開発途上国にはビジネスチャンスがたくさんある…とは言え、途上国について知られていないことはたくさんあります。そんな途上国にまつわる疑問に、アイ・シー・ネット株式会社のプロたちが答える「IC Net Report」。今回ご登場いただくのは、ホンジュラスやパキスタンなどで保健医療分野などの支援に長年携わってきた池田高治さんです。
生活習慣病予防が途上国喫緊の課題に
途上国への医療支援に関しては、従来から母子保健と感染症対策を中心に実施されていましたが、近年は非感染性疾患(non-communicable diseases)への対策へと、大きく舵が切られています。
「背景として先進国同様、生活習慣病を起因とする死亡者数が急激に増えていることなどが挙げられます。生活習慣病予防で重要になってくるのが健康診断ですが、途上国では病院や診療所が遠い、あるいは文化的・経済的な理由で診断を受けられない、さらに医療サービス提供側も医療スタッフや医療器具の不足などの要因によって、満足に健康診断を受けられない、一度も受けたことがないという人が多くいます」と池田さん。そこで、日本では全く知られていない現地の医療事情、その課題について伺いました。
●池田高治/1995年からアイ・シー・ネットで勤務。入社前はホンジュラスやグアテマラでJICAの保健改善プロジェクトに従事していた。入社後はケニアの地方保健システム開発、ベトナム水資源開発、カンボジアの港湾開発などのプロジェクトで、保健分野の調査を担当した。2006年から2015年にガーナの地域保健と母子保健強化プロジェクトに総括・保健行政として従事した。現在はパキスタンとホンジュラスのプライマリヘルスケア・生活習慣病対策プロジェクトに保健行政団員として従事する傍ら、ビジネスコンサルティング事業部で保健分野で海外進出を目指す日本企業の支援も行っている。
【課題1】地域独自のローカルルールが強い
とくにパキスタンなどのイスラム圏では、宗教指導者や長老などの了解を得ないと健康診断関連のビジネスをしにくい状況が常に起こり得ると池田さん。
「まずは意思決定者にアプローチして、健康診断の重要性を理解してもらうことが近道。また、イスラム圏では、女性が外部の男性と会うことが制限されていることも多く、保健教育を行うためには、女性だけの話し合いの場を設ける必要などもあります。このような独自のルールがある地域では、何より慎重に取り組むことが重要。文化的な壁を乗り越え、現地で既に活動しているパートナーを見つけることも近道です」
一方、ホンジュラスなど中南米では家族を大切にする文化があると言います。
「例えば、適切な診断をして早期にリスクを発見することが、家族にとってどれだけ重要かを説明します。家族ぐるみの付き合いに重きを置くこちらでは、親交のある家族・友人からの口コミが重要な情報源。健康祭りなど家族総出で参加できるイベントを主催する、コミュニティボランティアの人たちと連携する、といった取り組みが効果的です。私の場合、地元の食材を使い、どれだけ美味しくて健康的な料理を作れるかを実践するような試みも行っています」
行動変容を促すキーパーソンや広報媒体など、事前の情報収集が不可欠で、地域によっては長期的なスパンで参入を進める必要がありそうです。
【課題2】圧倒的な医療機材と医療体制の不足
「パキスタンの山岳地帯などでは近くに診療所がないため、簡単な健康診断すら一度も受けたことがない人が多い。仮に診療所に行ったとしても、体重計や血圧計など日本では家庭にもある機器すらないケースも。今後、生活習慣病への関心が高くなれば、こうした医療機器や検査キット、消耗品の需要が高まると見込めますが、これらの分野においては、今や品質や価格面で他国と差別化が難しい状況があります」
医薬品不足も深刻で、池田さんが携わったプロジェクトでは、国が定めている基礎的医薬品を揃えただけで、多くの糖尿病や高血圧の患者が来院するようになったケースもあったと言います。同様に医療体制も貧弱。
「途上国では超音波診断を行える機会が少ないため、最後の生理をもとに出産予定日をアバウトに計算しますが、最後の生理日を正確に覚えていないこともしばしば。ひどい時には出産予定日が2ヶ月ほどずれて母子カードに書かれているケースもあります。新生児死亡の4割近くが、早期出産に起因する呼吸困難などで死亡していますが、そのうちの多くは妊娠37週以降の出産で、正確な出産予定日が事前にわかっていれば救えた命もあったと思います」
先進国で一般的な医療機器や機材の導入が急務ですが、機材や技術をそのまま流用するだけではなく、現地のインフラ事情や医療従事者のレベルに合ったローカライズを行うなどの工夫が必要だと強調します。
「例えば、電気がなくとも新生児の保育ができる、呼吸困難な新生児への人口呼吸が簡単にできる、超音波診断装置の触診器が患者の体にちゃんと当てられているかを自動的に教えてくれる、画像診断を遠隔で行いタイムリーに返答できる、さらには日本のお薬手帳と処方箋の機能を持った手帳・アプリにより、どこでも持病の薬を割安で購入できるなどの仕組みです」
途上国ではインターネットが普及していない地域がいまだ多く存在しますが、将来的に遠隔診断の活用が一般化すれば、IT分野などで参入の可能性も広がりそうです。
【課題3】ヘルスプロモーションができる人材不足
「生活習慣病の改善には、意識と生活習慣の改善、予防・早期の発見、適切な治療の継続、必要に応じた高次の医療機関の紹介とリハビリテーションが必要ですが、それらヘルスプロモーションの取り組みが総じて途上国では遅れています。日本ではこうした住民に近い場でのケアをかかりつけ医が担っていますが、その役割を果たすための技術・人材育成には大きな需要があると思います」
日本のソフト面の経験と技術を活かし、長期的な視野に立ったビジネスにはチャンスがあると池田さん。
「健康や運動状況のモニタリングはかなりの部分、スマホアプリなどで対応可能。状況や結果を相手にわかりやすく伝えるための、診療所の看護師や助産師、コミュニティのボランティアなどを対象としたコミュニケーション能力の育成などに、日本のノウハウの活用が大いに期待できるのではないでしょうか」
このように、生活習慣病の予防へとシフトする途上国への支援。健康への人々の意識が高まっていけば、健康ヘルス関連ビジネスなど、今後さらなる可能性が広がりそうです。