強いブランド力を持つプロダクトには、決して変わらない哲学がある。アルコールの世界でいえば「ジャック ダニエル」だ。名前こそ広く知られているが、その確固たる哲学についてはまだまだ日本では知られていない部分が多い。そこで本稿では、ウイスキー初心者から根っからの「ジャック ダニエル」好きまで幅広い層にわかりやすく、イラストを使って同ブランドの「哲学」を解説していく。
【その1】「独立心」=自分たちのものは自分たちで作る
ウイスキー作りで重要なのが熟成であり、多くのウイスキーブランドが熟成に力を入れる。ところが、寝かせる樽までを自社生産するブランドは多くない。手間やコストがかかるからだ。しかし「ジャック ダニエル」は樽までを自社生産する。
樽に使用する木はホワイトオークだ。専門の職人が板を切り出し、スチームで成形したのちにタガでしっかりと結束。その後、「ジャック ダニエル」が特許を持っている特殊な手法で内側を焦がしていく。まずは「トースト」(弱火で軽く炙る)して木の内部まで熱を通し、バニラやキャラメルのような香味成分を引き出す。次はその香味を樽の内部で蒸溜液に浸透させるため、強い炎で1分弱焦がして「チャー」(炭化)するのだ。
熟成は、ウイスキー作りで最も時間を要し、最も重要な工程。樽まで自分たちの手で作らなければ完結しないという姿勢は、独立心そのもの。「他人の褌(ふんどし)で自分の相撲は取れない」、それがオリジナリティにあふれる「ジャック ダニエル」の信条なのだ。
【その2】「恐れない」=ときには非効率であることが効率的である
「ジャック ダニエル」の工程数は一般的なウイスキーよりも多い。たとえば、「チャコール・メローイング」がそのひとつだ。これは蒸溜所があるテネシーのサトウカエデから厳選したものを木炭にし、詰め込んだ巨大な槽で原酒を濾過する製法。労作業になることはもちろん、一滴一滴ゆっくりと時間をかけるため、効率か非効率化でいえば後者である。
こういった職人気質のクラフトマンシップは、ローカルなプロダクトで語られやすい。「知る人ぞ知るブランドで~」「年間に作る個数に限りがある~」といった具合だ。しかし、「ジャック ダニエル」はグローバルブランドだ。世界170か国以上で飲まれ、年間の出荷量は約2億本(約1600万ケース/9L換算)。この規模で、非効率な工程を実践することは並大抵のことではない。ジャック ダニエルはラクをしないが、ラクをしないことが自身を磨く最たる近道なのだ。
【その3】「忠誠心」=自然環境への信頼と郷土愛
「ジャック ダニエル」は、1866年に合衆国政府に最初に登録された蒸溜所。1972年にアメリカ合衆国国家歴史登録財に認定されている。設立したのは、当時青年だったジャスパー・ニュートン ダニエル・“通称ジャック”ダニエル。その名前がブランド名となっている。150年以上の歴史を持つが、その製造場所は創業以来一貫してテネシーのリンチバーグにこだわる。それはこの地で生まれるウイスキーでなければ「ジャック ダニエル」といえないからだ。また、リンチバーグの環境が、唯一無二の味作りを支えているからでもある。
マザーウォーターに用いられるのは、自然豊かなケーブ・スプリングの硬い湧き水(ライムストーンウォーター)。そして、寒暖差の激しい場所に設置された熟成庫が樽に深い呼吸をさせる。創業時から変わらない土地への忠誠心が、「ジャック ダニエル」の矜持でもあるのだ。
ダーウィンで有名な「変化する者だけが生き残る」という進化論。確かに、昔もいまも臨機応変に変わること、困難な状況を柔軟に打破することはとても重要だ。しかし、決してそれがすべてではない。少し脱線するが、こんな話がある。常連が飽きないようにメニューを定期的に替えていったら、逆に客足が遠のいてしまった飲食店。変えてはいけない部分、変えていないだろうか?
【その4】「ブレない」=昔もいまも変わらぬつくり方
「ジャック ダニエル」には“the way it was the way it is”というコンセプトがある。これは“昔もいまも変わらぬつくり方”という意味だ。テネシーのリンチバーグで誕生した当時は、小さなローカルブランドに過ぎなかった「ジャック ダニエル」。しかし、独立心をもって非効率を恐れず挑戦し、リンチバーグの土地で作り続けた結果、グローバルブランドになった。
その挑戦には、ファミリーの拡大もある。たとえば、寒暖差の最も大きい熟成庫の、最上階でピークを迎えた樽のみからボトリングされる「ジャック ダニエル シングルバレル」。チャコール・メローイングを蒸溜後と熟成後の2回行う「ジェントルマンジャック」。1回目の樽熟成後に「メイプルウッドフィニッシュ」という2度目の樽熟成を行い、さらに2度目のチャコール・メローイングを行う「ジャック ダニエル ゴールド」。「ジャック ダニエル ブラック」に、天然の蜂蜜で作られたハニーフレーバーのリキュールを加えた「ジャック ダニエル テネシーハニー」など。
大定番の「ジャック ダニエル ブラック(Old No.7)」にはじまり、プレミアムなゴールド、変化球のハニーまで。それぞれ個性的な味わいが楽しめるのも「ジャック ダニエル」の魅力だが、共通点がある。それがケーブ・スプリングのライムストーンウォーターであり、「トースト」と「チャー」で仕上げる自社製の樽であり、寒暖差の激しいリンチバーグにおける熟成であり、「チャコール・メローイング」によって原酒を磨く製法なのだ。強固な1本筋が通っているからこそ、本質は揺るがない。だから大胆に、新しいチャレンジができる。とはいえ、その筋を通すことが最も難しいのだが。
創業時から守られているこれらの製法と哲学は変わらないし、これからも変わることはないだろう。テネシー州のリンチバーグ。ひとつの場所で生み出され、世代を超えて受け継がれ、飲まれ続けるアメリカンウイスキーの金字塔。それが「ジャック ダニエル」なのだ。
【ジャック ダニエル公式サイト】
https://www.asahibeer.co.jp/products/whisky_brandy/tennessee/jackdaniels/
飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。
イラスト/TOMOYA