日本酒造りをテーマにしたボードゲーム『酒魅人(しゅみじん)』が話題です。発売と同時にSNSを中心に注目が集まり、ボードゲーム専門店では即品切れ。5月14日に行われたアナログゲームの即売イベント・ゲームマーケットでは販売ブースに長蛇の列ができ、開場からわずか30分で完売するなど、異様な人気となっています。そんな話題の酒造りゲームを、日本酒のきき酒師に遊んでもらったら、いったい何を感じるのか? レポートしてもらうとともに、ゲームででき上がった架空のお酒の味も、想像で解説してもらいました!
8枚の「注力チップ」を「酒造りボード」上の7つの工程に配置
それでは、さっそく遊んでみましょう。今回は、きき酒師の資格を持つ編集部の小林史於を含む、3人でプレイ。ゲーム内でプレイヤーは1年に1本、3年間で3本の日本酒を造ります。日本酒の出来映えなどによって得点が入り、3年間の合計得点を競います。
各プレイヤーには、ゲーム開始時に1~7(4のみ2枚あり)の数字が書かれた8枚の『注力チップ』がゲーム開始時に配られます。
手番では『酒造りボード』に書かれた『酒米購入』『麹造り』『歩合決定』などの行程の下に『注力チップ』(以下写真)を各1枚配置。全員がすべての『注力チップ』を置いたら、その列に一番大きな数字を置いたプレイヤーから、希望のチップを取っていきます。各チップには点数が書かれており、全員が点数の高いチップを取り合います。ただし、どこか1工程で高い点数を取っても、最終的に良い出来になるとは限らないのが本ゲームの面白いところです。
1ラウンドから早速悩みはじめる人が続出
「この列は『5』の1択なんだけど、そうするとこの列は一番にチップが取れるでしょ。いや、だけどそれだと、隣の列の数字が低くなるから、そっちは2番手になって・・・」と、各自がごにょごにょと独り言を口にしながら悩み始めます。なんとかほかプレーヤーを出し抜くことを考えながら、順番に『注力チップ』を置くのですが、「うむ・・・むむむ」「う~ん、いや、違うな!」と、1枚置くたびに、悩ましさに思わず声が出てしまいます。
チップとにらめっこを続けているうちに、『吟醸酒』のチップには『歩合60~50%』、『大吟醸』のチップにはすべて『歩合40%以下』と書かれていることに気づきました。さて、歩合とはどういう意味なのでしょうか? ゲームに参加している同サイト編集者で、きき酒師でもある小林史於に聞いてみましょう。
「歩合○%という表記は精米歩合(せいまいぶあい)のことで、玄米を100%として、米をどこまで削っているかを表しています。たとえば、精米歩合70%とあれば、お米の30%を削ったものですね。一般的には、お米を削れば削るほど、雑味はなくなるとされています」(小林)
吟醸酒と大吟醸はまったく違うものなんですか?
「吟醸酒は、精米歩合が60%以下。吟醸造りという特別な造りを採用していて、軽快な飲み口で、フルーティな香りが楽しめます。大吟醸は、精米歩合50%以下の吟醸酒。米を磨きに磨いて、吟醸造りをさらに徹底させて醸しています。大吟醸は輝く酒質で……詳しくはこちらを読んでください(笑)」(小林)
手に入れたチップはそのまま各自『酒瓶ボード』に配置。ついに記念すべき最初の日本酒ができあがりました。なお、出来映えがトップだった人から、品評会ボードにある受賞チップを獲得できます。
「ちなみに、ここでいう品評会とは、現実の世界における『全国新酒鑑評会』でしょうね。この『全国新酒鑑評会』は、年に1度、国税庁の管轄下にある『酒類総合研究所』が主宰する権威ある品評会です」(小林)
それでは、きき酒師の小林に、1年目で金賞を受賞した『正音』がどんな味なのか、酒米や造りなどを参考に、想像してもらいました。
「酒米は『御秘薬満國(ごひやくまんごく)』。現実世界でいう『五百万石』へオマージュを捧げた名前ですね。五百万石といえば、やや淡麗でさらりとした口当たりが多い傾向。ただし、純米酒だけあって芯には米の旨みも感じられ、ぬる燗にしても旨いです。精米歩合は60~70%と標準的なので、価格は比較的リーズナブル。毎日の晩酌に飲みたいお酒ですね」(小林)
そう聞くとなんだかとてもおいしそう! こういったうんちくがあるだけでゲームがさらに盛り上がりますね。
終盤になるとプレイヤー同士で足を引っ張り合うシーンも
造りはいよいよ2年目に突入。2年目になると、各自ルールを把握してきて、ゲームも白熱してきました。また、このあたりになると、略語を連発する「にわか業界人」が登場し始めます。
「やばい、このままだと私は〝アル添〟(※)だな。もうどうやっても〝アル添〟だ…」
「うん、たしかに〝アル添〟は免れないですね」
※アル添=アルコールを添加すること
そうこうしている間にゲームは終盤。3本目の酒造りへ。最終ラウンドということで、『機密キューブ』を使い、自分の『注力チップ』を裏向きに配置する酒蔵が激増。〝機密スタイル〟が横行しはじめます。
終盤、さらに抗争は激化。
「吟醸酒を取りますね」
「じゃあ、私は純米を取って、市場操作で○○さんの嫌がらせをしますね。吟醸の点数を下げます。下がれっ!(といってチップを引く)」
「うわっ、下がった!」
と、泥沼の足のひっぱり合いに発展。その結果、3年目は出来映えの悪い酒が並ぶことになりました。
最低のお酒と最高の日本酒の味を想像してみた
最後に今回、一番出来映えが良い酒と悪い酒を取り上げ、酒米と造りなどをヒントに、きき酒師の小林に味を想像してもらいましょう。まずは最低の出来映えだった『水と匠』から。
「清らかな水、匠の技を連想させる酒銘がいいですね。米は山谷四季。現実世界の山田錦(やまだにしき)をリスペクトした命名です。山田錦といえば、最高級の酒米で、しかもこちらは吟醸酒。香り高いリッチな味に仕上がるはずが、麹造りの失敗(右下の『-1 凡』の部分)ですべてが台無しです」(小林)
※蒸米に麹菌というカビの一種を振りかけて育てたもの。日本酒造りでは「一麹、二酒母(もと)、三造り」と言われるほど、酒の味に大きな影響を与えます
続いて最高の出来映えとなった「福心」はどうでしょうか。
「酒米は『緒真知』。これが現実世界の『雄町』(おまち)とすると、旨みたっぷりの濃厚な味わいになるはず。3年間熟成したことで独特の香りが出てきて、さらに味の深みが増しています。ただし、純米吟醸なので、雑味が少ないのも特徴。旨みと透明感が調和するハイレベルなお酒ですね。また、雄町で熟成酒といえば、燗につけても抜群。町の中華料理店のようなネーミング以外は完璧です」(小林)
ちなみに、今回ネーミングで際立ったのが「犬っ珍」(いぬっちん)。現実ではありえない奇妙な酒銘ができるのも盛り上がるポイントです。さて、この「犬っ珍」、名前はおいしくなさそうですが、味のほうはいかがでしょうか。
「酒米は梵盆=平々凡々、ごくありふれたお米、という意味なのでしょう。ただし、麹造りが成功(右下の『5 豊』の部分)しているので、安い米を職人の技でカバーした、テクニカルなお酒です。吟醸でサラッと飲めますし、お米が安いので、価格もお安めなのもうれしいです」(小林)
『注力チップ』の読みあいが醍醐味
最後に、ゲームでは最下位に沈んだ小林に、『酒魅人』の感想を聞いてみました。
「特に裏返しにした番号札『注力チップ』の読みあいが醍醐味でした。『ここは敵が強い数字を出してるはずだから、このカテゴリは捨てて、こっちを取ろう』とか、『大きな数字だと見せかけて、小さな数字でこのカテゴリを取っちゃおう』とか。今回、すべてが裏目に出ましたが、慣れれば勝負どころがわかってきて、もっと楽しくなるでしょうね。ちなみに、お酒の知識が生かせるシーンがあるのかな? と期待していたのですが、まったく関係ありませんでした。ただし、今回のように、お酒の詳しい人に、できたお酒の味を想像してもらうのも楽しいかもしれません」(小林)
日本酒というキャッチーなテーマと、90年代のドイツゲームを思わせるヒリヒリしたジレンマが魅力。酒瓶ボードのビジュアルには、誰もがSNSにアップしたくなるインパクトがあります。現在は入手困難となっていますが、ぜひ販売再開を待ってでも、遊んでみてください。ルールは少々複雑ですが、ボードゲームと日本酒の魅力を堪能できますよ。