「本当に伝えたいコトを伝えきる人は、ピュアに常識を飛び越えていく」
こう語るのは、編集者として『ドラゴン桜』(三田紀房)や『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、数々のヒット作に携わり、現在はクリエーター・エージェンシー「コルク」の代表として活動の幅を広げている佐渡島庸平さん。今回、佐渡島さんが審査員となった「コミチ国際協力まんが大賞」をきっかけに、同賞に協賛したJICA(独立行政法人国際協力機構)広報課長と対談が実現しました。
佐渡島さんの自由な発想とニュートラルな視点に引っ張られるように、対談の内容は漫画を飛び越え、国境を飛び越え、コンテンツ配信の新しいビジネスモデルから経済・組織働き方論にまで発展。日本の未来は、定石から解き放たれて、新しいモデルを生みだすアイデアを即興で奏でていくことで開ける、と二人は熱く語り合いました。
<この方にお話をうかがいました!>
佐渡島 庸平(さどしま ようへい)
(株)コルク代表取締役。東京大学文学部卒業後、2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)などの編集を担当する。2012年クリエイターのエージェント会社、株式会社コルクを創業。三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉ら著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。
(株)コルク:https://corkagency.com/
note:https://www.sady-editor.com/
コミチ国際協力まんが大賞とは
2020年11月、漫画家の「作る」「広げる」「稼ぐ」を支援するプラットフォーム・コミチが、JICA協力のもと「コミチ国際協力まんが大賞」を実施。12月3日の「国際障害者デー」、3月8日の「国際女性デー」の2つをテーマにしたお題(エピソード)をJICAが提供し、それを原作とした漫画作品をコミチサイト上で募集しました。審査員には、佐渡島庸平さんのほか、井上きみどりさん(漫画家)、治部れんげさん(ジャーナリスト)、松崎英吾さん(NPO法人日本ブラインドサッカー協会 専務理事 兼 事務局長)の計4名が参加。国際障害者デーである12月3日に大賞2作品を含む入賞8作品が発表されました。
【コミチ国際協力まんが大賞】
https://comici.jp/stories/?id=397
<国際障害者デー部門・大賞>
「エブリシング イズ グッド!」作:いぬパパ
<国際女性デー部門・大賞>
「ペマの後に、続く者」作:伊吹 天花
感情の動きは世界共通――漫画を通して世界にメッセージを届ける
JICA広報室・見宮美早さん(以下、見宮):まずは、「コミチ国際協力まんが大賞」の審査員として、応募作品についてご率直にいかがでしたか?
佐渡島庸平さん(以下、佐渡島):今回は「国際障害者デー」と「国際女性デー」というテーマだけではなく、JICAさん提供の原作ストーリーがあったので、読みやすい作品が多かったですね。土台があると、漫画に個性も出やすい。ガーナやネパール(※)の方々の服装や背景の絵柄などは、応募者それぞれのアイデアで良く描いていたと感じました。
※JICAがコミチ国際協力まんが大賞のために提供した「国際障害者デー」と「国際女性デー」にまつわるエピソード(=応募者向けのお題)が、それぞれガーナとネパールものだった
見宮:入選作品は、英語に翻訳して世界中に配信したいと考えています。今回のエピソードの舞台となっているガーナやネパールだけでなく、他の国でもこのような変化が生じうる、というメッセージが伝わればと思っています。
佐渡島:漫画での発信自体はいけると思いますよ。感情の動きは世界共通ですから。ただ、配信するなら漫画そのものだけでなく、世界の読者が読みやすい配信の仕方を考えたほうがいいかな。今後は、「縦スクロール×オールカラー」の形がいいと思います。
現代では開発途上国含めて世界の多くがスマホ文化ですから、スマホ画面で読みやすいことが大事。例えるなら、紙の本が流通しているのに巻物で読んでいる人がいたら「読みにくいものをよく頑張って読んでいるな」って思っちゃいますよね(笑)。それと同じで、スマホユーザーにとって読みやすい方法で届ける、という姿勢が必要だと思います。スマホ向けの物語を一度読んでしまったら、もう元には戻れませんから。
日本型の完璧主義より「アップデート主義」が求められる場面も
見宮:日本ではまだまだ漫画というと紙の人気が根強いので、「世界に発信するならスマホで読みやすいように」というのは新しい視点でした。この、相手の立場になって考えて、使いやすいツールを用いるという姿勢は、途上国への国際協力の姿勢と同じかもしれませんね。
それに少し関連するのですが、途上国における事業でも、質が良くて長持ちするが調達や建設に時間のかかる日本の協力とともに、場合によっては長持ちしなくともスピーディに対応する協力が喜ばれることがあるんです。私自身、2013年にフィリピンでスーパー台風による大災害が起きた際に現地にいて、日本が建設した小学校は屋根が飛ばず、その価値がフィリピン政府に改めて評価された一方、倒壊した学校周辺のコミュニティからは一刻も早い再建を要望されました。迅速性を重視して低コストで建設した施設は、同等の台風がきたらまた倒壊するリスクが高いのですが、判断が難しいところです。
佐渡島:そもそもの国ごとの考え方の違いも関係しているかもしれませんね。自転車で例えるなら、丈夫で10年壊れないモデルを使い続けるのか、安いけど壊れやすいモデルを買い替えていけばいいというスタンスなのか。壊れ方もいろいろで、全部が壊れるのではなく、タイヤだけが壊れたならタイヤだけを交換すればいい、という考え方もある。こういったアップデート主義で動いている国もありますよね。モノの基礎が壊れなければ、壊れた一部だけをその時々でアップデートしていけばいい、と。シェアリングエコノミーでやっていくときには、こうした「壊れてもいい」というルールもありですよね。
一方で日本は、全部が壊れないように、という完璧主義。これだと中身のソフトは年々アップデートされるのに、外側が追いつかないという現象が起きる。日本製のモノを使うと国全体が時代から遅れてしまう可能性すらありますよね。全部が全部そうとは限りませんが、壊れないことによる破綻や弊害もあると思うんです。
見宮:現地の状況をみつつ、いろいろな形の国際協力のあり方を模索していく必要がありますね。
佐渡島:そうですね。全くゼロベースから完璧なものを仕上げようとするのではなく、現地にあるものを生かして、「今あるものにONしていく」というファクトフルネス(※)に対応できれば、国際協力の仕方も柔軟になる気がしています。
※思い込みではなく、データや事実にもとづいて世界を正しく見ること
見宮:ファクトフルネス、大事ですよね! 例えば、一般に教育分野の国際協力というと学校の建設というイメージもありますが、国やエリアによるものの、学校がなくて全くゼロベースで教育を受けたことがないという状態は減ってきています。より教育を充実させるために、新しい施設を建設すべきなのか、指導者のスキルアップが必要なのか、教育の重要性に対する意識改革が効果的なのか…など、その地域の現状を踏まえた協力を心がけています。
「一物多価」のネット社会で「一物一価」感覚のままでは取り残される?
見宮:以前、「時代が変化する空気を直に感じたくて、独立した」というお話をされていましたが、コルク社では、まさに従来の出版モデルにないコミュニティ形成やN高(※)業務など、柔軟に対応されていますよね。
※学校法人角川ドワンゴ学園が2016年に開校した、インターネットと通信制高校の制度を活用した“ネットの高校”
佐渡島:そうですね、特にネット社会では、人とモノのマッチングの仕組みが変わってきている。そこに従来の感覚で立ち止まってしまうと取り残されてしまう。モノの値段も、資本主義で発達した「一物一価」の感覚が、今は「一物多価」に戻ってきていると思うんです。
社会が未成熟な状態だと、経済は一物多価といわれますよね。モノの値段が一律ではない状態。日本人はインドでタクシーに乗るときに値段交渉があるのを嫌がりますが、それはタクシーの値段は一律という感覚があるからですよね。同じ値段で乗れるべきなのに、高額を支払わされたと怒る。ですが、インド人同士では普通の感覚で値段交渉しているわけです。それは、メルカリ上での値付けも同じで、モノの値段が一律でない状態でも違和感がない。モノの値段が場所と時間で変わる世の中にもう一度戻ってきていると思います。
佐渡島:アフリカなどでは一物一価の時代を経ずに、そのままネットの一物多価感覚にのっかっていますよね。郵便物の仕組みも面白いんですよ。僕らは郵便番号で管理された住所に荷物を届けてもらうのが当たり前、と思っていますが、アフリカでは住所を持たないがゆえに、スマホがある所に荷物を運ぶ仕組みができかけている。日本でも、住所がある所と自分のスマホの場所と、荷物の出し分けができるほうが便利なはずですが、日本社会でこれをやろうとしても「うん」と言う人は少ないでしょうね。「従来型」にはまって身動き取りにくい状況が、日本にはたくさんあるように感じます。
“注意力散漫な人”向けに伝える方法を掘り下げるとヒットにつながる
見宮:最後に発信に思い入れがある佐渡島さんならではの視点について、おうかがいできればと思います。広報の仕事をしていると、コンテンツ内容はもちろん、どんな媒体に載せるのか、どんなツールが最適なのかで日々試行錯誤しているのですが、佐渡島さんなら例えば「国際協力」をどう発信されますか?
佐渡島:まずは、誰に何を伝えるかを明確にするとよいと思います。例えば日本の若い世代向けに、漫画を使って国際協力への興味を引くにはどうするか。僕ならまず、JICAの採用ページに今回の漫画を使いますね。どんな組織も人ありきですからね、そこから変えていくのは面白いんじゃないかと。
で、「この漫画を世界に促す人になりませんか?」と謳い文句をつける。漫画が冒頭にあって、そのあとに職員の方のインタビューが入るという流れ。
今、文章で書かれたものは書いた人しか読まない。10代20代のアテンションを引っ張るなら、数秒で理解できる1枚の絵的なツールが必要です。YouTubeよりもTikTokを選択する彼らに「インタビューを読んでください」から入ってもキャッチできないでしょうね。
佐渡島:テレビ局の方が以前、「注意力散漫な人に、どういう順序で伝えたら深い話が伝わるのかを考えられると、ヒット番組が生まれる」と話していたんです。今はテレビも、料理だったり洗濯だったり、何かをしながら画面を見る視聴者が多い。そうなると、注意力が散漫になるわけです。その状態の人に真剣にメッセージを送るとしたらどうすればいいか? を掘り下げることが重要だと。
国際協力に関しても、日本国民も途上国の方も、まだまだ知らないことが多く、注意力散漫な状況だろうと思うんですね。かなりクローズドなマーケットですから。その層に向けた発信策を追求してみたら改革につながるのではないでしょうか。
見宮:なるほど、面白いですね。常識から解き放たれて、新しい仕組みづくりや発信の仕方から掘り下げて考えていきたいですね。JICAとしてはまず、今回の国際協力まんが大賞作品をしっかりと世界に向けて発信していきます。発信者として、佐渡島さんが普段から意識されていることはありますか?
佐渡島:僕が編集を担当した『宇宙兄弟』に「俺の敵はだいたい俺です!」というセリフがあるんですよ。誰かに向けて何かを発信するという行為は、「伝わるといいな」程度では届かないと思うんです。伝える本人の「これは絶対に伝えたい」という強い想いこそが常識の壁を越えていく力になる。そういう想いがある方って、とってもピュアな方が多い。それは漫画以外の媒体であれ、伝えたい先が国内であれ世界であれ、共通していると感じています。会社や組織、国境や人種……壁はどこにでもありますが、周囲の状況以前に、まずは自分から突き抜けていく、という純粋な熱量が大事なんだと思いますね。
撮影:石上 彰 取材協力:SHIBUYA QWS