日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「すべての人が教育を受けることができる世の中」を目指して、日本とパキスタンで奮闘する2人が、子どもの未来を拓く教育の力について熱く語り合ったトークイベントについて取り上げます。
大橋知穂JICA専門家は、パキスタンでこれまで小学校の入学機会を逃した子どもや若者約2300万人に基礎教育を受けることができるようサポートしてきました。教育YouTuberの葉一(はいち)さんは、日本で小学3年生から高校3年生向けに、無料の教育動画を配信しています。不登校などさまざまな理由で学校に行けなくなった子どもたちなど、動画チャンネル登録者は142万人に上ります。
いつでも、どこでも、誰でも、教育を受けることができるよう取り組む2人が口を揃えて言うのは、「教育は、困難を乗り越え、子どもの挑戦する力を生み出す」こと。活動する場所や環境は異なるものの、その想いは一緒です。
子どもの成長は大人の価値観を変える
パキスタンは、学齢期の子ども(5~16歳)の不就学者が全体の44%と多くユネスコの統計によると世界ワースト2位です。そんな子どもたちの不就学、識字率の低さといった課題解決を図るため、JICAはパキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できる「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。
約12年間にわたりパキスタンでノンフォーマル教育に携わってきた大橋専門家は今回、その取り組みをまとめたプロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0からの出発』を出版。これを機に、YouTuberの葉一さんとの対談が実現しました。
「女の子には教育は必要ないと考えていた父親の反対で小学校の退学を余儀なくされた11歳の女の子。学校で習った知識を生かして家計簿を付け、母親を手伝います。するとその姿を目の当たりにした父親が娘の成長に大感激して、地域の女性たちが学べる環境をつくろうと奮闘し始める……。この話にはグッときました」
大橋さんの著書を読んだ葉一さんはそう語り、大人が自ら価値観を変えるのは難しくても、教育によって子どもが成長することで考え方が変わっていくことがある、ということを実感したと言います。そして何よりも、学ぶ楽しさを知った子どもたちが生き生きとしていく様子は、日本もパキスタンも一緒だと語ります。
挑戦する力を支えるのは自己肯定感
「小学校に行く機会を逸してしまったとはいえ、生徒たちはやり直しのきく年齢。わからなかったことを理解したり、新しいことを知ったりする経験を通して自信を付けていきます。学習が進むにつれて表情が生き生きとしてくるのは、自己肯定感が高まっている証しですね。子どもたちの自己肯定感を高めるのは教育。逆にそれを奪うきっかけになるのも教育なのだろうと思っています」
子どもたちが変わっていく姿をパキスタンで目の当たりにしてきた大橋専門家は、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが気になると言います。そんな問いかけに葉一さんは、日頃、日本の子どもたちと向き合いながら感じていることを話しました。
「日本は“できて当たり前”といった風潮があり、失敗すると減点されてしまう。失敗をすると子どもたちの自己肯定感が下がり挑戦を恐れ始めます。しかし挑戦をしないことには成功体験が積めない。子どもたちは、結果が出るまでの小さな成長や成功を自覚しにくいので、ぜひ周りの大人が褒めてください。そしてご自身の失敗談を語り、どう乗り越え、最後に何を得られたかというストーリーを聞かせてあげるのが効果的だと思います」
YouTuberの葉一さんは、2012年から授業動画「とある男が授業をしてみた」を配信しています。塾講師として働いていた時、経済的な理由で塾に通えない子どもが多いことを知り、“親の所得の違いが教育格差につながる”という状況に疑問を持ちました。子どもに学びたいという意志さえあれば無料で学べる環境を作ろうと授業動画の配信を始めました。
子どもたちのことをちゃんと考えている大人もいるんだよ、と伝え、周囲の大人が子どもの成長を認めてあげることが自己肯定感を高め、挑戦を後押しすることにつながると、その言葉に力を込めます。
YouTuber葉一さんが制作協力する教材がパキスタンの子どもたちの教育現場に!
失敗してもやり直しができる、失敗したことを糧にがんばることができることを、パキスタンで実現させたい—。大橋専門家は、まもなくまたパキスタンへと赴き、子どもたちの学びの場をさらに拡充させる取り組みを進めます。葉一さんのわかりやすい動画教材制作についてそのコツを聞くと、「お手伝いします!」という言葉が葉一さんから返ってきました。今後、ノンフォーマル学校の中学生用向け教材の作成で二人の協力が始まります。いつでも、どこでも、誰でも—そんな学びの機会が、パキスタンでさらに広がっていきます。
葉一さんと大橋専門家の対談など、プロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0(ゼロ)からの出発』出版記念オンラインセミナーの様子はこちら