韓国の自動車メーカー、ヒョンデ(現代)自動車が、日本市場において最初のバッテリーEV(BEV・バッテリーに蓄えた電気のみで走行する電気自動車)専用車として提供しているのが「IONIQ(アイオニック)5」です。このモデルは、2022年に日本の乗用車市場へ再参入(かつて2001-10年に日本で展開していた)するにあたり、その主力車種として投入されました。そして、今回の試乗レポートとしてお届けする「IONIQ 5 N」は、それをベースにスポーツモデルの頂点に立つモデルで、Nブランド初のBEVともなります。
◾️今回紹介するクルマ
ヒョンデ/IONIQ 5 N
858万円(税込)〜
走りの楽しさを実感させるハイパフォーマンスぶりを発揮
「BEVって走るのがこんなに楽しいんだ!」これがヒョンデ・アイオニック5 Nで箱根の峠道を走った正直な感想です。もともとアイオニック5はシャープな操舵感とトルクフルな走りが魅力のBEVとして、日本だけでなく欧州でも高く評価されてきました。そのアイオニック5の走りを徹底的にチューンナップし、走りの楽しさを実感させるスポーツモデルとして誕生したのがアイオニック5 Nなのです。
この“N”の由来は、ヒョンデの開発拠点があるソウル郊外のナムヨンと、足回りを鍛えるためにテストを繰り返したニュルブルクリンクの頭文字を取ったもの。このロゴマークをよく見ると二重に表現されていますが、それはこの二か所を表したものなのだそうです。
それだけに、アイオニック5 N は単にパワーの強化だけでなく様々な先進デバイスを加えることで、まさに新時代のスポーツカーと呼べるだけのパフォーマンスを発揮するモデルとして誕生しています。
そのパワーユニットは前後に2基搭載され、フロントモーターの最高出力は175kW(238PS)/最大トルクが370Nmで、リアモーターは最高出力が303kW(412PS)/最大トルクが400Nmとなっています。中でも注目なのは「N Grin Boost(NGB)」と呼ばれるブースト機能で、10秒間の制限付きではあるものの、システムトータル最高出力は478kW(650PS)、最大トルクは770Nm。最高速度は260km/h、0-100km/h加速は3.4秒というスポーツカー並みの性能を発揮します。
このパワーの源泉となる駆動用リチウムイオンバッテリーは、エネルギー密度を高めたヒョンデとしては第4世代となる最新バージョンで、その容量は84.0kWhの大容量。そのため、これだけのハイパフォーマンスを発揮しながらも、一充電走行距離は561kmを達成しているのはうれしいですね。
内外装共にハイパフォーマンスモデルにふさわしい装備を満載
サスペンションは、フロントがストラットで、リアはマルチリンクの足まわりにホイールGセンサーと6軸ジャイロセンサーを組み合わせた大容量の可変ダンパーを搭載。リアには電子制御式LSDも装備しています。また、ボディそのものもこのパフォーマンスに耐えられるよう、スポット溶接を42か所増やし、接着剤の使用範囲を広げて剛性を大幅にアップ。それらを受け止めるタイヤには、電動車の大トルクにも耐えられるよう専用開発したピレリ「P ZERO ELECT」の275/35ZR21を組み合わせています。
エクステリアにも「N」ならではオリジナルな仕様が施されました。空力性能を向上するためにエアカーテンとアクティブエアフラップ付きの専用バンパーを採用し、スポークからのぞく赤色のブレーキキャリパーやボディ下部のオレンジ色のストライプからは、否応なく高性能ぶりが感じられます。なお、ボディ寸法はベース車と基本的に同じですが、専用エアロパーツによって少しだけ長くなっています。
運転席に座ると、ダッシュボードにはN専用グラフィック付き12.3インチカラーLCDメーターをはじめ、ヒーテッド機能付き本革ステアリングホイール、メタルペダルなどインテリアにもN専用品が数多く採用されていることがわかります。シートもヘッドレスト一体型のアルカンターラ+本革仕様のN専用タイプで、サポート性が高く手触り感も上々。また、ステアリングホイールやドアトリム、アームレストなどはパフォーマンスブルーアクセントが施されるほか、Nエンブレムウェルカムライトも搭載されていました。
橋折りを楽しませる多彩なドライブモードと疑似エンジン音
ここからはいよいよアイオニック5 Nの走りを体験となりますが、それをより楽しむためにはステアリングホイールに用意された4つのボタンを使いこなすことがポイントとなります。なにせ、これを使いこなせばBEVを活かした多彩なドライブモードとオーバーブースト機能を設定でき、これらは任意にプリセットも可能となるのです。
具体的には駆動用モーターの反応のほか、ステアリングの重さやダンパーの硬さを調整でき、電動LSDの効き具合までも任意に設定が可能。しかもこれらを好みの状態にプリセットしておけば、ドライバーは容易に走りを楽しめるようになるというわけです。ただ、これらはじっくりとその効果を試したうえで使いこなすべきもの。正直言えば、今回の限られた時間の試乗枠ではその効果を自在に使いこなせるまではいきませんでした。
その中でも、誰でもすぐに使いこなせるのが「Nペダル」です。いわば“ワンペダルドライブ”ともいえるもので、N専用回生ブレーキによって最大減速力0.6Gを実現。これにより、アクセル操作だけで素早い重心移動が可能となり、ほとんどの場合でブレーキを踏むことなくコーナーへの進入ができます。まさに電動車ならではのメリットを実感できるでしょう。
それと、走りをさらに楽しい気分にさせてくれるのが、電子合成音で再生される“エンジン音”です。このモードではBEVにもかかわらず、あたかもエンジン車に乗っているかのような疑似音を伴って走行することができます。しかも変速機能を有効にすれば、変速ショックまでリアルに再現するので、同乗者なら間違いなくエンジン車に乗っていると勘違いしてしまうでしょう。選べるモードは3つ。この中にはジェット機のようなサウンドも含まれ、個人的には楽しく体験することができました。
スポーツカー並みの性能を発揮しながら乗り心地も上々!
こうしたパフォーマンスを念頭にアクセルを踏むと、2210kgという車重にもかかわらず車体は軽やかに前へと踏み出します。BEVならではのスムーズな加速はまさに淀みなくトルクが湧き出てくる感じで、どの速度域からアクセルを踏み込んでもその俊敏さには圧倒されっぱなし。特に箱根ターンパイクの最初の上り坂では強大なトルクにより速度がどこまでも伸びていってくれそうな、そんな印象を持つほどでした。
コーナリングの入り方も実に気持ちがいい。ステアリングはクイックながら電動パワーステアリングの操舵力は一定で、どんなコーナーでも軽く滑らかにコントロールすることが可能。Nペダルによってブレーキを踏むことはほとんどないから、コーナーの通過もスムーズそのものです。ここに疑似エンジン音を加えると、峠道を走る楽しさは倍増! 箱根の峠道を走る楽しさを改めて呼び起こす思いでした。
こんなハイパフォーマンスなアイオニック5 Nですが、一般道を走行すれば硬めではあるものの、電子制御可変ダンパーが巧みに効果を発揮して、乗り心地はむしろベースモデルよりも良いのではないかと思えるほど。広々とした車内はルーミーで明るく、それでいて5人が乗っても480L を確保したカーゴルームは積載量も十分。561kmの航続距離とも相まって、普段使いにも十分対応できるクルマに仕上がっているといえるでしょう。
このBEVならではの走りの楽しさを満喫できるアイオニック5 Nの価格は858万円〜。ベース車よりも300万円近くアップすることになりますが、それが妥当かどうかは、まずは試乗してから判断すべきだと思います。もちろん、走りだけを捉えればベース車でも満足してしまうかもしれません。しかし、“N”の圧倒的なパフォーマンスを体感すれば後戻りできなくなるのは確実。ベース車レベルのコスパの高さをとるべきか、アイオニック5 Nの圧倒的な走りの楽しさをとるべきか……。個人的には「悩ましいモデルが登場してくれたなぁ」とマジで思った次第です。
SPEC●全長×全幅×全高:4715×1940×1625mm●車両重量:2210kg●パワーユニット:交流同期電動機●最高出力:(フロント)175kW/4600〜1万rpm(リヤ)303kW/7400〜1万400rpm●最大トルク:(フロント)370Nm/0〜4000rpm(リヤ)400Nm/0〜7200rpm⚫️一充電走行距離(WLTCモード):561km
撮影/宮越孝政
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