カメラ好きならば誰でも知っている「キヤノン (Canon) 」というブランド名。でも、語源や由来をご存じだろうか。同じ音を持つ兵器の「キャノン砲」「カノン砲」ではないし、作曲技法の「カノン」とも関係がなさそう。もちろん、創業者の名前でもないし、いったいどこから来たのだろうか。
カメラブランドの由来
観音様の慈悲にあやかろうと「カンノン」と呼ばれた試作機
キヤノンのルーツは、1933年に創業された「精機光学研究所」にある。この研究所は映画用カメラや映写機の修理、改造を行うエンジニアだった吉田五郎 (1900〜1993) と義弟の内田三郎 (1899〜1982) 、前田武男 (1909〜1977) の3人が、現在の六本木交差点近くにあった雑居ビルの一角で設立した小さな工房のようなものだった。ライカ製カメラをお手本に国産の高級35mmフィルムカメラの開発を行い、製品化を目指す。
ほどなく、試作のカメラが完成する。組み上げられた試作機は「KWANON (カンノン)」と名付けられた。この命名は、熱心に観音様を信仰していた吉田によるもので、「観音様の御慈悲にあやかり、世界で最高のカメラを創りたい」という思いが込められた。そしてカメラボディには千手観音菩薩をモチーフにしたロゴマークが刻まれた。また、レンズにはブッダの弟子であるマーハカサーパから「KASYAPA (カシャパ)」の名が付けられた。
規範、標準を意味する「キヤノン」をブランド名に決定
試作機が完成し、カメラボディ製造のめどはついたが、レンズ、距離計をどこからか調達する必要があった。そこで、レンズ製造の実績のある日本工学工業 (現在の株式会社ニコン) の協力を取り付け、1936年に35mmカメラ1号機「ハンザ・キヤノン」を発売する。
ブランド名は試作機の「カンノン」から、語感の似た「キヤノン」に変えられた。「Canon (キャノン、カノン)」には「聖典」「規範」「標準」という意味があり、精密機器を製造するメーカーとして、正確・精緻を追求する姿勢に通じる。なお、「キヤノン」の「ヤ」の字が大文字なのは、字面のバランスを考慮してだという。また、「ハンザ」は販売契約を結んでいた近江屋写真用品株式会社の商標で、製品名に付けることとなった。なお、「ハンザ」という商標は、中世ドイツの商人組合「ハンザ同盟」に由来する。
太平洋戦争が終わり、経済復興に向けて日本社会が動き始めた1947年には社名を「キヤノンカメラ株式会社」に変更した。この時期、ようやく自社開発したレンズ「Serenar (セレナー)」が誕生する。「澄んだ」という意味を持ち、月面にある海の名にも使われた「serene」に由来する。公式資料によると、社内公募で選ばれた。
ギリシャ神話の女神の名を持つ「EOS」
アルファベットやローマ数字を組み合わせたカメラ名が多いキヤノンだが、初の一眼レフカメラには「キヤノンフレックス」(1959年) という機種名が付けられた。「フレックス」は「reflex (リフレックス)」から来ており、反射鏡に映った像でピント合わせとフレーミングを行う一眼レフカメラを指す言葉として使われた。1964年、絞り連動機構を変更した新しい一眼レフカメラには、「flex (フレックス)」の最初と最後の文字を組み合わせた「FX」の名が付けられた。この「F」は後の最上級機「F-1」(1971年) へとつながる。
現在でもキヤノンのレンズ交換式一眼レフカメラ、ミラーレスカメラに使われる「EOS」の名は、1987年誕生の「EOS 650」から始まるブランド名。ギリシャ神話に登場する曙の女神「エーオース」の名であり、同時にAF一眼レフシステムの開発コード「Electro Optical System」を略したものだ。折しも1987年は、精機光学工業株式会社の創業から50周年にあたり、EOSシステムは大々的に発表された。この「EOSシステム」は、誕生から30年以上経つ今でも現行のカメラシステムとして健在で、ミラーレスカメラの「EOS Rシステム」も登場し、進化を続けている。
参考文献 :『国産カメラ開発物語』(小倉磐夫・著 朝日新聞社 2001)
参考 : キヤノングループ公式サイト「キヤノンの歴史」「キヤノンカメラミュージアム」