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2023/4/3 10:45

5000人以上が出場する「重機の世界大会」で日本人唯一のファイナリストになった男の卓越スキル

「キャタピラー グローバル オペレータ チャレンジ」という重機を使った世界大会が開催されているのをご存知だろうか? 建設機械世界大手のキャタピラー社が主催する競技会で、世界各国から重機のオペレーションに長けた5000人以上が参加するこの大会に、日本企業そして日本人として唯一参加した男がいる。新潟県に拠点を構える田中産業の今井雅人さんだ。

今井雅人さん。田中産業 ICT施工部 部長。高校卒業後、19歳から土木・建築業界へと身を置き、2003年に田中産業へと入社。重機オペレータとしてのキャリアは20年を越える

 

日本地区予選、アジア・パシフィック大会を制し、アメリカはラスベガスで開催される世界大会へと駒を進めたのである。3月14日に行われた大会では残念ながら優勝を飾ることはできなかったが、善戦。GetNavi webでは世界大会前に、今井さんに話を聞く機会を得ていた。本稿では、同氏の操作技術を写真や動画で紹介。卓越した操作技術の背景にある、新潟県ならではの事情も解説していこう。

 

今井さんは現在、ICT施工部の部長として配車、人員の配置などの事務作業で手腕を振るう一方、自らも積極的に現場へと出向き重機のオペレーションを行っている。プレイングマネジャー的なポジショニングだ。通常業務の後、前大会の日本チャンピオンでもある同僚の原田さんと共に練習。とにかく重機に触れ、操作時間を作ることを心掛けているという。

 

そう、田中産業では、前回の2020年大会でもアジア太平洋チームの代表として、同社の原田洋之さんが世界大会に出場。2大会連続で出場している背景のひとつとして新潟県の特性があることを教えてくれた。

 

「新潟県の上越地区は地盤が軟弱で、粘土質という土質の影響もあり、重機の操作には独特の難しさがあります。また、冬は積雪の影響を受けてしまうため、工事ができる期間が短くなります。短い工事期間に効率良く作業を進め、工期を短縮できるかはオペレータの裁量にかかってくるので責任は重大です。しかし、この厳しい地域特性がオペレータの操作技術を向上させる絶好の機会になっていることは間違いありません」(今井さん)

 

そんな背景にまず触れたところで、早速今井さんのスキルを見ていただこう。

【その1】地面と平行をキープしたままバーを動かす

赤いカラーコーンにセットされたトラバー(黄色と黒の棒)を持ち上げて、そのまま90度重機を回転させ、用意された台座に移動し見事にセット。一見地味に見えるかもしれないが、地面との並行を保ったまま、重機で軽量なバーを動かすのは微細な操作が必要だという。

 

【その2】重機は“優しく添えるだけ”のボール入れ

赤いカラーコーンに載せられたバスケットボールをキャタピラー社の油圧ショベル(303CR)で拾って、ボールの直径より一回りほどの大きさしかない缶に見事にゴール。

 

【その3】重機版・針の穴に糸を通す

最後はフラッグ用のポールを持ち上げて、直径40mmの筒に差し込むというもの。会場が屋外ということもあり風の影響を大きく受けることになる。しかし、今井さんは風を読みながら見事にクリア。

 

今井さんの操縦技術はどれも繊細かつ緻密で、操作レバーをミリ単位で操る技術に取材陣が驚きの声を上げていた。その技術はさすがチャンピオンと納得させられるものであった。

 

日本のインフラを支える優れた技術をアピール

この取材の数日後、今井さんはアメリカへと旅立ち世界大会の舞台に立った。今回の決勝大会は世界各国から勝ち上がった9名で争われ、今井さんはそのひとりとして3つの課題に挑戦したのである。CAT950ホイールローダでのフォークローダ・チャレンジ、CAT420XEでのバックホウサービスなど、各タスクの最短タイムを競い合った。

 

結果から報告すると、優勝を果たしたのはオーストラリア代表のパトリック・ドヒニーさん。残念ながら今井さんは優勝の夢を叶えることはできなかったものの、日本人ならではの繊細なオペレーションで会場を大いに沸かせた。そして、大会を終えた今井さんから「挑戦することの大切さを学ばせていただきました」とコメントを頂いた。

 

世界の頂点に手は届かなかったものの、決勝という舞台で戦った今井さん。その誇りと功績は日本の重機オペレーションにとって新たなる扉を開いたことは間違いない。世界に通用する優れた技術力は日本のインフラを支える縁の下の力持ちであり、これからの未来を担う頼もしい存在であり続けるはずだ。

 

なお、最後に取材メモとして、今井さんに当日伺ったQ&Aを記しておく。大会前の意気込みコメントのため鮮度としては古くなってしまっているが、数ミリ単位で重機を動かすコツだったりなど、今井さんだから見える他の人のクセだったりを語ってくれて非常に興味深い。

 

Q:世界大会ではどのような項目を競い合うのですか?

A:基本的に大会は3つの種目で競うことは分かっていますが、詳細はシークレットにされています。ですから、ぶっつけ本番…の要素が大きいですね。でも、前回の大会や各国で行われた大会の模様をYouTubeなどを見て研究し、傾向と対策を練っています。この大会は競技時間+ペナルティ(時間換算)のトータル時間として競い合うので、どれだけ正確に、どれだけ素早く操作するのがポイント。操作の正確性はもちろんですが、焦らずに立ち向かう“強い気持ち”を持つことも優勝には欠かせないと思っています。

 

Q:今井さんが得意とする操作はありますか?

A:最近のキャタピラーの重機は最新のICTを搭載しているので、機種による得意や不得意の差はあまり出なくなっています。私の場合、どちらかといえばレバーの操作が得意になるのかと思います。レバーを操作する指先に感じる抵抗の大きさで、今、どれくらい油圧が掛かっているのかを感じ取りながら操るのが好きですね。レバーから感じる微妙な指先への抵抗が分かるようになると、重機をミリやセンチ単位で動かせるようになるんです。

 

Q:この大会に参加することで得られた知見はありますか?

A:「キャタピラー グローバル オペレータ チャレンジ2022/2023」への挑戦によって、自分自身の成長を促し、技術力を向上させたいという強い気持ちが芽生えたことです。日常の作業を行う時にも「安全」を優先しながらも、高い技術力を目指すことを心掛ける。その積み重ねが作業の効率化やスピーディな操作へと繋がると考えています。

 

世界にはたくさんのオペレータが存在し、そのなかには優れた技能を習得した人たちがいます。日本大会、アジア大会で出逢ったオペレータたちにはそれぞれの操作にクセがあり、色々なアプローチ方法があることに驚かされました。操作の方法に正解はなく、状況に合わせて安全かつ迅速に重機を操る。良い部分は取り入れ、自分のスキルアップに繋げることができました。そんな猛者が集まる世界大会で自分の技術がどこまで通用するのかという不安はありますが、ワクワクする気持ちも存在します。大会に参加することで芽生えた向上心は、これからの仕事にも大きく影響すると思っています。

 

Q:世界大会に向けて心掛けていることはありますか?

A:世界大会に選ばれたオペレータたちは最高峰の技術力を持った人たちばかりですから、その中で自分自身の技をしっかりと披露するために平常心で臨みたい。ラスベガスという会場の雰囲気に呑まれないよう、落ち着いてチャレンジしたいと思います。今回は日本から応援団が来てくれる予定なので、自分の持てる力を100%出し切って優勝を目指します。

 

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撮影/中田 悟