のカメラで1999年に愛媛を撮影した写真集です。

彼の写真の特徴は、完璧としか言いようがない「構図」です。風景の中に存在する全ての「線」を、建築家が図面を引くかのごとく正確に構図として配置し、さらには空の色やコンクリートの色をしっかり見極めてグラデーションを作る天才でもあります。

ここで終わらないのがヨハンソンの凄さ。彼の写真には影が無いものが多いのです。写っているものが写っていないので心霊現象を見ている気分にもなりますが、あまりの構図の美しさに、影を見抜くことすら忘れてしまいます。

空を見てどのような影になるのかしっかり理解し、構図を決めて配置し切り抜く。優れた目の持ち主である彼から「影」をどう扱うのか、どう使うのか、そして、全てをどう「配置」し、美しさを見出すのか学べるかと思います。

 

『TRANSPARENCIES: SMALL CAMERA WORKS 1971-1979』
Stephen Shore(MACK)

ライカとカラーフィルムで、ドラマチックな影を

影の扱いが楽しいスティーヴン・ショアの最新刊。言わずとも知られたニューカラー時代を代表する写真家で、大判カメラで古き良きアメリカを撮影していた作風で知られています。

本書は、そんなショアが大判カメラで作品づくりをしていたときにサブカメラとして使っていたライカで撮影した写真のみを1冊にまとめたもの。大判でもライカでもショアの世界が変わらないことに驚きますが、写真を見ていて「太陽が高い位置にある時間が好きなのだな」と思いました。太陽の光がまんべんなく世界を照らし、影が真下に現れる瞬間です。

目に飛び込んでくる色は太陽に照らされて反射したもの。ショアはどの色も逃さないような姿勢なので、その瞬間全てを写真に取り込むのです。カラーフィルムの能力を持て余すことなく使っているのかもしれません。本書の中にはドラマチックに影を使ってる写真もあるので「影」をどう扱っているのかをその目でご覧ください。

※雑誌『CAPA』2020年12月号の記事を、ウェブに合わせて再編集しました