Netflixのオリジナル映画である「思いやりのススメ」は、ちょっとつらい夜のナイトキャップ代わりに、安心して見られる絶対的いい話。
幼い息子を事故で亡くすなど、私生活のトラブルで書けなくなり作家を廃業、さらに妻からは離婚を迫られ、まさに人生のどん底にいる中年男・ベン(ポール・ラッド)。収入を得るために、講習を受けるだけで資格が得られる介護士に転職します。
彼が初めて担当することになったのが、キャリアウーマンの母親と2人暮らしで、筋ジストロフィー患者の青年トレバー(クレイグ・ロバーツ)。電動車椅子で自由に動けるものの、排泄や医療的介護が必要な難病患者です。病気を知った父親に3歳で捨てられたせいか、母親からも「何年も、どの介護士とも決して打ち解けることはなかった」と言われるほどひねくれた18歳。
初日の頼みごとが「メイク・ア・ウィッシュ(難病と闘う子供の夢をかなえる手伝いをしているボランティア団体)に電話して、ケイティ・ペリー(人気の若手女性アーティスト)にHなことをしてくれるようお願いして」ですから、前途は多難。その後も、発作を起こした真似などシャレにならないイタズラを仕掛けてきますが、ベンが彼を1人の男として扱ううちに徐々に打ち解けていきます。
「車椅子に乗ってりゃいいたい放題何言ってもいいと思ってんのか」「一生閉じこもってテレビと心中しろ」と、ストレートな言葉をぶつけるベンに対して、トレバーが「時給9ドルで人のケツ拭いて(排泄介助)ていいのか?」と切り返すほど遠慮しない間柄になるのに、それほど時間はかかりませんでした。
自分の知らない世界を知る旅へ
「身体が元気だったら、一番やりたいことは?」「立ちションかな」などと言い合える程度には親密になったある日、ベンはトレバーを1週間のドライブ旅行に誘います。「テレビで見た”世界一深い穴”と”巨大な牛”を実際に見てみないか?」と。彼はもっと広い世界を見るべきだと、作家ゆえのカンが働いたのでしょう。
通りすがりの他人とのやりとりや、生まれて初めて食べるジャンクフード、モーテルに泊まったりにダイナーで食事したりと、アウェイでの初体験の嵐にとまどいながらも、トレバーは少しずつ知らなかった世界を楽しもうとするようになっていきます。
途中で拾ったヒッチハイク少女・ドット(セレーナ・ゴメス)は、彼が治らない難病と聞かされて「ムカつくね。アソコは使えるの?」と、素直すぎる感想を吐くいまどきのティーンエイジャー。女はママみたいな人ばかりじゃない(むしろ少数派)という真実も思い知らされる童貞のトレバー。さらに妊婦・ピーチズも同行することになり、ついに憎んでいた父親を訪ねる勇気も手に入れます。
つらいこと、楽しいこと、淡い恋など、この1週間ほどで濃すぎる経験をするトレバー。「立ち小便をすること」という彼の望みもダイナミックに叶うことに。
と、ベタといえばベタなハートウォーミング・ロードムービーですが、ノーストレスで見られるので、ちょっとキツい夜にぼんやり眺めるように見ると、思いのほか癒されるかもしれません。
オトナこそ旅を
鑑賞中に思い出していたのは、ある斎場のそばで筆者がふと耳にした2人の中高年男性の会話でした。2人とも喪服だったので葬儀に参列した帰りなのでしょう。片方の男性がとても落ち込んでいるのが一目瞭然。共通の友達を亡くしたのかもしれません。「見たところまだ還暦そこそこだし……ちょっと早いよねぇ」と勝手に妄想&同情していた私。そんな時、もう片方の角刈りのおじさんの口から思わぬ言葉が飛び出したのでした。
「……そういう時はさぁ、旅に出るんだよ。場所を変えるだけでも気分が変わるぜ」
人生の真理を、まさか東京の裏道で聞くとは!!! そうオトナはいろいろなものをリセットするために旅に出るのですよ。
さて本編は、旅から戻り介護士を辞め、ふたたびペンを執ることにしたベンのモノローグで締められます。愛息の死を正面から受け止め、逃げ回っていた離婚にも応じ、彼も人生をリセットできたのです。負け組中年のみなさん(私含む)、この夏の旅はいつもと趣向を変えて「リセット」に出かけてはいかがですか?