「大勝軒」といえばラーメン界におけるレジェンドとして有名だ。「〇〇系」としてくくられることでも知られ、その二大流派はつけ麺の元祖「東池袋系」と、大きな丼やレンゲが特徴の「永福町系」である。ただこの名店らはあくまでもラーメン店。街中華のレジェンド的大勝軒といえば、「人形町系」なのだ。今回はその伝統を受け継ぐ重要な一軒を紹介しよう。
超名門のラストシェフの味が楽しめる希少な街中華
人形町系大勝軒の本家は、日本橋人形町の旧地名で芳町と呼ばれた花街にあった「大勝軒総本店」。1905年から1986年の末まで長年営業していたが、現在は業態変更し「珈琲 大勝軒」という喫茶店になっている。つまり、店自体は存在するが中華料理は提供していない。しかし名門のレシピと味はひとりの料理人が受け継ぎ、いまも提供している。その人物こそが「大勝軒総本店」の最後の料理長である楢山泰男さん。そして巨匠の料理を味わえる店こそが、小伝馬町駅が最寄りの「HALE WILLOWS」(ハレ ウィローズ)である。
楢山さんは「大勝軒総本店」の閉店後、自身の店「大勝軒」を人形町3丁目に1987年から2010年まで構えたのち2010~2015年には銀座の「日本橋よし町」で料理長を務めていた。これだけ長きにわたって厨房に立ってきたのは、その味にファンが多いからである。事実、大御所のグルメライターや芸能人にも常連がいて楢山さん自身の情熱も衰えてはいない。
麺類、ご飯類、点心などスペシャリテはいくつもある。名物をひとつだけ挙げることは難しいが、テイクアウトもできるメニューとして人気なのがシュウマイ。薄く伸ばされた皮は自家製ならではの透明感で、赤身とバラ肉をブレンドしたあんもジューシーで絶品だ。
そして高級感すら漂わせる美しい逸品が「フヨウハイ」。いわゆるカニタマと呼ばれる料理だ。うまみ豊かな卵に、鶏ガラによるやさしいダシのあんがトロっと重なり合う。その中にはやわらかいかにと、シャキっとしたたけのこが。円熟の技が生み出す、体に染み渡るようなおいしさである。
皮も麺も叉焼も100年以上前のレシピで手作り
古の調理法を守り続ける同店は、点心類の皮だけでなく麺も自家製。客席スペースの片隅には絶版となっている「エビス麺機製作所」の製麺機が置いてあり、一つひとつ丁寧に作っている。それが同店のおいしさの秘訣ともいえるが、ラーメン類をオーダーするとほかにも手間暇をかけていることがよくわかる。
ただ、さすがに楢山さんも高齢。いつか引退のときは来るだろう。だが伝説の味はしっかりと後進に受け継がれている。それが店長の保坂礼乃さんと、ご主人のAdam Yoza副店長だ。そう、店名の「HALE WILLOWS」はAdamさんの故郷・ハワイにちなんだもので、ハワイ語でHALEは家屋、英語でWILLOWSは柳という意味。日本語で「柳屋」となる。
「柳屋」というのは保坂さんの家業の屋号。酒屋を営んでいることもあって、「HALE WILLOWS」ではオリジナルの本格焼酎を飲むこともできる。ほとんど流通には出回っていないというこの焼酎、味わいはかなり個性的。まるでバーボンのような樽の熟成香を感じられ、ハマる人にはたまらないテイストなのだ。
↑最左は楢山さんの奥様・千代子さんで、最右が保坂さん。ベテランと若手の夫婦コンビで常に活気は絶えない
街中華は、人気を博している一方で後継者不足という危機も抱えているジャンルだ。強い火力で重い鍋を振る重労働もさることながら、仕込みから丁寧に時間と労力をかける良心的な店は特に大変だろう。しかも比較的に薄利多売な業態であり、現に真の伝説となってしまう名店も少なくはない。だが「HALE WILLOWS」は、街中華界の遺産といえる「大勝軒総本店」のバトンを楢山さんから受け取った。前文で名店「銀座 やまの辺 江戸中華」について触れたが、江戸の街中華といえば、ここ「HALE WILLOWS」が本流といえよう。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
HALE WILLOWS(ハレ ウィローズ)
住所:東京都中央区日本橋本町3-9-11
アクセス:東京メトロ日比谷線「小伝馬町駅」徒歩2分
営業時間:月〜金曜11:15~14: 00/17:30~22:00(L.O.21:30)、土曜17:00〜21:00(L.O.20:30)
定休日:日曜、祝日