ブックセラピストとして活躍する元木 忍さんが、本作りに関わる人や著者に直撃インタビュー。今回は、元木さんが「精進料理の概念が覆された!」と声を大にするレシピブックの著者であり、僧侶の飯沼康祐さんのもとを訪ねました。
仏教を伝えることに、料理を役立てたい
元木 忍さん(以下、元木):『簡単! お寺ご飯』を拝見して、目からウロコが落ちるほど驚きました。私の知っている“精進料理”と全然違う! って。
飯沼康祐さん(以下、飯沼):そうおっしゃっていただけるとうれしいです。ありがとうございます。
元木:そんなふうに私を驚かせてくれた、飯沼さんがどんな人物であるのか、そしてどんなふうにお料理に携わっているのかを、今日はお尋ねしたいと思います。まず、飯沼さんは子どもの頃、どんな子でしたか? お寺で生まれ育ったということは、物心ついたときには、すでに精進料理を召し上がっていた?
飯沼:よく聞かれるのですが、すべての食事が精進料理ではありませんよ、とまずはお伝えしておきます(笑)。私のプライベートと精進料理の普及活動は別ですから。ここ、福昌寺で生まれまして、長男ですから小さいときから「お坊さんになる」と思ってきました。ただ成長するにつれ、どんなお坊さんになるのがいいかと考えるようになりました。
元木:それがお料理? 子どものころからお料理が好きだったんですか?
飯沼:はい。小さいときは玉子焼きやカレーをちょこちょこ作って。高校生ぐらいまでは「料理、好きだなぁ」ってなんとなく感じていたまででしたが、大学時代に飲食店でアルバイトをしたんです。その頃からですね、仏教を伝えることに、お料理を役立てたいと考えるようになりました。
元木:それで、大学を卒業して、お坊さんに専念する前に飲食店に就職されたわけですね?
飯沼:そこ、ちょっと違うんです(笑)。月曜から金曜日までは飲食店で働き、土曜、日曜はお坊さんとして師匠である父の手伝いをしていました。お世話になった飲食店には、私の事情をお話してご理解いただき、料理の勉強をしたんです。
元木:それにしても素晴らしいバイタリティですね。そうしたお仕事スタイルは何年ほどなさったのですか? お料理のジャンルは?
飯沼:3年ほどですね。お店はイタリアン、和食……と広く浅くです。私の目的は、料理を究めるのではなく、“精進料理に活かす”ためにいろいろなことを吸収したかったので。
元木:仏教を伝える、ひとつの手段としてのお料理ということですが、具体的にどのような活動をなさっているんですか?
飯沼:10年ほど前に精進料理の会をスタートさせました。“旬”をおいしく、余すところなく召し上がっていただける会、坐禅をしてお粥を食べる会などを主催しています。現代人って忙し過ぎますよね? お花見に行こうと思っても、もう散っている。海水浴に行こうと思ってもクラゲが発生している(笑)のように、またたく間に季節が過ぎて……四季折々のことがわからなくなってしまっています。
元木:紅葉狩りに行きたくても、もう紅葉はなかったり(笑)。四季を理解していても体感していないですねぇ。
飯沼:そうなんです。だから、お寺に来ていただいてお経を読んだり坐禅を組んだりして、お粥をおいしく食べる————この硬軟のバランスで、そうした時間の流れを感じてもらえればと思っています。
『簡単! お寺ご飯 心もカラダもきれいになる!』
飯沼康祐/徳間書店 1490円
難しいと思われがちな精進料理を、家庭でも堪能できるレシピ集。“精進イタリアン”という新たなジャンルのほか、定番のお粥に、作り置きレシピが充実。丁寧に作ったものを丁寧にいただくことの大切さ、仏教の教えが根底にある。
ご縁を広げる本でもあり、ご縁を深める本でもありたい
元木:10年も続けていらっしゃるとリピーターも多いのでは?
飯沼:リピーターの方はもちろんのこと、はじめての参加者もいらっしゃいますね。精進料理の会は、当たり前のことですが時間が限られています。はじめての方にお話ししたいこと、何度もお越しいただいている方には、また違うことをお伝えしたい。私自身毎回同じことを話すのは嫌……そんなジレンマがありまして。テキストというか教科書というか、私の伝えたいことが的確にまとまっている本があればなぁ、と。
元木:なるほど、この本はそのジレンマを埋める役割も担っているのですね。では、ずっと本を出したいと思っていらしたんですか?
飯沼:それはありませんでした。何度か出版のお話はいただいていたんですが、なんといいますか、自分のスタンスを変えてまで出したいとは思わなかった。だって1冊のために、普段の自分と違うことをして、普段のご縁を崩してしまうとバランスを失ってしまいますから。ですが、今回声をかけてくださった徳間書店の方とお話ししましたら、私の活動をそのまま形にすることができる。そうした本にしてくれる、ということでお引き受けしたんです。
元木: この本、私のように「精進料理って地味で難しそう……」と思っていた人間にとっては、意外性の連続で本当に感銘しましたもの。だって、イタリアンですよ、イタリアン!(笑)。
飯沼:精進料理って、和食だけと思われがちなんですが、実はそうではありません。もちろんルールはありますよ。動物性のものはダメですから、かつお節もコンソメも使ってはいけません。五葷(ごくん)といって、ニンニクやニラなど精がつく野菜もダメです。でも、こうしたハード面の戒律さえ守れば、イタリアンでもフレンチでも中華でもいいんです。今となっては、このルールの中で考えることに燃えてます(笑)。
【材料(2人分)】
・木綿豆腐……200g
・シイタケ……3個
・セロリ……1/2本
・ピーマン……1個
・ニンジン……1/4本
・オリーブオイル……適量
・塩……少々
・トマト缶(カット)……100g
・昆布だし……180ml
・味噌……大さじ1と1/2
・スパゲッティ(表示どおりゆでる)……160g
・パセリ……適量
【作り方】
1)フライパンにオリーブオイルを熱し、水切りした豆腐をくずしながら入れ、強火で焼く。しっかりと水分を飛ばし、バットに取り出す。
2)シイタケの軸の石づきをとり、かさと一緒に粗みじん切りにする。セロリは小口切り、ピーマンはヘタをとり、種ごと粗みじん切り、ニンジンはイチョウ切りにする。
3)フライパンにオリーブオイルを熱し、2を入れ、塩を加え、しんなりするまで中火で炒める。
4)3に1とトマト缶、昆布だしを加え、中火で3分ほど煮詰める。
5)4に味噌を加え塩で味をととのえ、スパゲッティと和える。刻んだパセリを散らし、オリーブオイルをかけて完成。
元木:私たちって、無意識になにかと決めつけたがるんですが、精進料理のそれは誤解だったんですね。そう言われてみれば、ビーガンのパスタもありますし……。
飯沼:ここもちょっと誤解の部分です(笑)。ビーガンと精進料理の違いってわかりますか?
元木:え……なんだろう? どちらも動物性はNGですけど……。
飯沼:そうなんですが、私は“カラダからいくか? 心からいくか?”の違いだと思っています。ビーガンは療養食でカラダにいい。一方、精進料理は心にいい。もちろん、カラダにもききますが。
元木:なるほど。西洋医学と東洋医学の違いにも似ていますね。
精進料理と思って、いただくことでそれは精進料理となる
元木:精進料理は“心からいく”ということですが、どんな気持ちで調理なさっているんですか? 「おいしくなーれ、おいしくなーれ」と念じたり?
飯沼:おいしく召し上がっていただきたい、喜んでいただきたいのはもちろんですが、それよりなにより、食材を余すところなく使い切るようにしています。精進料理の会の際、農家の方がお野菜を持ってきてくださいますが、それをできる限り活かしたいなと。
元木:飯沼さんのレシピは、皮も捨てることなく使いますものね。
飯沼:本で紹介している「ナスのマリネ」では、一般に皮を焦がして剥くんですが、私はピーラーで剥いて皮もいただきます。そのお料理では使わなくても、別のお料理でいただきますし。もうひとつ、大切にしていることは“バランス”です。仏教では、“偏らない”という教えがありまして。「中道(ちゅうどう)」といいますが、これは料理にも当てはまることなんです。酢の物のような酸っぱいものがあって、塩で焼いたものがあってなど、辛過ぎず甘過ぎず……というバランスが肝要ですよね?
元木:調味料の加減など、バランスよくつくるためのコツがおありなんですか? いろいろなお料理が組み合わさっての一食ですから、完全なるデータがあるとか?
飯沼:頭の中に、円グラフのような“強さメーター”があるんですよ(笑)。こっちを酸っぱくしたら、こっちを甘くなんて、考えながら作っていますね。
元木:それにしても、飯沼さんのレシピは、眺めているだけでもワクワクしてきますね! たとえば「スパゲッティ精進ミートソース」。にんにくが入っていないパスタなんてパスタじゃない、って思っていましたけれど、これ、作ってみたんですけど本当においしい! 精進料理って、お坊さんが食べる、提案するもので地味というか、清貧なものと誤解していたと、今は深く反省しています(笑)。
飯沼:そう思い込まれている方が大半だと思います。けれども精進料理は、歴史的にみても日本の料理に大きな影響を与えているんですよ。現代のミシュラン掲載店じゃないですが、貴族というか著名な人たちにとっても最先端の料理でもあったんです。また、禅宗のひとつである黄檗宗(おうばくしゅう)の精進料理、普茶料理(ふちゃりょうり)は、文字どおり“普ねく大衆と茶を共にする”という意味ですから、和気あいあいといただくもの。東大寺や高野山の行事の際の精進料理は、とても華やかですよ。
元木:ふむふむ勉強になります。そう聞いておきながらも……やはり一般的には地味なイメージですよね……。
飯沼:本来の修行でいただくお料理は、実に質素ですからね(笑)。
元木:色合いに乏しいといいますか……。
飯沼:私もそれほど色には気を遣っていませんけどね(笑)。
元木:いえいえ、そんなことありませんよ。そうか! 飯沼さんは調理師さんでもあるから、盛り付けがプロなんですよ。目でも楽しませてくれるんです。
飯沼:そう感じていただいてありがたいです。でも、この本に関してはスタイリストさんとカメラマンさんがとても素晴らしかった! そうは言っても、普段の私と異なるほどの作り込みはしたくありませんので、その絶妙なバランスに助けられました。
元木:こうお話をしていて、ふと……あらためて「精進料理らしさ」ってなんだろう? と悩ましくなりました。飯沼さんのレシピ、さきほどの「スパゲッティ精進ミートソース」を私がつくっても、誰も「精進料理」だとは思わないでしょ? たぶん、出された人は「ミートソースね」ってふつうに食べちゃう気がします。
飯沼:いい疑問ですね。では“ザ・精進料理”的なお粥がここにあります。このお粥を、スマートフォンをいじりながら食べると、それは精進料理ではありません。
元木:スマートフォンという俗っぽいものを触っているから?
飯沼:「精進料理は心から」なんです。精進料理と思ってつくり、精進料理と思って食べる。これが大切なんですね。
元木:精進料理と思って食べてくれないと意味がない。やっぱり難しいかも……。
飯沼:難しくないですよ(笑)。仏教に「山川草木みな仏」という言葉があります。すべてに命が宿っています。植物性だけを食べていれば精進料理というわけではありません。たとえば、ファストフードでもいいんですよ。手を合わせて感謝していただくこと、これが精進料理の心なんですから。
元木:そういえば、私、アーユルヴェーダを受けにインドに10日間ほど滞在したんですが、そのとき先生が教えてくれたことを思い出しました。ある実験のお話なんですが、ファストフードのハンバーガーを毎日30日間、毎食、ふたりの人に食べさせたそうです。ひとりはそのまま食べて、もうひとりにはお祈りをさせて食べさせたという。その結果がね、お祈りした方は体重も変わらず健康で、そうでないほうはバランスを崩したそうです。
飯沼:なんと!! 面白いです!! 合掌という“手を合わせる”ことはとても素敵なことなんです。丁寧に食べる、食べることに専念すること、これが大切。
元木:インド以来、私も変わりましたもの(笑)。深酒をした夜中に豚骨ラーメンを食べるときに、手を合わせて「おいしくいただきます!」としているので、カラダへの負担が少なくなったような(笑)。「精進料理だと思って食べれば、精進料理」という言葉はとても励みになります。
飯沼:私自身、料理をつくるにあたって常に考えていることがあります。苦い野菜があって、その苦味をなくしてしまうのは好きではありません。苦い野菜にとって苦味は個性ですから。だから個性を消さず、活かすことのできる組み合わせを考えればいいんです。苦さを上手に食べると“心が調う”というか。それは社会も同じこと。長所を生かしてあげて、短所はほかが補う。そんなふうに気持ちがやさしくなるようにしたいですね。
元木:精進料理から発展して、とても素敵なお話をうかがえました。ありがとうございました。
【プロフィール】
天台宗福昌寺 副住職 / 飯沼廉祐(左)
1982年、神奈川県生まれ。19歳の夏に比叡山延暦寺で出家得度。大正大学在学中に“食を通じた布教”を志す。卒業後、都内飲食店に勤務しながら調理師免許を取得。現在、お寺を中心に各地で精進料理会を開催し、幅広い世代に仏教を伝える活動を行っている。
まちのお寺の学校
http://www.machitera.net/kanagawa-fukushoji/
ブックセラピスト / 元木 忍 (右)
ココロとカラダを整えることをコンセプトにした「brisa libreria」代表取締役。大学卒業後、学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)とつねに出版に関わり、現在はブックセラピストとして活躍。「brisa libreria」は書店、エステサロン、ヘアサロンをも複合した“癒しの”場所として注目度が高い。
brisa libreria
http://brisa-plus.com/libreriaaoyama
取材・文=山﨑 真由子 撮影=泉山 美代子
何気ない日常を、大切な毎日に変えるウェブメディア「@Living(アットリビング)」