ゴードン・ゲッコー。ジョーダン・ベルフォート。そして、クリス・ヴァリック。
IMDb(インターネットムービーデータベース)アメリカ版の“金融映画ベスト25”の上位3位(ノンフィクション作品を除く)を占める『ウォール街』、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』、『マネー・ゲーム』に出てくるスゴ腕証券トレーダーたちの名前だ。
魅力的なバッドガイズ
いわゆるダークヒーローを主人公にしたピカレスク・ロマンという小説のジャンルがある。上に紹介した3人のキャラクターも決して善人ではない。独特のクセの強さを発揮しながら、きわめて高い専門性が不可欠なはずの金融業界という世界でのし上がっていく。
金融業界で成功するための第一の武器は、言うまでもなく専門知識だろう。少なくとも、この業界についてまったく知らない筆者はそう思う。しかし、上で紹介した3本の映画を見るかぎり、カリスマ性や行動力、ハッタリと説得力、そして勘などのほうが大切な気がしてくる。いかにも銀行家というタイプより、実演販売の達人のようなトレーダーが頭角を現すことになる。
どこかクセのある人間は、それだけで魅力的だと思うのだ。
読む金融映画
金融映画のスピード感と、魅力的なキャラクターが織り成すピカレスク文学の世界を同時に文字化した一冊が『悪魔の取引 ある投資詐欺事件のストーリーで学ぶ金融入門』(アンドレアス・ロイズ・著、田口未和・訳/CCCメディアハウス・刊)である。
読む金融映画と言ってもいいだろう。
著者のロイズさんは、リーズ大学とケンブリッジ大学で英文学・英語学を専攻し、卒業後金融業界に入った。その後公認会計士の資格を取得し、ゴールドマン・サックス社の証券アナリストを経て自らの会社Learnflow社を立ち上げた。
英文学・英語学修士号を持つ証券アナリスト。それだけで十分クセがあると言えないだろうか。
金融業界の仕組みや秘密、知りたいでしょ?
ロイズさんは、二種類の読者層を想定して筆を進めた。まずは筆者のようなまったくの素人。
この本が想定している読者は二つに分けられる。金融業界という奇妙な世界に初めて興味を持ったみなさんには、なぜ経済危機が起こるたびに金融業界がもろくも崩壊するのかを理解していただきたい。
『悪魔の取引 ある投資詐欺事件のストーリーで学ぶ金融入門』より引用
そして、同じ業界で働くプロたちも意識している。
また、すでに金融業界で働いているみなさんには、業界の真実が暴かれていく過程を楽しんでもらえるだろう。
『悪魔の取引 ある投資詐欺事件のストーリーで学ぶ金融入門』より引用
まえがきで最も心惹かれたのは次の文章だ。
あなたが、投資のプロたちがどのように大金を儲けているのかについて少しでも興味を持ったことがあるのなら、これはあなたのための本だ。この本には、金融業界で使われる秘密のテクニックと、抜け目ない計略が説明されている。おそらく、あなたが知りたい以上のことが書かれていると思う。
『悪魔の取引 ある投資詐欺事件のストーリーで学ぶ金融入門』より引用
ここまで読んだら、止めるわけにはいかないじゃないか。
楽しみながら学ぶ仕掛け
ストーリーを追いながら金融用語や実際にあった事例に関する説明が挿し込まれる形なので、無理なく吸収できる。“投資詐欺事件を通じて金融額を学ぶ”というアプローチに基づいているので、物語を楽しみながらお金に関する知識を得るには最良に近い方法だろう。読むドキュドラマ(実際に起きた出来事をドラマ化した映画やテレビドラマ)という言い方もできるかもしれない。
今から40年前くらいに読んだピカレスク小説『白昼の死角』(高木彬光・作)を思い出した。『白昼の死角』にも、鶴岡七郎という実に魅力的なキャラクターが出てきた。立ったキャラを主軸にストーリーを回していくという手法は、とても映画的だ。そういう意味では、著者のロイズさんはそもそも文学者なのだろう。文学者というクセを押し出したからこそ、物語としても面白く、金融学の入門書としても優れた一冊が生まれた。
ちなみにロイズさんは“聞き上手になる三つのコツ” というサイトで意見を公開している。人の話を聞くことに長けているのも、物語を面白く伝える能力と無関係ではないはずだ。
(文:宇佐和通)
【参考文献】
悪魔の取引 ある投資詐欺事件のストーリーで学ぶ金融入門
著者:アンドレアス・ロイズ
出版社:CCCメディアハウス
【実話をもとにしたミステリー+金融と経済の基礎講義】
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