代々木は穴場の街だ。アクセス抜群の山手線にあって、両サイドを新宿と原宿に挟まれているが、そのどちらよりも人通りが少ないぶん落ち着いている。グルメの観点でもツウ好みの飲食店が多く、街中華でも言わずもがな。特に駅から少々足を延ばすと、宝物のような名店に巡り合える。今回はそんな一軒を紹介しよう。
昭和の遺産が残る大衆映画のワンシーン的な店内
店の名は「昇楽」。最寄りは小田急線の参宮橋駅だが、代々木駅からでもそう遠くない。その場合は西口から駅を背にして、少々幅が広い「代々木商店街」の通りを西へ。10分程度歩き、閑静な住宅街へ続く路地に入ればすぐだ。その風格はまさに、ザ・街中華。長年愛され続けていることが、ひと目で確信できる。
店内にも、至るところに昭和の遺産を発見できるが、それはまるで大衆映画のワンシーン。レトロなポスターなどを貼った見せかけのノスタルジック空間は多数存在するが、ここは本物だ。
王道こそおいしくありたいという哲学
常連客が多いため、各メニューにファンがいて種類は豊富。昼夜通して特に好評なのはスタンダードな「ラーメン」(600円)に「チャーハン」(700円)、そして「ギョーザ」(400円)だ。それもあり、ランチ限定の「ラーメン+半チャーハン」(900円)は一番人気となっている。
味の軸となる清湯スープは、毎朝最初に仕込む大切なもの。豚のゲンコツと背ガラに鶏ガラなどを加え、香味野菜と一緒に数時間じっくりと炊いていく。チャーシューも看板メニューの人気を支える大事な一品で、豚肉を約1時間煮込んでからしょうゆベースの特製ダレに漬けて寝かせる。
すべてのメニューに精魂を込めているが、シンプルであればあるほどごまかしは効かない。そしてどこの中華店にもあるような王道こそ、おいしくありたいという哲学なのだ。オーダー率が高いという「ギョーザ」も同様。具はキャベツやにらを中心とした野菜類にひき肉を合わせる一般的なものだが、ミンチは粗挽きにして最良のバランスを目指して仕上げている。
奇縁から生み出されるハイブリッドなおいしさ
大定番以外でオススメを聞くと、麺類でいえば「ニラそば」(800円)だそう。野菜と肉のあんかけがのっており、それぞれの素材のうまみが生きた滋味深いおいしさを味わえる。また夕方以降の部はつまみが充実した内容となり、そのなかで一番人気なのは「ぴーから」(800円)という独自メニューだ。
「ぴーから」をはじめ、夜のメニューは2017年の秋から始まったものだという。理由を聞くと、そこには同店の歴史を物語るストーリーが。「昇楽」は1964年、東京オリンピックのときにここで産声を上げた。店主は中村良雄さん。いまも元気で厨房に立っているが、88歳を迎えるにあたって料理長の座を二代目に譲ることに。それが昨年10月で、同時につまみメニューが充実することとなった。
大橋料理長と中村店主に血縁関係はない。だが、そこには奇縁からなる強い絆があった。中村さんは「昇楽」を立ち上げる前にいくつかの店で修業をしており、特に影響を受けたのが、落合の小滝橋近くにあった「幸楽亭」という街中華。約10年前に閉店したが、この店を実家に持つのが大橋さんであり、大橋さん自身も伝説のレシピを受け継いでいたのである。修業先が一緒ということは、ベースとなる味も変わらない。大橋さん自身「昇楽」の伝統的な料理を作る一方で、「幸楽亭」のメニューをプラスしている。そのひとつが「ぴーから」なのだ。
なお、接客は中村さんの奥様の仕事だったが現役を引退。そのため、いまは娘である浅野政代さんが担当している。これにより酒のラインナップがさらに増え、また彼女は英語が堪能なので外国人の対応もOKになった。
2020年の東京五輪までは厨房に立つと意気込む中村さん。いまでも「ギョーザ」だけは自分でいちから作り、往年のファンを喜ばせている。そしてそんな初代を、2人の後継者が支えている。跡継ぎがいないために閉店する街中華も少なくないが、「昇楽」は心配ご無用。2つの名店からなるハイブリッドなおいしさで、味の金メダルを輝かせ続けるのだ。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
昇楽
住所:東京都渋谷区代々木3-3-7
アクセス:JRほか「代々木駅」西口徒歩10分、小田急線「参宮橋駅」徒歩5分
営業時間:11:30~15:00、17:30~21:00
定休日:木曜の夜、日曜