朝、新聞が来ると、まずは広告を抜き取る。
不動産屋さんの広告、とりわけ、アパートの間取り図が見たくてたまらないからだ。
毎日、欠かさず淹れるコーヒーはたまにはなくても平気だが、広告チラシの間取り図がないと、一日が何となく面白くない。
間取り図は本当に面白い
間取り図ばかり見ている私だが、引っ越しの予定があるわけではない。
今のマンションに住んでもう30年になるが、特に何の不満もなく、引っ越しをする予定も、余裕も、予感もない。
それなのに、間取り図をチェックしておきたくなるのだ。
これは自宅にいるときだけではない。
旅先でも、不動産屋さんの店頭に掲げてある間取り図が気になって、つい立ち止まり、なかなか前に進めなくなる。
海外でも間取り図
それは海外でも同じこと。
15年くらい前、シンガポールに旅したとき、ちょうど不動産フェアをしていたので、見物しているうち、いつものように夢中になった。
ふと気がつくと、猛烈な英語で話しかけられ、DVDまで渡され、そのまま車に乗せられそうになった。モデルルームにご案内というわけだ。
日本の景気がよいときだったから、お金持ちの日本人が海外資産として不動産を購入すると誤解したのだろう。
仕方がないので、「とりあえず検討するから、パンフレットをください」と、頼んだ。
嘘をついたわけではない。ホテルに帰って、本当に考えぬいたのだ。ここにデスクを置き、ここには食卓、広いクロゼットには右から春物、次に夏物と並べましょう。かさばるダウンは上の棚に入れておこうか、と。あ、でも、シンガポールでダウンは不要か・・・などと、考えているうちに、世が明けそうになった。
間取り図コミュニティがあるって知ってました?
けれども、やはり、私にとって面白いのは、日本の間取り図だ。
そこには、夢があり、現実があり、狭さを克服しようとするガッツがある。もちろん、何とかしてこの物件を売ろうという狡猾さも併せ持つ。
たとえ引っ越す予定も、余裕も、予算もなくても、間取り図片手に考えるだけなら無料だ。どんな豪華なマンションも、螺旋階段がついているような家も、その間は私のものだ。どうやって住もうか考えていると、いくらでも時間を費やせる。
間取り図好きな私だが、『間取り図大好き!』を読むまでは、mixiで間取り図が好きな人が集うコミュニティがあり、各地でイベントを催していることは知らなかった。
コミュニティのメンバーは、な、なんと13万人。
それでいながら、最初のイベントとなった東京開催は来場者がこれまた、な、なんと、わずかに8人だったというのだから、し、しかも、入り口まで来て帰った人が2人いたというではないか。
吹き出さずにはいられない
8人の入場者から始まったイベントも、2012年12月の時点で19回を数え、チケットは完売が続く人気を誇っているという。
『間取り図大好き!』は、イベントの様子とスライドショーで使われた間取り図が、ふんだんに掲載されている。
その面白いことと言ったら、もう、あなた、電車の中で読まなくてよかったと思う。
途中、何度も吹き出して、笑いすぎでむせて苦しい思いをした。
できることなら、自宅で読んだ方がいいだろう。
不思議な間取り図の世界
いくつか紹介してみよう。
まずは「ぐっとくる間取り図」
私が一番、欲しかった物件だ。元の銭湯が、住宅として売りに出されているもので、当然のことながら、ばかでかい男湯と女湯がある。ロッカーや下駄箱もそのままである。
この家、欲しい。「買って毎日、富士山の絵を見ながら、女湯と男湯、交互に一人きりで浸かったら、どんなに気分がいいだろう」と、本気で思ったが、かつて窯があった場所は現在は倉庫になっているため、お風呂は沸かせないのだそうだ。大きな湯船には水を満たすしかない。
結局、お風呂に入りたかったら、近所の銭湯に行くことになる。
また「9LDKDKDKDK4S」なる物件。
9つの部屋と、4つのダイニングキッチン、そして、4つのサービスルーム。
おそらくは4世帯が住むために作られたというが、同じ釜の飯は食わないってこと?
そして、サービスルームって何?
さらには、「東京でいちばん狭い部屋」として貸し出されている一戸建て。
家賃は1万円。1戸建てといっても、物置に限りなく近く見える。が、しかし、1戸建ては1戸建てだ。間取り図に嘘はない。
他にも、「浴槽が2個」ある部屋とか、「便器が3個」あるワンルームとか、どこからどこまでがロフトなのかよくわからない部屋とか、家主が勝手に入ってくる倉庫が設けられた豪邸とか、食卓の横で裸になるしかない場所にお風呂場がある、とか。
頭を抱えるような間取り図がたくさんある。
間取り図はすごいぞ
やっぱり間取り図はすごい。
そこには宇宙を感じさせる広大な世界が広がり、一方で、息が苦しくなるような狭さがある。そこには、人間の欲望があり、愛があり、憎しみがあり、孤独があるのを感じる。
変な格好の家に変な人がいるかというと、そうではなく、きちんとした間取りの部屋できちんとした生活が行われているかというと、これまたそうでもないことは、多くの人が感じていることだろう。
ただ、言えるのは、部屋を売りたい人が間取り図を書き、間取りが好きな人がそれを読む。そこには、真剣勝負だからこそ生じるエネルギーがある。
間取り図、それは侮れない深い、深い、世界なのである。
明日の新聞が楽しみだ。
(文:三浦暁子)
【文献紹介】
間取り図大好き!間取り図ナイト編
著者:間取り図ナイト(著)
出版社:扶桑社
メンバー数13万人を超えるmixi「間取り図大好き! 」コミュから生まれた伝説のイベント“間取り図ナイト"を完全書籍化! マドリスト必見! 【自由すぎる間取り図をめぐる、ツッコミ&ゆるトークをご堪能あれ】お台場にある「東京カルチャーカルチャー」を中心に開催され、毎回チケット完売、 昨年実施した西日本ツアーも大成功させた “生ける伝説のイベント"、それが「間取り図ナイト」です。メンバーである森岡友樹、大山顕、大塚幸代が、ユニークな間取り図に対して3者3様のツッコミ&ゆるトークを展開するこのイベントですが、 今回、昨年10月に開催された「ベストオブ間取り図ナイト! 」を収録、イベントならではのライブ感を残しつつ、誌上に再現しました! 面白い間取り図、グッとくる間取り図、よく分からない間取り図……間取り図ナイトの集大成、衝撃&笑撃の全148物件掲載! 笑いながら、悩みながら、ゆる~くご覧ください。