「よしお兄さんがきたー!!」
保育園児の大きな歓声とあふれんばかりの笑顔に迎えられて登場したのは、元NHKの体操のお兄さんこと「よしお兄さん」です。ここは横浜市の總持寺保育園。なぜよしお兄さんがやってきたのでしょうか――。
昨年12月、エジプトから保育分野の行政職員ら15名が日本を訪れ、總持寺保育園にて保育現場を見学しました。これは、JICA(独立行政法人 国際協力機構)が、エジプトで保育士の能力向上の研修や保育園の環境整備を通じて、日本の幼児教育で実施されている「遊びを通じた学び」をエジプトに取り入れていこうというプロジェクトの一環です。
今回はよしお兄さんがこの研修に同行し、日本式の「遊びを通じた学び」をいかにエジプトで広めていくか奮闘中のJICAエジプト事務所職員・山上千秋さんと、日本とは大きく異なるエジプトの教育環境や、なぜ日本式が求められるのかなどについて語り合いました。
はたしてエジプトの保育関係者たちに、日本の子どもたちの遊びの様子はどのように映ったのか? エジプトの子どもたちにどのような“遊び”が届けられるのか、“遊び”と“運動”を取り入れた“プレイリーダー”として多くの子どもたちと関わっているよしお兄さんが、お馴染みの“遊び体操”も実践しつつレポートします。
【聞き手はこの方】
小林 よしひさ(よしお兄さん)
こばやし よしひさ。通称“よしお兄さん”。1981年生まれの埼玉県出身。日本体育大学体育学部卒業後、NHKの教育番組「おかあさんといっしょ」の11代目体操のお兄さんとして、歴代最長の14年間レギュラーを務める。2019年に同番組卒業後は、“遊び”と“運動”を取り入れた“プレイリーダー”として、独自に子どもとの関わり方を模索し、他方面で活躍している。
よしお兄さんのYouTubeチャンネル「よしお兄さんとあそぼう!」はコチラ
なぜ、日本式の“遊びを通じた学び”がエジプトで求められるのか?
小林 そもそもですが、エジプトではなぜ今、日本の幼児教育を必要としているのでしょう?
山上 日本で育った我々からすると、不思議に感じるのももっともですが、エジプトの保育現場というのは、2~3歳児でもただ椅子に座り、読み書きや計算、コーランを読むという様な、詰込み型で学力重視の学びなのです。両親も、保育園での幼児教育とはあくまで“学ぶ”場であり、遊びとは切り離されたものだ、という考え方が強いですね。
小林 日本の保育園では普通に行われている「お遊戯」や「ごっこ遊び」のようなアクティビティはないのですか?
山上 エジプトの保育園でも踊りや体操の活動を取り入れているところはありますが、上手にできる特定の子どもだけを前に出し、そのほかの子は後方でただ見ているだけといった状態が多いのです。皆で一緒になって体を動かして楽しむ、という発想に馴染みがありません。そのため、2016年にエジプトのエルシーシ大統領が来日された際に発表された「エジプト・日本教育パートナーシップ」では、幼児教育分野でも日本の支援のもと「遊びを通じた学び」を広め、よりよい子どもの成長を促すことがうたわれました。
小林 なるほど。我々の小さいころの自由な遊びが、実は人格形成や社会性を身につける上で深い影響を与えてくれていたのかもしれませんね。
山上 そうなんです。2011年にエジプトでは革命が起こりましたが、日本では同じ年に震災がありました。その時、被害を受けた日本人同士が争うことなく助け合う様子はエジプトの方々には新鮮に映ったようです。そういった社会的背景もあり、日本の「協調性」などの人格を育む教育が注目され始めました。エジプトでは自己主張が強い人が多く、道端でも大人の怒鳴り合いの喧嘩をよく見かけます。
小林 海外の方に言われて初めて自国のやり方に気づくことってありますよね。ネットで調べてみたら、私が出演していた体操の教育番組のような、保育がエンタメ化されたTVプログラムも、海外ではあまり見かけないようですね。実際、海外の視察団がよく番組見学に来ていました。
山上 はい、ですから最初は現地の理解を得るのに苦労しました。現在は5つの県の50園をモデル保育園として、0~4歳の未就学児を対象に、日本型の“遊びを通じた学び”を取り入れています。日本では普通に売っている「育児書」もほとんどないので、「アクティビティブック」という、月齢・年齢ごとに遊びの例をまとめたハウツー本をエジプトで作る活動も行っています。
小林 効果は出てきましたか?
山上 子どもの笑顔が前より増えたと、少しずつですが、両親の反応も変わってきています。
「砂場遊び」や「粘土遊び」をエジプトでローカライズ!?
小林 エジプトと日本では気候や宗教、社会環境も大きく異なりますし、簡単にはいかないですよね。私も体操のお兄さんを14年続ける中で、服の色を変えたり、声のトーンを変えたり、表情を研究したりと試行錯誤の日々が続きました。
山上 よしお兄さんも、最初から「よしお兄さん」であったわけではないのですね! ソフト面での遊び教育が根付くまでには、やはり時間がかかると思います。「砂場遊び」も、現地で取り入れるにあたり、まずハード面での「砂場」づくりも必要でした。子どもが手足を動かして遊べるような開かれた“場”がそもそもエジプトの保育園にはなかったので。でも私たちが目指しているのはあくまでソフト面。場や道具がないから出来ないという発想にはとらわれたくないのですが、伝えていくのは難しいですね。
山上 砂場ができても、服を汚したくないという両親の意見もあり、エジプトではシャワーキャップやエプロンを子どもに着せて、砂遊びをしている園もあるんですよ。
小林 現地の環境に合わせて日本の遊びがローカライズされていくといのは、おもしろいですね。私たちの想像しなかった“遊び”がエジプトで生まれるかもしれない! むしろ日本側が学びたくなるエジプト版のやり方とか。
山上 たしかに、素材は日本式でもエジプトの環境に合わせた独自の遊び方が育っていけばいいですね。
小林 ちょうど今、この總持寺保育園で行っている「粘土遊び」も、エジプトのみなさんすごく楽しそう! 子どもたちに負けない笑顔で。
山上 ほんとうに。子どもが口に入れても安全な、水と小麦粉を使って粘土から手作りをしているのは、エジプトでも採り入れられるなと思いました。子どもと一緒になって作りたい形を作っていくという遊び学習では「創造性」や「自発性」も育まれそうですね。
小林 教育、といっても上から教えるという感じではなく、教える側も、こんな風に子どもと一緒に本気で楽しむことが大事かと思います。私もテレビ番組の収録時には子どもと同じ目線に立ってみることを意識していました。
山上 エジプトでは未だその意識が低いと感じる場面が多くあります。この粘土遊びでも、自分たちが先に完成品を作って「どう?」と子どもたちに見せていますよね。日本の保育士さんは、子どもたちが作ったものに対して「よく出来たね。次はもう少しここを変えてみたら?」と声掛けをして、子どもから徐々に作りたいものを引き出している。そこに大きな意識の差を感じました。
小林 なるほど。一方で出来上がったものを見せるというアプローチも大事ですよね。出来上がったもの、象徴的な存在、私自身もそういう存在なのだと思いますが、子どもたちがそれに「憧れ」ると「ああいう風になりたい」と自然に目指そうとする。その過程で、子どもの方からも新しい発信が生まれてくる、その双方向対話の繰り返しかもしれません。