世界有数のオーディオブランドを傘下に置く巨大企業グループ、それが「ハーマン・インターナショナル」だ。そのハーマン・インターナショナルが、近年はカーインフォテイメントへと事業を大きくシフトしつつある。そんな「ハーマン・インターナショナル」の近況を知るべく、アメリカへ飛んだ。
スバルやスズキも採用! 巨大オーディオメーカーで急成長を遂げる車載関連事業
「ハーマン・インターナショナル」は知らなくても、少しでもオーディオに関心のある人ならJBLやharman/kardon、Mark Levinsonといったブランドは聞いたことがあるだろう。また、最近ではヘッドホン人気の高まりとともにAKGもよく知られているはずだ。実はこのすべてが「ハーマン・インターナショナル」グループのブランド。それ以外にもInfinity、REVEL、SME、SILTECH、Crystal Cableといった数多くのブランドを擁し、最近ではデンマーク生まれの老舗オーディオブランド「B&O」(バング&オルフセン)の車載事業も傘下に収めたところだ。
その多くのブランドを擁するハーマン・インターナショナルで、急成長を遂げているのが車載関連事業。いま、クルマ業界では自動運転の実現を目指して、インフォテイメントシステムが果たす役割への期待が急速に高まっている。自動運転を実現するには、クルマ本体の機能アップだけにとどまらず、カーナビの能力アップや外部と常に周辺の状況をリアルタイムで把握することなどが欠かせないからだ。つまり、その中核を成すシステムの分野で急成長を遂げている同社は、自動車業界から多大な期待が寄せられていることの証しでもあるのだ。
ここで、ハーマン・インターナショナルのインフォテイメントシステムを採用しているメーカーを挙げてみよう。メルセデスベンツやBMW、GMのほか、日本メーカーではスバルやスズキなどが名を連ねる。また、オーディオの分野に限ればトヨタがJBLを、レクサスがMark Levinsonを採用。アウディはB&Oを採用するなど、ハイエンドカーオーディオとしての立ち位置も確立している。その甲斐あって、いまではハーマン・インターナショナル全体の売上げの半分以上が車載関連(コネクテッドカー)事業から生み出されるまでになっているのだという。
そのハーマン・インターナショナルが進める車載関連事業の本拠地は、アメリカ自動車産業発祥の地デトロイトに隣接するノバイにあった。広々とした敷地に立つオフィスビルに入ると、そこはハーマンの世界。入口にはハーマン・インターナショナルが傘下に収める各ブランドの製品がずらりと並ぶ。そんな環境のもと、各分野の技術者がハーマン・インターナショナルが手掛ける次世代の技術を披露してくれた。そに技術はまさに自動運転の時代が着実に近づいていることを否が応でも認識させられる世界だった。
これまで再現できなかった立体的な音場を創り出すサラウンドシステム
各分野で共通していたのは、どれもハーマン・インターナショナルが培ってきたオーディオ技術が根底にあったことだ。
その1つの例が「360度サウンドソリューション」。簡単にいえばサラウンドシステムのことであるが、従来ならサラウンドとはいっても狭い車内では2次元での展開しかなかった。それを縦方向にも広げることでより立体的な音場を創り出す。同社はこれを「QuantumLogic Immersion(QLI)」と呼んでいるが、その臨場感は従来のカーオーディオでは再現できなかった完璧さだという。しかも、このシステムは10月に登場する新型レクサスLSに搭載されることが決まっているのだというから楽しみではないか。
自然とドライバーに注意を促すナビゲーション機能
サラウンドの進化はナビゲーションとの連動にも及ぶ。ナビゲーションが右左折の案内をするとき、その音声は進行方向に合わせてウインドウ越しに聞こえるようにする。人間の心理からすれば、音が聞こえる方向に自ずと注意は向くもの。これにより、ドライバーの注意を進むべき方向へと自然に行き届くようにできるというわけだ。特にこの技術で素晴らしいと感じたのは、最初から進行方向へ音声を出すのではなく、分岐点に進むに従って中心から外方向へ少しずつずらしていくようにしている点。これなら唐突さもかなり軽減される。先進技術をドライバーに自然に受け入れられるよう配慮しているのも、永年の経験が生かされた結果といえるだろう。
乗車中の一人ひとりが別々のエンタテイメントを楽しめる!?
車内でエンタテイメントを楽しむのに役立つ最新技術も紹介された。「Individual Sound Zones(ISZ)」と名付けられたこの機能は、その名称の通り、乗車中の一人ひとりが別々のエンタテイメントを楽しめる空間を実現する。といっても、このためにヘッドホンを使うなら当たり前の話。この技術で驚くのはスピーカーから出る音でそれぞれが異なったソースを楽しんでいられるようになっていることだ。仮に一人が電話で会話を始めたとしよう。するとそれを自動的に検知して、電話中は周りの音楽などの影響を受けず、音楽を楽しんでいる人は電話の会話に邪魔されたりはしない。一体どんなマジックを使っているのだろう。
すでに搭載が進んでいる技術として紹介されたのが、「Clari-Fi」だ。これは圧縮された音源を本来あった音源にまで戻す技術で、これまで物足りなく再現されていた音域をグッと厚みのある非圧縮サウンドに引き戻す。圧縮音源から独自のアルゴリズムを加えることでこれを実現しているわけだが、これもハーマン・インターナショナルが培ってきた経験に基づくもの。Plus X Awardにおいて「Best Audio Software of the year」を受賞した実績が、その技術の素晴らしさを表している。
ライブ好きにとっては堪らない新技術も
オーディオファンにとって垂涎の技術も披露された。「Vertual Venues」と名付けられたこの技術は、著名なホールやジャズクラブ、オペラハウスといった設定が車内の音響状態に合わせて再現されるというものだ。ハーマン・インターナショナルは世界中の音響施設にプロ機材を納入した実績があり、当然ながら納入時にはその施設の音響データを計測する。一見するとそれを生かした「単なる音場補正」と思われがちだが、実はそうではない。
なんとこれらの音響データは各シートごとに同時に再現することができるというのだ。確かに聴く人にとって、同じ環境で強制的に音楽を聴かされるのは苦痛かも知れない。それがこの技術を使えば、聴く人ごとに好みの環境下で音楽が楽しめるようになるのだ。しかも、このデータはOTA(over-the-air)によって随時アップデートが可能となる。まだ行ったことがないホールであっても車内に居ながらにしてバーチャルで再現できるなんて夢のよう。まさにライブ好きにとっては堪らない技術であるといっていいだろう。
永年のアナログ技術と先進のデジタル技術がもたらす総合力
ここまでハーマン・インターナショナルの開発現場で紹介された技術の一端を紹介した。では、同社がこうした技術を次々と展開できる秘密はどこにあるのだろう。もちろん、ハーマン・インターナショナルにはスピーカーに代表される永年に渡るアナログ技術が積み重なっており、それが根底にあることは揺るぎない事実だ。ただ、自動運転へとクルマが進化していく過程においては、アナログだけでは到達できない領域があるのも確か。
それらを可能とするのは紛れもなくデジタル技術の進化だ。最新情報をリアルタイムで取得し、直ちにクルマの走りにアウトプットする。その処理は瞬時に行わなければならない。この日、説明会を受けている途中でCPUが収められた1枚の基板を見せられた。技術者によれば、「ほんの5~6年前にトランク一杯になっていた回路がいまではこの1枚に集約されている」とのこと。当然ながら省エネ化も進み、それがより多くのクルマに搭載することを可能とする。
さらに、昨年にはスマートフォン「Galaxy」で知られる韓国のサムスン電子がハーマン・インターナショナルの株式を取得した。これはスマートフォンに代わる事業としてコネクテッドカー分野での成長を期待しての買収だったといわれるが、サムスン電子の持つ技術力がハーマン・インターナショナルにとって新たな価値を生み出す可能性もある。
今回の取材を通して実感したのは、ハーマン・インターナショナルが持つ究極のアナログ技術と先進のデジタル技術によって生み出される総合力は、紛れもなくトップクラスの実力を備えているということ。近い将来実現すると予測される自動運転時代のリーダーとして、同社の存在感はますます高まっていくだろう。
最後に、今回の取材では同社のホーム用機器についてもその開発背景を知ることができた。その一端を画像とともに紹介する。