吉森信哉のレンズ語り~~語り継ぎたい名作レンズたち~~ 第7回「富士フイルム 広角で寄れる大口径単焦点レンズ」
高画質設計のズームレンズは、どうしてもレンズの構成枚数が多くなる。だが、現在の製品では、光学特性に優れる特殊硝材やガラスの採用や、ナノレベル(1ナノメートルは、100万分の1ミリメートル)の最新コーティングの採用などにより、サイズの肥大化を抑えながら逆光特性なども向上させているものも少なくない。
そんなズームレンズの高性能化が進む一方で、それでもなお、単焦点レンズの魅力は捨てがたい。開放F値が明るくてもズームレンズより小型軽量設計が可能だし、ズームレンズでは難しい抜群に明るい開放F値も可能になる。そして、現在の大口径単焦点レンズにも、先ほど述べた先進技術が採用されている。だから、満足度の高い優れた描写性能を得ることができるのだ。
【今回紹介するレンズはコレ!】
15cmまで寄れる開放F1.4の広角24mm
富士フイルム
XF 16mm F1.4 R WR
実売価格11万3660円
35ミリ判換算「24mm相当」の広角になる大口径単焦点レンズ。開放F値1.4の明るさを持ちながら、世界で初めて(※)15cmまでの接写を可能にした。また、最速0.1秒の高速AFも実現し、過酷な環境下でも活躍する防塵・防滴・-10℃の耐低温構造も備える。約375gの軽量さと、コンパクトサイズも魅力。2015年5月発売。
●焦点距離:16mm(35mm判換算:24mm相当) ●レンズ構成:11群13枚 ●最短撮影距離:0.15m ●最大撮影倍率:0.21倍 ●絞り羽根:9枚(円形絞り) ●最小絞り:F16 ●フィルター径:67mm ●最大径×全長:73.4mm×73mm ●質量:約375g
※APS-Cサイズ以上のカメラ用で、開放F値1.4の24mm相当のレンズとして(発表時点)
高性能ズームレンズとは違う軽快さが魅力
現在のXシリーズの交換レンズ群で、広角24mm相当(実焦点距離16mm)をカバーするズームレンズは、広角ズームの「XF 8-16mm F2.8 R LM WR」(2018年11月下旬発予定)と「XF 10-24mm F4 R OIS」、標準ズームの「XF 16-55mm F2.8 R LM WR」の3本である。このうち、明るさと高画質の両方にこだわるとなると、XF 8-16mm F2.8 R LM WRと、XF 16-55mm F2.8 R LM WRの2本が選択肢となるだろう。
この2本、高画質かつズームレンズならではの利便性が魅力ではあるが、XF 8-16mm F2.8 R LM WRは全長121.5mm・重さ約805g、XF 16-55mm F2.8 R LM WRは、全長106mm・重さ約655gと、どちらもそれなりのサイズと重さになる。一方、単焦点の「XF 16mm F1.4 R WR」は全長73mm・重さ約375g。両ズームレンズと比べると、かなり小振りで軽量である。しかも、開放F値が“2絞り”も明るいのだ。
「XF 16mm F1.4 R WR」の操作性や質感をチェック!
XF 16mm F1.4 R WRは重さ約375gの軽量設計が特徴のレンズだが、鏡筒は金属製でその材質感や仕上げはとても上質である。フォーカスリングも金属製で質感が高く、前後にスライドさせることでAFとMFが切り換えられる(AFはフロント側、MFはマウント側)。このスライド操作も快適で、AFの位置ではフォーカスリングは誤って回転しないようロックされる仕様となっている。
AFの挙動は、少しスムーズさに欠ける印象だが(クックッと動く感じ)、速度は広角レンズとしては不満のないレベル。また、AF作動音も割と静かで気にならない。
また、富士フイルムの交換レンズは、多くの製品が指標入りの絞りリングを装備している。このXF 16mm F1.4 R WRも絞りリングを備え、1/3段刻みでクリックが設けてあり、快適に絞りの微調節が行える。
やや惜しいと感じるのは、「円形絞り」が採用されているものの、ほかの円形絞り採用レンズと比較すると、少し角が見られる点(1、2段絞った状態でチェック)。とはいえ、その角はさほど目立たないし、極端に絞り込んでも径の形は整っている。
広角レンズゆえに開放F1.4でもボケ効果は感じにくい?
続いて描写性能をチェック。まずは本製品の開放値「F1.4」と、一般的な大口径ズームレンズの開放値を想定した「F2.8」で、背後のボケ具合を比較してみた。
【F1.4とF2.8のボケ具合を比較】
実焦点距離が「16mm」と短いため、被写体との距離が極端に近くない限り、F1.4でも“背景が大きくボケる”という印象はあまりない(ボケの大きさは実焦点距離の長さに比例する)。それでも、背景手前の木造家屋あたり(丸型ポストの右側)を見比べると、F1.4の方はF2.8よりもボケの大きさが実感できる。
“最短撮影距離10cmの差”が大きく描写を変える
被写体との距離を詰めて“相手の懐に踏み込む”撮り方は、広角特有のダイナミックな描写につながる。この撮り方で重要になるのが「最短撮影距離」である。特に、画角が広くて遠近感が誇張される広角域では、近接時のわずかな距離の違いによって、画面に写る範囲や被写体の大きさがかなり変わってくる。
XF 16mm F1.4 R WRの最短撮影距離は「15cm」と、このクラスの広角単焦点レンズとしては非常に短い。一方、広角ズームのXF 8-16mm F2.8 R LM WRは「25cm」で、標準ズームレンズのXF 16-55mm F2.8 R LM WRは広角マクロ時に「30cm」である。広角24mm相当で撮影する場合、この10/15cm距離の差が、大きな影響を与えるのである。
【撮影距離での描写の違い(15cm/25cm)】
花壇に咲いていた、色鮮やかなマリーゴールドの花。そのなかの一輪に注目し、最短撮影距離「15cm」と、ほかの広角レンズの最短撮影距離に多い「25cm」を撮り比べてみた。両者の差はわずか10cmだが、画面に写り込む範囲や花の大きさは、思った以上に違ってくる。
作例で見る「明るい広角レンズ」の魅力
ここからは、作例とともに本レンズの魅力を語っていこう。
【その1】
屋内の様子をしっかり写し込める
移築され復元された茅葺の農家。その内部の囲炉裏端を、自然光を生かしながら撮影した。24mm相当の広角画角により、内部の様子(背景)もしっかり写し込める。また、開放F1.4のボケ効果により、自在鉤(じざいかぎ)の背後も適度にぼかすことができた。
【その2】
自然な描写も誇張した描写も可能
24mm相当の画角や遠近描写は、超広角レンズ(20mm相当より短いレンズ)ほど強烈ではない。だが、建物を斜めから狙って奥行きをつけると、肉眼とは異なる“遠近感の誇張”を表現することができる。使いようによって、自然な描写にも誇張した描写もできるのだ。
【その3】
寄りながら背後の様子や雰囲気を写し込める
古刹の山門前にあったモミジに、最短撮影距離の短さを生かして“一葉”に近づいて撮影。標準や望遠での近接撮影とは違い、背後の様子や雰囲気も写し込めるのが広角レンズの特徴だ。そして、接近しながらF1.4で撮影したことで、通常の広角撮影とは違う大きなボケ効果も得られた。
【その4】
画面周辺の歪みも目立たない光学設計
本レンズは非球面レンズ2枚やEDガラスレンズ2枚を使用し、歪曲収差や色収差など諸収差を効果的に補正した光学設計だ。広角レンズで目立ちがちな“画面周辺近くの直線の歪み”も、しっかり抑え込まれるのである(電気的な補正ナシで)。
【その5】
先進のコーティング技術でクリアな描写を実現
レンズ全面に、透過率の高いHT-EBCコートを施し、独自開発のナノGI(Gradient Index)コーティング技術も採用。これにより、斜めの入射光に対しても効果的にフレアやゴーストを低減。今回、画面内に強烈な太陽を入れて撮影したが、予想以上のクリアさに感心した。
【その6】
被写体の懐に大胆に踏み込める
ピンク色のペチュニアの花の間から、クローバーに似たカタバミの葉が顔をだす。その“ピンクと緑のコントラスト”に惹かれて、15cmの最短撮影距離近くまで接近して撮影した。被写体の懐に大胆に踏み込める本製品ならではのアプローチである。
【その7】
適度なボケで背景がスッキリ
色が薄くなった焼き物のタヌキ。ちょっと強面だが、首をかしげるポーズが可愛らしい。F1.4の開放で撮影したことで、雑然とした背景が適度にボケた。また、よく見ると、鼻先の部分もボケている。
“ここ一番”の重要な場面で、大口径広角の魅力を実感
今回取り上げたのは、開放F値「1.4」の大口径広角レンズだが、一般的に「広角」は、ボケの大きさや手ブレの心配をすることが少ない画角である。だから、標準や中望遠と比べると“大口径単焦点レンズの恩恵”を実感しにくいかもしれない。
だが、実際に大口径の広角レンズを使い込むと、軽快な単焦点レンズのフットワークの良さや、被写体の懐に踏み込める最短撮影距離の短さに感心する。
そして、光量に恵まれない場所や、被写体に接近した際に背景処理を行いたいときなど、“ここ一番”の場面で広角レンズの抜群に明るい開放F値のありがたさが実感できるだろう。