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グアテマラとのご縁に導かれて、保健系開発コンサルタントの道へ

新型コロナウイルス感染拡大以前から、医療従事者の不足は世界中の国々で問題になっていました。特に、開発途上国での人材不足は深刻です。そこで、今回は、国際協力の現場経験と看護師資格を持ち、保健系開発コンサルタントとして活躍する宇田川珠美さんにインタビュー。国際協力業界における保健医療支援の現状や求められる人材像についてお伺いします。

 

宇田川珠美/大学・大学院で農学を学んだ後、青年海外協力隊、JICA、国連ボランティアなどの国際協力機関で、農業隊員や業務調整員として主に農業系のプロジェクトに従事。その後、看護師免許を取得し、救急病院の看護師として勤務するものの、国際協力の現場への強い思いから2017年アイ・シー・ネットに入社。保健系開発コンサルタントとして、中米やアフリカで保健医療サービス強化や栄養改善のための活動を行っている。

 

背水の陣で挑んだ国際協力の世界。それが人生の軸に

 

――もともと、国際協力の仕事に関心があったのでしょうか?

 

宇田川 農学部出身で、大学院にも進み、卒業後は、研究職に就きたいと考えていました。子どもの頃によく流れていたエチオピアの飢餓救済のためのCMで、栄養不足でお腹に水が溜まり、ぽっこりと膨らんでいる子どもの映像を見て、「砂漠でも育つような麦が開発できたら」とバイオテクノロジーの研究をしていたんです。

 

しかし、大学院卒業の頃にバブルが崩壊。男子学生ですら就職先が見つからず、大学院卒の女性など全く相手にされないような時代です。学歴がかえってネックになってしまい、アルバイトの採用も苦戦する絶望的な状況でした。そんな時、目にしたのが、青年海外協力隊のポスター。同じ大学にも参加している人がいましたし、当時は、自分に日本で生きて行く道があるとは思えなくて、新天地を求めるような気持ちで応募しました。

 

――青年海外協力隊ではどのような活動をされていたのですか?

 

宇田川 青年海外協力隊では、中米のグアテマラで農業隊員として2年間活動しました。帰国後は、JICAの国際協力推進員のお誘いをいただき、出身地でもある群馬デスクに勤務。その後も、青年海外協力協会(JOCA)、国連ボランティア、JICA農村開発部のジュニア専門員として、スリランカ、エクアドル、アルゼンチンなどに赴任し、10年以上国際協力の現場で働いてきました。

 

現地では、「二度とこんな国に戻ってくるか」と思ったこともあります。さまざまなトラブルがありすぎてここでは言い尽くせないぐらいです。でも、不思議なことに、いざ飛行機に乗って帰国となると、無意識のうちに涙があふれてきて。その時にはじめて「この国が大好きだったんだな」と気づく。普段自分が意識している以上に、深いところで、取り憑かれるような魅力を国際協力の仕事に感じていたのだと思います。

 

――アイ・シー・ネットにはどのような経緯で入社したのですか?

 

宇田川 大学院を卒業してから、長く海外で仕事をしてきて、ジュニア専門員の任期を終えた時は、すでに38歳。自分が関わってきた農業系のプロジェクトが各国の方針や日本政府の援助方針、ニーズの変化などによって援助の潮流が変わったことにより減り始めていたこともあり、この先、何年この仕事を続けられるだろうかと漠然とした不安を感じていました。国際協力の仕事ができなくなっても困らないように、日本で生きていける基盤を作ろうと、長期的な視点で自分の人生を考えはじめたのもこの頃です。

 

日本社会で働いた経験もなく、日本で仕事に就くのは容易ではないと自覚していたので、長く生活の糧になるスキルを身につけようと、3年間学校に通い看護師の資格を取得しました。国際協力の現場で、医療系の方々と仕事をした時に、チームワークの良さや人柄に惹きつけられた経験も大きかったです。

 

病院で働きはじめて3年目でしょうか、以前アイ・シー・ネットで働いていた方が私の勤める病院に研修医として赴任してきまして、「今、アイ・シー・ネットでグアテマラのプロジェクトに参画できる人を探しているのだけど、宇田川さんは、国際協力の仕事に戻りたい気持ちはないの?」と声をかけてくださったんです。グアテマラは、初めて海外協力の仕事をした大好きな国です。国際協力の仕事への情熱が再び湧き上がり、迷うことなくアイ・シー・ネットに履歴書を送りました。そして現在、保健系開発コンサルタントとして働いています。

 

現地住民の意識を変えて、健康・栄養改善を目指す

 

――アイ・シー・ネット入社後のお仕事について教えてください。

 

宇田川 JICAの「グアテマラ国妊産婦と子どもの健康・栄養改善プロジェクト」に参加しました。グアテマラは、中米諸国の中でも特に母子保健の改善が遅れており、周辺国と比べても妊産婦死亡率や乳幼児死亡率などが高い国です。プロジェクトでは、現地の保健医療従事者の能力向上を支援するとともに、妊産婦と子どもの栄養改善のために、住民の健康意識を高めるための啓蒙活動も行いました。

 

最初は、以前にも経験のあった業務調整員という立場で現地に入りました。プロジェクト全体のコーディネートを行う役割で、各専門家の渡航支援や業務のサポート、現地傭人の労務管理から経理、広報までを担当する何でも屋さんです。その後、高血圧、糖尿病、太り過ぎ、痩せすぎといった健康問題のある妊婦に栄養指導を行う継続看護というポストで、自分の専門性を活かす機会もいただきました。

 

――プロジェクトでは、どのような成果が得られましたか?

 

宇田川 継続看護では妊産婦健診を利用して栄養指導を行っていたのですが、現地の看護師は、妊婦の体温や血圧、身長体重などを測ってデータを記録するものの、そのデータを何か問題が起こったときに、過去にさかのぼって活用するという認識がありませんでした。看護師が担う役割は大きくなっても、教育がそれに追いついていないという印象。それでも継続的に指導して行く中で、嬉しい変化がありました。

 

データを記録するだけになっていたカルテの中から、ある現地の看護師が、健康に問題があり出産リスクの高い妊婦をリストアップして継続的に気を配るようになりました。その中に非常に痩せている妊婦がいたため、生活の状況を確認。すると家が貧しくて、十分な食事を取れていないことがわかったのです。しかし、私たちは、医療機関なので、食料を提供できません。その時、その看護師は、食料を寄付してくれる機関を見つけて、連携しながら、彼女が出産をするまで、食料支援をしながら健診を続けたのです。今までは、何かと言い訳をして、イニシアティブを発揮することがなかったのに、主体的に動き始める様子を目の当たりにして、「これは何かが変わったな」と実感しました。

 

その後、無事に元気な赤ちゃんが生まれて、「リスクのある妊婦をリストアップするのは、いい方法だから、これからもやっていきたい。経済的な事情で栄養が取れない妊婦さんに対しては、今後も支援方法を模索しなければならないけれど、今回はいい経験だった」と言ってくれたんです。現地の看護師も、プロジェクトを通じて覚えた栄養の知識を、もっと現場で活用したいという気持ちがあるんでしょうね。でもその具体的な方法がわからない。だから、最初はレールを引いてあげて、意欲のある看護師が主体性を発揮できる環境を整えていきたいです。実際に成果が出てくると、現地の看護師も仕事の面白さに気づいていくと思うんです。

 

プロジェクトで作成した栄養カレンダーで指導を受ける母親

 

専門性を活かすことより、相手を思いやることが大切

 

――国際協力の仕事に向いているのは、どんな人でしょうか?

 

宇田川 専門性や語学能力が高いに越したことはないと思いますが、現地の状況に合わせて、柔軟に対応できることが、それ以上に重要だと思います。例えば、日本の価値観で、詳細な指示をしたり、仕事量を増やしたりすると、現地の人にとっては重荷になることもあります。目標を少し下げたり、目標に到達するまでのステップを小さくしたり、一人一人の状況に合わせた対応が求められます。

 

特に、私が活動していたグアテマラのキチェ県は、マヤの伝統文化が色濃く残る先住民の多い地域です。彼らは、西洋医学を信用しておらず、出産も助産師を呼んで、家で産むのがスタンダード。妊産婦健診を受けたがりませんし、看護師が予防注射のために訪問しても追い返されてしまいます。何百年と続いてきた自分たちの知識や文化を変えるというのは、一筋縄ではいきません。いくら高度な専門性があっても、それだけでは難しいのです。

 

栄養指導をしていても感じるのですが、日本のような先進国では、医療サービスも細分化されていて、自分の専門分野からの視点でしか患者を見ていないように感じます。特に日本人の専門家は、そこがネックになっているのではないでしょうか。栄養指導においても、栄養の専門家は、肥満傾向の人には、一律に体重管理を求めますが、看護の専門家は、臨床データに基づいて、本当に体重管理は必要なのか、無理に体重を管理することで、もっと重大なリスクを招かないかも考えるのです。半面、看護の専門家も栄養面の深い知識はないので、「私のやっている栄養指導はこれでいいのかな?」という疑問は常に感じています。メンバーに各分野の専門家を揃えればいいというものでもなくて、プロジェクト全体を俯瞰し、自分の専門性以外のことにも、知識を広げる意識が必要です。

 

出産時緊急対応研修の様子

 

――そのほか、現地で大切だなと感じることはありますか?

 

宇田川 日本の妊産婦検診では一般的に行われる、触診による逆子診断などの手技も、現地の看護師には身についていません。今回のプロジェクトでは、超音波診断装置を購入したのですが、この装置を使えば、逆子かどうかも簡単にわかるし、触診ではわからない疾患も発見できます。装置により命を救えた妊婦もいます。保健医療従事者の能力向上ももちろん重要ですが、テクノロジーの力に頼れるところは、割り切って活用することも大切です。

 

私は、仕事以外での現地の人との関わりも大切にしています。その国の人と分かり合えて、深い間柄が築けると、その国の国民性を知ることができますし、何としてでも改善したいという気持ちが湧いてきて、一生懸命になってしまいます。現地では、さまざまな課題がありますが、結局は、仕事をする国やその国の人のことが好きになれないと頑張れないですね。

 

超音波診断装置で異常が見つかり病院で出産に至った母親と赤ちゃん

 

躊躇していたら前に進めない。目の前のチャンスを逃さないで

 

――国際協力の世界に興味がある方へ、メッセージをお願いします。

 

宇田川 私もアイ・シー・ネットに入らないかと声をかけられた時に、「コンサルタント会社なんて自分には無理」と思っていました。英語能力も高くありませんでしたし、入社すると案の定、TOEICのスコアが900点台の人ばかりで、最初は萎縮していました。しかし、キャリアの初期から中米で活動していたこともあって、スペイン語ができて、看護の勉強もしてきたので、仕事のチャンスを得ることができました。現在、関わっているアフリカ・ブルキナファソでの農業を通じた栄養改善プロジェクトでは、家庭の農業収穫量・収益を上げることで、学校給食の質を改善し、子ども達の栄養改善を目指しています。ここでは、学生時代に学んだ農学の知識が活きて、農業の専門家との連携が非常にスムーズです。

 

さまざまな経験が活かせる国際協力の現場ですが、自分の専門性を活かせるプロジェクトが常にあるわけではありません。ご縁や運というのもキャリアには、大きな影響を与えます。だからこそ、悩んでいる人がいたら、とりあえず飛び込んでみたらいいと思います。躊躇していると前に進めないですよ。

 

私も、わらしべ長者のように、目の前のチャンスをつかんで、今に至ります。若い時は、周囲がチャンスをくれるんです。ジュニア専門員や国連ボランティアも年齢制限がありますし、歳を取ってくると、自分の都合だけでは行動できないことも増えます。国際協力の仕事に関心があるなら、チャンスの多いうちに、ぜひチャレンジしてほしいですね。