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2015/12/10 0:00

「新型うつ」と「甘え」を見分ける方法

心の病をテーマにした有名な映画といえば『ビューティフル・マインド』がある。大発見をしたのち30年以上も妄想にとらわれながら生きた天才数学者の物語だ。日本にも、おなじ病気にまつわるユニークな症例がある。

 

 

家の中にストーカーがいます

 

つぎに引用するのは、ある精神科医のもとに届いた電子メールの冒頭だ。

 

38歳の弟のことです。
もう7~8年、定職に付かず家にいます。
以前から、姉である私に対して、幼稚な嫌がらせをしたりしていましたが、最近はそれがエスカレートしております。

(『こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます』から引用)

 

このあとには長文がつづく。相談内容を要約すると……

・同居している弟に、毎日イヤガラセをされて困っている
・姉(相談者)が移動すると、自宅内なのに、弟があとをつけてくる
・姉(相談者)が起床する1時間前に、弟がわざと大音量の目覚ましをセットする
・姉(相談者)が自分の洗濯物を干そうとしたら、先に弟が物干しを専有してしまう
・家に男性は弟しかおらず、誰もいさめる事ができない

 

つまり、同居している高齢ニートの弟が、ことあるごとに姉(相談者)に先回りをしてイヤガラセをおこなっている。まさに「家の中にストーカーがいます」という状況だ。見ないふり聞こえないふりをしても、無視をされて怒った弟から、首をしめられたり殴られたりするという。

 

姉(相談者)は、異常行動をつづける実弟のことを「統合失調症」ではないかと疑いはじめる。悩んだすえに、インターネット上にある「Dr林のこころと脳の相談室」というウェブサイトに投稿した。相談メールを受け取った精神科医で医学博士の林公一さんは、つぎのような回答をおこなった。

 

 

このメールの内容は解せないところがあります

 

事実がこのメールの通りだとすれば、あなたのおっしゃるように、弟さんは統合失調症の可能性があると思います。
(中略)
弟さんが統合失調症で、あなたに対して何らかの妄想を持っていると仮定しますと、ここに書かれているように、あなたの行動を監視し、いちいちそれに合わせて嫌がらせをするという手の込んだ形は、ちょっと考えにくい行動です。

しかも長い期間に渡ってあなたがそれを無視してそれなりに生活をされているというのも想像しにくいところです。

そして、「○○が自分の行動を監視し、いちいちそれに合わせて嫌がらせをする」というのは、統合失調症の方の典型的な被害妄想の訴えでもあります。

(『こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます』から引用)

 

つまり、ひとつ屋根の下に住んでいる弟から「監視」されているという姉(相談者)の訴えは……

 

まさかとは思いますが、この「弟」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。もしそうだとすれば、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないと思います。

あるいは、「弟」は実在して、しかしここに書かれているような異常な行動は全く取っておらず、すべてはあなたの妄想という可能性も読み取れます。この場合も、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないということになります。

(『こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます』から引用)

 

はたして、心を病んでいるのは誰なのか? そもそも「38歳の弟」は実在しているのだろうか?

 

林先生によると統合失調症の患者は「病識」がない場合が多いという。「自分が病気であるという認識」がないため、あくまでも主観では「監視」や「ストーキング」の被害者なのだ。

 

 

1997年から続いてるインターネット精神科Q&A

 

『こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます』(林公一・著/インプレス・刊)には、精神科医のもとに寄せられた、さまざまな「心の病」にまつわる相談と回答を読むことができる。さきに紹介した「統合失調症」をはじめ、うつ病、躁うつ病、トラウマ・PTSD(心的外傷後ストレス障害)、アスペルガー・発達障害、解離性障害、境界性パーソナリティー障害、相貌失認、アルコール依存症などについて、寄せられた情報をもとに専門家としての所見を述べている。

 

病んでいる本人からの相談だけでなく、周囲にいる家族・同僚・上司からの「心の病の見分けかたを教えてほしい」という相談も多い。

 

なかでも目立つのが「本人はうつ病と言っているが、休養中は毎日のように遊び歩いている。それを指摘すると、自称うつ病の本人はひどく腹をたてる。ただの甘え、わがまま、仮病に見えるのですが……」というものだ。あなたの周りにも思い当たる人物がいるかもしれない。

 

これらの相談と回答は、いま世間で「新型うつ」「擬態うつ」と呼ばれているものを考えるうえで参考になる。精神科医で医学博士の林公一さんは「うつ病でないものをうつ病と呼ぶのはやめるべきだ」と提言している。

 

 

「新型うつ」「擬態うつ」の正しい知識

 

わかりやすく示すならば、つぎのとおりになる。

 

「擬態うつ」=「甘え」
「新型うつ」=「適応障害」

 

精神科医である林先生は「うつ病は脳の病気だ。薬と休養を与えなければ完治しない」と述べている。うつ病やその兆候がある人を軽視しているわけでもなければ、根性主義や精神論者でもないことを初めにおことわりしておく。

 

まず「擬態うつ」だが、よく見られる症状(休日のときだけ元気)は、本来の「うつ病」とはかけ離れている。本人の不調の訴えを信じて「いたわりの言葉、職務の軽減や休養という特典」を与えてしまうことにより、疾病利得のうまみに味をしめて、ますます「甘え」がひどくなっていく傾向にある。

 

「新型うつ」は、進学や就職や昇進など環境の急激な変化にともなう症状なので、単純に「甘え」や「仮病」とは言えない。勉強や労働あるいは人間関係がうまくいかないストレスに由来するため、林先生は「適応障害の一種」と見なしているようだ。

 

2つの「うつモドキ」に共通するいちばんの特徴は、自分から「わたしはうつ病です。だから優しくしてね」と明言したり、あからさまな態度でアピールするところだ。しかし、本来のうつ病ならば「自責」の念が強くなるため、疲労や失敗は自己管理や能力が至らないせいであると思いこみ、心の病を認めようとしないものだ。

 

ブラック企業やパワハラなどを公然と批判できるようになった反面、心の病について「シロ」と「クロ」を見分けるためのリテラシーがわたしたちには不足している。「うつ病」を自称する者に対しては、とりあえず腫れ物にさわるような扱いをするのが無難、という判断をしがちだ。

 

正確な診断をおこなうために精神科医がいるわけだが、最近はうつ病でないものを「○○うつ」と命名して「診断書」というお墨付きを与えてしまう。もうけ主義なのかといえば、そうとも限らない。現場の医師たちは、セカンドオピニオンを求めて何軒もハシゴしてきた「自称・うつ病」の人々を慈しむあまり、良かれと思って、できるだけ患者に寄りそうような診断をくだしているからだ。

 

いま人々を困惑させている「擬態うつ」や「新型うつ」は、コンビニ化した精神医療の現場が生み出したものかもしれないと、林先生は自戒をこめて語っている。

 

(文:忌川タツヤ)

 

 

【文献紹介】

20151210_5592_02

こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます“こころの風邪”などありません、それは“脳の病気”です
著者:林公一
出版社:インプレス

鋭く端的な回答で大人気の「Dr林のこころと脳の相談室」の2500件を超えるQ&Aから、読み応え抜群の55件を厳選。病名などキーワード別の索引付き。さらに林先生書き下ろしコメント7000字以上、厳選したとはいえ、15万字以上のボリュームです。
林先生のもとへは、深刻だったり、心がえぐられたり、不思議だったり、ゾッとしたり、たまには笑えたり……真剣でリアルな声が、こころと脳の相談として集まってきます。

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