国際協力に従事するプロフェッショナルに、開発途上国の現状やビジネスチャンスについてインタビューする本企画。今回は、スリランカに現地法人を立ち上げ、企業の進出支援などに取り組んでいる高野友理さんにインタビュー。拠点立ち上げまでの経緯や、現地でビジネスチャンスが期待できる分野などをお聞きしました。
●高野友理/大学卒業後、青年海外協力隊として2年間スリランカに赴任。その後、民間企業でベトナム拠点の立ち上げに尽力したのち、アイ・シー・ネットに転職。民間企業の進出コンサルティングや、スリランカ拠点の立ち上げに携わり、2021年2月にはIC NET LANKA (PVT) LTD.を設立。現在は同社で代表を務めている。
スリランカでの事業展開を目指して、経験を積んできた
――高野さんがスリランカで起業したいと思われた経緯を教えてください。
高野 私は大学卒業後、青年海外協力隊として2年間スリランカに赴任し、低所得者地域の生活改善に取り組んでいました。帰国後に考えたのは、継続的に途上国を支援するためには「国際協力」という形だけではなく、もっとほかの形で支援をする方法があるのではないかということ。私はもともと大学で、「スリランカの参加型開発」をテーマにした卒業論文を書いていて、住民たちが自ら力をつけながら自分たちの国を開発するという方法やその考え方に関心を持っていました。そのような背景もあって「ビジネス」という形でより現地の自立につながるような継続的な支援をしたいと思うようになり、スリランカでの事業展開がその後の目標となりました。
――実際にスリランカで事業を展開するまでに、どのような経験を積まれたのでしょうか?
高野 スリランカから帰国後、まずは日本の民間企業でビジネスを学ぼうと考え、廃棄物処理やリサイクルを行う中小企業に入社しました。実際に民間企業に入ってみると、階層などの会社のルールや、他社との関係構築など、国際協力の世界にはあまりなかった文化を体験し、学ぶことが多くありました。そして私がその会社を選んだのは、海外展開を目指している会社であったことが大きな理由の一つ。入社して2、3年後にはベトナムへの事業立ち上げに向けて動き出し、業務に携われることになりました。
まずはベトナムに駐在員事務所を立ち上げるべく、私も現地に赴き、現地スタッフの採用などから始めました。その後は主に合弁会社設立のための準備を行い、合弁会社でパートナーとなるところと事業計画をつくったり、会社を設立するにあたっての役割分担や出資比率を検討したりしながら進めていきました。そして無事に会社を設立したあとは、5年10年かけてベトナムでの事業を安定させていくというのが会社の方針でした。しかし私はベトナム以外の国でも、日本企業の海外進出をもっと支援していきたいと考えていたため、転職を決意し、アイ・シー・ネットに入社。入社後はビジネスコンサルティング事業部で、民間企業の海外進出のサポートなどを行いました。その後、アイ・シー・ネットが現地拠点を広げようという方針になったタイミングで私に声がかかり、スリランカでの現地法人立ち上げに至りました。
コロナ禍で設立したスリランカ拠点。海外展開支援やパートナー探しに取り組む
――現地法人を立ち上げるときに特に大変だったことや、設立した会社について教えてください。
高野 現地側での会社の登録には苦労をしました。例えば現地での登録に際して、現地企業を守るための規制があったり、定款の事業内容に「コンサルティング」と書くだけではなく、詳細な内容を書く必要があったり……。現地の登録コンサルタントからアドバイスを受けながら、何度もやりとりをして進めていきました。
そして2021年2月に、スリランカの拠点として「I C NET LANKA (PVT) LTD.」を設立することができました。現在は、企業の海外展開支援や、輸出支援におけるパートナー探しなどをメインの業務として行っています。
――ベトナムでの事業立ち上げの経験などが、現在の業務で活かされていると感じるところはありますか?
高野 私自身が「中小企業」で事業を立ち上げた経験は、コンサルティングの仕事でも役に立っています。例えば以前、JICAの案件で中小企業の海外展開支援に携わったことがありました。そこでは外部人材として、海外展開を検討するための調査を行ったり、企業に対してアドバイスをしたりしていました。その際、中小企業の中でスムーズに進めるのが難しいことや会社のルールなどを理解していることが、大きな強みになると実感。企業側の事情がわかっているからこそ、より的確な助言や寄り添った支援ができるのではないかと感じています。
――現在のお仕事の内容を具体的に教えてください。
高野 例えば今取り組んでいるのは、日本の農業技術を使ったモデルファームづくりのサポートです。これは以前、農林水産省がインドで「J-Methods Farming」という実証事業として行っていたもので、スリランカでも有志で取り組もうと動き始めています。モデルファームは3社合同で作ろうとしていて、「排水処理」「土壌改良」「食品の鮮度保持」の役割をそれぞれの会社が担う予定です。現在はこの3社のパートナー探しを行っているところ。スリランカ側の引き合いが強く、さまざまな会社から声がかかっています。スリランカでは現在、農業が主要産業の一つである化学肥料を禁止しようという動きが広がっていることから、日本の農業技術の中でも有機栽培に強く興味を持っています。
この案件の窓口は私が一人で担当しているので、興味を持った会社からの問い合わせが同時期にたくさんあるととても大変です。しかしタイミングを逃さないよう、相手が熱を失わないうちに、なるべく迅速に対応することを心掛けています。パートナー探しでは、日本企業の意向に沿うことはもちろん、シェアが高い、政治的コネクションを持っている、スムーズに進められる体制がある、などそれぞれの企業の強みや特徴をさまざまな角度から調査することを大切にしています。
そのほか昨年は、「飛びだせJapan!」という事業も行いました。「飛びだせJapan!」とは、経済産業省が補助している事業で、新興国・途上国市場に参入するために必要な現地企業や政府とのネットワーク構築を支援して、世界の課題解決を目指すというもの。アイ・シー・ネットは補助事業者として関わっています。現地コンサルタントがスリランカの求める日本の技術などを調査し、私はそのニーズに応えられるような日本企業を紹介して、両者をつなげようと働きかけていました。スリランカ側が日本の技術で関心を持った例として、「魚の保存技術」があります。漁船などで獲った魚の鮮度を保つためには、氷などで冷やすことが一般的ですが、その方法では魚の表面に傷がついてしまうことがあります。日本には電界を用いた鮮度保持技術を利用して食品をきれいな状態のまま鮮度を維持する保存方法があり、そこに興味を持つ漁業関連の企業からの問い合わせがありました。しかし同時期に、スリランカ沖でコンテナ船の火災事故が発生し、漁業業界がダメージを受けたこともあって、結局両者を結び付けることはできず……。この件に限らず、現在コロナなどが原因で多くの企業が新しい技術に投資することを控えており、どの事業もなかなか前に進んでいないのが現状です。しかし、農業資材などの消耗品の分野ではあまり影響が出ていないため、今はできる範囲でパートナー探しなどを少しずつ進めています。
――高野さんがスリランカでビジネスをする際に大切にしていることを教えてください。
高野 積極的なコミュニケーションを取ることをとても大切にしています。モデルファームづくりや「飛びだせJapan!」などを経験し、スリランカ側とビジネスをするときには、こちらからかなりプッシュしていかなければ、事業を前に進めることができないと実感しました。国民性なのか、スリランカではのんびりとした人が多い印象があります。例えば、伝えたいことをメールでまとめて送ってもなかなか返信が返って来ないということはよくあって……。そのため、なるべく電話を使って連絡を取ったり、早く進めたいときでも一気にいろいろ伝えるのではなく、一つ一つブレイクダウンしながら説明したりすることを心掛けています。一方、お金のことは口約束ではなく書面でやりとりすることも意識していて、「お金がかかる場合は先に見積もりを出してね」といったことは、必ず先に伝えるようにしています。こちらの話を相手がきちんと理解してくれているか、認識に相違がないかなどを確認しながら進めていくことは、常に注意しているところです。
まずは日本企業にスリランカ市場を知ってもらうことが課題
――スリランカの特徴や、現在力を入れて取り組んでいる分野についても教えてください。
高野 スリランカは観光で成り立っている側面が大きく、性格的にも穏やかな人が多いことから、ホスピタリティ産業が向いていると思います。しかし現在、コロナの影響で通常のように観光客が来られず、外貨が入ってこないため、外貨の流出を防ぐために、車や携帯電話、家電など海外から来るものを厳しく制限している状態。コロナは、ここ最近はようやく落ち着いてきて、ワクチン接種をした人は隔離期間なしで入国できるなど、観光客の受け入れに積極的です。それほど観光業はスリランカにとって大事な産業だと言えます。
近隣の国と比較すると、識字率が高かったり、進学できる人は一部ではあるのですが公立大学までの教育が無償だったりと、ベースの教育がしっかりしていると言われています。さらに縫製業も得意で、手作業が必要な高レベルな製品を作れることは、国としての強みになっています。
スリランカで現在力を入れているのは、薬品や自動車部品の分野。港を拠点にして、インドやアフリカ、ヨーロッパなどへ輸出していこうと考えています。またインドとの間に無関税条約があるため、例えばスリランカで作った自動車の部品をインドの車の工場に持っていくなど、物流拠点を活かした事業を展開しようとしているところです。自動車の分野では、インドに進出している日本企業も多くあるので、日本にとってもビジネスチャンスがあると言えるのではないでしょうか。しかしそもそも日本企業にとって、スリランカはまだかなりマイナーな市場。まずは知ってもらうことが課題だと感じています。
やりたいことを周囲に話すことで、目標の実現に近づく
――高野さん自身が今後取り組みたいことは何ですか?
高野 当初から考えているのは、日本のコンビニやスーパーマーケットで買えるような食材・日用品を販売する店を、スリランカにつくることです。ラオスではすでにアイ・シー・ネットのグループ会社がそのような店を展開しているのですが、スリランカには日本のものを専門に扱う店がまだほとんどありません。スリランカには、日本に留学したり働きに来たりしていた人が結構いて、現地で「日本の食べものが好き」などと言ってもらえることもよくあるんです。そのためニーズがあるのではと期待しています。
そして日本のなかでスリランカの知名度を上げていくことも目標です。近年日本でも、スリランカ料理の店などが増えている印象があって、少しずつ認知度は上がっていると思うのですが、私としてはまだまだ。スリランカに来る人を案内したり、紅茶以外の名産品やお土産をつくったりするなど、スリランカの魅力を発信していくことも今後の個人的なミッションとして掲げています。
――最後に海外で働きたいと考えている人へ、メッセージをお願いします。
高野 やりたいことや目標があれば、ぜひ「周囲に話す」ことから始めてみてください。私自身、「スリランカで事業を展開したい」と社内で話していたから、現地拠点を拡大する際に声をかけてもらうことができました。話すことで、欲しい情報が集まってきたり、関連する人を紹介してもらえたり、自分の中のアイデアがまとまっていったりして、どんどん実現へと歩みを進めていくことができるはず。そして自分のやりたいことに少しでも関係のある仕事があれば、ぜひ積極的にトライしてみてほしいと思います。