昨今では、「よし、健康のためにウォーキングだ!」とばかりに外を歩きだす人が増えてきている。だからといって、「歩く」という動作を教えてもらおうと思う人はあまり多くはないだろう。だが、医者に勧められたからといきなり長距離を歩いているうちに、膝や股関節を痛めてしまう人が後を絶たないという。
「ウォーキングというと、これまでエネルギー消費にばかりスポットを当てたものが多かったんです。例えば『1万歩歩きましょう』とか、『心拍数はこのぐらいにして歩きましょう』とか。もちろんそれも大事なんですけど、エネルギー消費だけを求めるような歩きだと、ゆがみやくせが助長されて、ケガにつながってしまう可能性があります」と警鐘を鳴らすのは、園原健弘さんだ。
園原さんは競歩選手としてバルセロナ五輪に出場した経験を持つアスリートで、いわば歩きのプロ。現在は指導者のほか、競技者としての経験をベースに健康づくりの指導を行うなど幅広い分野で活躍している。
「歩きは普通は無意識の動作じゃないですか。そこにちょっと意識を入れて、動きを誘導してあげるだけで、健康になるためのウォーキングができるようになります。何を意識すればいいか。“みぞおちが股”。みぞおちから下が足だと思って踏み出すような意識で歩いてもらう。これだけでいいんですよ」(園原さん)
これはどういうことなのか。
「みぞおちは、上半身と下半身を結んでいる大腰筋という筋肉の出発点です。この大腰筋を伸び縮みさせて歩くようなイメージで歩いていただくと、とても快適に動けるようになります。背筋も伸びるし、胸も張れるし、腕もリラックスして振れる。胸から踏み出すだけで、ウォーキングの求める要素がいろいろ実現できるわけです」(園原さん)
50㎞もの距離の「歩く速度」を競う競歩は、究極のウォーキングともいうべき競技。その競技者として世界を相手に戦ってきた園原さんの経験からくる言葉は説得力がある。
「歩くという動作は、足で推進力を生み出すというよりは、体の中心部の大きな筋肉を先に動かし、これらを主として働かせる筋肉として、脚部は地面に力を伝えてもらうだけという歩き方ができるといいと思います」(園原さん)
いわゆる「体幹」を使って歩くとは、そういうことだったのだ。
「みぞおちから足を振り出すということになると、体は(片足で)一度立ち上がった感じになって、足がしっかり伸びた状態でもう一方の足を振り出すことになります。ストライドはそれほど大きくなくてかまいません。腕もムリに振る必要はなくて、ブラブラさせておく感じでけっこうです」(園原さん)
「もう少し詳しく説明するとしたら、ポイントはあと2つ。内転筋(太ももの内側の部分)とお尻の筋肉を必ず参加させてほしいので、両足の内転筋をぶつけるようにして歩いてください。胸から足を振り出したら、足はできるだけ近いところを通していってあげるということです。そして3つ目の意識として、かかとから着地すること。着地したらすぐまた立ち上がった感じになります」(園原さん)
自分でやってみるとわかるが、なんとなく優雅な感じで歩いている感覚といったらわかっていただけるだろうか。実際、園原さんはこう語っている。「例えば、ウサイン・ボルトなどもそうですが、パフォーマンスのいい選手は日常の歩きもきれいで美しく見えます。やはり重心の位置が高くて、足は近いところを通っていくんです」。体にいいウォーキングは、はたから見ても美しい歩きとなっているのである。
ここに書いたのは、園原さんから本当にざっくりと説明していただいたことなので、その科学的な根拠も含めて詳しいことを知りたい方は、ぜひ園原さんの最新の著書である、『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』(きずな出版)を一読していただきたい。
園原さんは、こうも語っている。「運動をされている方の究極の目的は、100歳まで腰が痛くなく、肩こりもなく、歩くことができたらいいなあということだと思います。その意味で、歩くこと自体が整体になったり、バランス矯正になったり、筋トレになったり、メンタルヘルスになったりするのが一番いいのかなと思うんですね」。
やはり正しく歩くことができていれば、ウォーキングは誰でもできる最高のエクササイズであり、効果抜群のスポーツということ。健康のために、まずはみぞおちから足を振り出してみよう。
取材協力/株式会社ラバ・チューブ http://lava-tube.co.jp/