政府が進める省エネ施策のひとつ、ZEB(ゼブ)。ZEBとは、Net Zero Energy Buildingの頭文字をとった言葉で、快適な居住性は維持しつつ、建物内で消費する一次エネルギーの量を従来と比べて実質ゼロにした建物を意味します。
政府は補助金を出すなどして、ZEB化推進を後押ししています。しかし、課題は少なくありません。そのひとつが「既存建築物をZEB化するノウハウが国内にない」こと。新築の建物であれば、どこをどう省エネ化するかゼロから計画・設計できますが、既存の建物はZEB化を前提に作られていないため、プランニングの難易度が跳ね上がるのです。そんな課題を解決するために立ち上がったのが、パナソニックと大阪府でした。
両者は2022年9月末に連携協定を締結。パナソニックとしては既存建築物のZEB化のノウハウを蓄積したい、大阪府としては所有する建物のZEB化を進めたい。この両者は、電気メーカー、自治体という立場の違いこそありますが、国内のZEB化推進を引っ張るトップランナーともいえる存在です。
連携協定締結から約3か月が経過した2022年末。すでに連携の現場は動き始めているといいます。その現状から見えた光明と課題について、パナソニックと大阪府、双方の担当者に取材しました。
「思ったより早く動き出せた」協定締結3か月で早くも見えた光明
取材の冒頭で、双方の担当者が口をそろえて語ったのが「思ったより早く動き出せた」という、好スタートの感触です。大阪府の環境農林水産部 脱炭素・エネルギー政策課 スマートエネルギーグループでリーダーを務める和氣宏昇さんは、協定締結後の手ごたえについてこう語ります。
「協定を結んだのち、パナソニックさんからZEB化に向いた建物の条件を提案いただき、府が所有する物件を3件ピックアップ。ZEB化に向けての可能性調査を進めることになりました。その一方で府内の自治体にも、物件をピックアップして欲しいと声がけを行っていきました。すると複数の自治体から手が挙がり、5件の物件について、ZEB化改修の可能性調査を行えることになったのです。合計8件の可能性調査が動き出すことになります」(和氣さん)
大阪府で和氣さんと同じグループに所属する西濵英和さんも口を揃えます。
「一部の物件ではすでに図面を提供してもらえて、具体的な調査に入っているケースもあります。府としてもZEB化推進のための啓発活動は行っていますが、市町村の関心が私たちの想定以上に高かったという印象です」(西濵さん)
パナソニックでZEB化推進を担当する、パナソニック エレクトリックワークス社の小西豊樹さんにとっても、このスタートダッシュは想定以上のものでした。
「正直なところ、年内に3件の可能性調査が決まればいいなと思っていました。そんななか、8件もの可能性調査をすることになり、調査の着手までできたので、喜んでいます。今回は『延床面積が3000~5000平米』『築20年前後で、設備更新のための改修を近々に予定している』という2つの条件をもとに物件をピックアップしてもらったのですが、主に図書館や公民館、学校などで、要件に合致する建物が多くあったようです。いける、という手ごたえを得られました」(小西さん)
ハードルが高いと思われていた既存建築物のZEB化。しかし、なぜこれほどのスタートダッシュを決められたのでしょうか。その要因は省エネの“余地”にありました。
「既存建築物のZEB化のプランニングが難しいのは事実ですが、今回候補に挙がった物件を見ていくと、手軽に省エネ化できるポイントがたくさん見つかったんです。たとえば、照明を蛍光灯からLEDに変える。空調機をより高効率な最新機種に切り替える。特に照明については、LEDの電力消費量は蛍光灯の半分以下なので大きな省エネ効果が見込め、改修にかかるコストの回収も早くなります。
ZEB化のプランニングにおいては、昇降機や給湯機といったものの交換・省エネ化も検討するのですが、これらの改修は大掛かりになりがちです。一方で、照明や空調は建物の躯体(本体)に手を触れることなく改修できます。照明や空調が未改修の、手軽にZEB化できる“余地”のある物件が多く眠っていたというわけです」(小西さん)
大阪府の和氣さんも、小西さんと同様の感触を得ています。
「実はパナソニックさんとの協定を結ぶ前に、既存建築物のZEB化を強力に推進している、福岡県の久留米市の視察を行っていました。久留米市では築30年以上の建物をZEB化しています。そこで目にしたのは、窓ガラスを二重にして気密性を高めるなど、躯体を改修せずにZEB化を行っている事例でした。
こうした発見を経て、実際にパナソニックさんとの連携協定締結にこぎつけたんです。府内にZEB化改修の余地がある物件はまだまだたくさんありそうなので、いま候補に挙がっている8件を着実に進めつつ、新たな開拓も進めていきたいですね」(和氣さん)
ZEB化のための改修費を抑える方法とは?
ポジティブな話ばかりをしてきましたが、既存建築物のZEB化推進に向けて、まだ課題は残されています。それは、社会全体からの理解です。大阪府の和氣さんは、自治体ならではの難しさがあると言います。
「私たちが建物の改修をするとき、その原資は税金です。お金をかければ省エネ化できる幅は大きくなりますが、費用対効果が悪化してしまっては、税金の無駄遣いになります。府民の皆様の理解があってこそ、府の事業は成立しますから、そのバランスが重要なんです」(和氣さん)
この課題に対し、パナソニックの小西さんは解決への自信を見せています。そのための秘策が「ダウンサイジング」です。
「東日本大震災以降、省エネへの注目が集まり、既存のライフスタイルが見直されてきました。たとえば、オフィスの照明の数を減らすケースが増えてきたのは代表例です。ほかにも、オーバースペックな空調機を適切なサイズのものに改める事例も増えています。既存の機器のスペックを見直し最適化する、ダウンサイジングが一般化しているのです。
ZEB化改修においても、このダウンサイジングを行うことで改修費を抑えられます。場合によっては、ZEB化を考慮せずに設備更新をするより、改修費を抑えられることすらありえます。コストパフォーマンスとZEB化を両立させることは可能なのです」(小西さん)
大阪府とパナソニックが連携協定を結んで3か月。まだ走り出しの段階ではありますが、すでに多くの手ごたえを得て、課題解決の糸口が見えている状況といえます。最後、3人に今後の青写真を聞きました。
パナソニックと大阪府が、ともに見る”同じ夢”
ZEB化推進の将来について、パナソニックも大阪府も、見据えているところは同じです。彼らが目指しているのは全国への水平展開。大阪府で蓄積した事例を嚆矢に、全国の自治体、さらには民間で、ZEB化が進むことを期待しています。
「大阪府さんとの協定を締結して以降、弊社が主催し、環境省に後援いただいたセミナーで登壇する機会がありました。そこでは既存建築物のZEB化について、自治体の現場担当者の皆様に向けて講演し、好評を得ることができました。ZEBというと新築の建物に目がいきがちなのですが、既存の建物にも、ZEB化の可能性が多く眠っています。大阪府さんとの取り組みで得たノウハウを、日本全国でZEB化を進めるためのきっかけにできるよう頑張ります」(パナソニック・小西さん)
「ZEB化を全国的に推進するために必要なのは、やはり社会的な理解だと思います。その理解を得るためには、具体的な事例を積み上げることが不可欠です。まずは大阪府でいま候補に挙がっている8件の調査をしっかり行って、実際のZEB化改修にまでたどり着き、着実に事例を積み重ねていきたいですね」(大阪府・西濵さん)
「ZEBに関しては、国からの補助金も出ています。大阪府で行うZEB化では、補助金を活用したうえでの費用対効果やCO2削減効果を算出して、より具体的に“見える”事例を作りたいと思っています。私たちが積み上げた事例を見て、全国の自治体はもちろん、民間の間でもZEB化へ向けての理解が進むことを期待しています」(大阪府・和氣さん)
これまで難しいと思われていた既存建築物のZEB化。パナソニックと大阪府はその課題をひとつひとつを解決し、着実に走り出しています。日本全国の既存建築物がZEB化される、その土台が大阪から組み上げられようとしているのです。