「ニコン」というカメラが誕生するのは戦後間もない頃のことなのだが、「ニコン」が社名となったのは1988年。それまでは「日本光学工業」と名乗っていた。この「ニコン」という名はどこからきたのか、創業時の社名との関係はどうなのか。ニコンの歴史を辿りながら見てみよう。
カメラブランドの由来
最初に試作されたレンズは「アニター」と呼ばれるテッサーレンズ
明治時代、西洋からさまざまな工業製品が日本国内に流れ込み、舶来品が幅をきかせていた。しかし、大正時代に入り第一次世界大戦が勃発すると、外国製品の輸入が途絶、光学製品の国産化が急務となった。
光学機器の国産化を勧めたい三菱財閥の岩崎小彌太からの出資により、1917年に「日本光学工業株式会社」が設立された。その目的は光学ガラスと光学製品の国産化にあった。翌1918年には大井第一工場 (現在のニコン大井製作所) で光学ガラスの製造研究を始める。そして、1921年に最初の製品である超小型双眼鏡「ミクロン」を完成させた。この「ミクロン」は好評を博し、1948年、1997年に復刻版が製造され、現在も販売され続けている。
同時期、光学技術の進んでいたドイツから技術者を招き、レンズ設計の指導を受ける。その成果が1929年に完成したカメラ用試作レンズ「Anytar (アニター)」だ。この名前の由来は不明。お手本となったレンズがカール・ツァイスの「Tessar (テッサー)」タイプであり、「アニター」の語尾にも「r」と付くので、ドイツ製レンズ名に習って命名したものと想像される。
「ニッコール」は社名の略称「日光 (NIKKO)」に「R」を足したもの
「アニター」の試作に成功し、写真レンズ製造のめどがついた日本光学工業は、1932年にレンズのブランド名を「NIKKOR (ニッコール)」と定めた。この名は、社名である「日本光学工業」の略称、「日光=NIKKO (ニッコー)」に、写真レンズの名前の末尾によく使われる「R」を加えたもの。「NIKKOR」の名が付いた最初の製品は、1933年に作られた航空写真機用レンズ「Aero-NIKKOR (エアロニッコール)」。
民生用の「ニッコールレンズ」は、1936年に誕生した「NIKKOR 50mm F3.5」に始まる。35mmカメラ「ハンザ・キヤノン」用レンズとして、キヤノンの前身である「精機光学研究所」に納入された。今ではライバルとなったキヤノンとニコンが協力して作り上げたカメラが「ハンザ・キヤノン」だったのだ。
「Nikorette」だったかもしれないニコンのカメラ名
日本光学工業がカメラ製造を始めるのは太平洋戦争後。1946年、35mm小型カメラの開発を進める中、カメラ名を「Nikon (ニコン)」と定めた。日本光学工業の略称である「NIKKO (ニッコー)」の語尾に「N」を加えることで、男性的で口調のよいブランド名とした。なお、開発中のカメラは仮称「Nikorette (ニコレット)」と呼ばれていたが、商品名として弱いという判断から「Nikon」になったらしい。仮称「Nikorette」と呼ばれたカメラは、1948年に35mm距離計連動カメラ「ニコン」として発売された。後継カメラと区別するため「ニコンI型」と後に呼ばれるようになる。I型から始まるレンジファインダーカメラは「Sシリーズ」と称される。
1959年には、35mm一眼レフカメラ「ニコンF」を発売。専用の「ニッコールレンズ」には「Fマウント」が採用された。公式の資料には、「F」の由来についての記述はないので断言できないが、「reflex (リフレックス)」に含まれる「F (f)」の一文字で一眼レフカメラを象徴すると考えられる。当時、「Single-lens reflex camera (一眼レフカメラ)」にある「reflex」をもじり「○○○フレックス」と名付けたり、製品名に「F」が含まれる一眼レフカメラが各社から発売されたりしており、「F=一眼レフカメラ」と考えるのが自然だろう。
この「F」を冠した機種名は、2004年発売の「ニコンF6」まで大切に使われ続けた。F6が2020年に旧製品扱いとなったことで、フィルム一眼レフカメラのニコンFシリーズは61年にわたる歴史を閉じた。今後は、ミラーレスカメラの「Zシリーズ」がニコンの歴史を引き継ぐこととなる。この「Z」の名前は、「究極・最高」の意味を込めてアルファベット最後の文字である「Z」を選んだという。「究極の性能を追求するニコンの姿勢」を表すZシリーズが築く新たなニコンの製品作りに期待したい。
参考文献 :『国産カメラ開発物語』 (小倉磐夫・著 朝日新聞社 2001)、『ニコンコンプリートファイル』(学研プラス 2017)
参考 : ニコン公式サイト「企業情報 │ 歴史」、ニコンミュージアム展示