この国は「おひとりさま」にとって肩身がせまい。たとえば回転寿司店のカウンター席に理不尽がある。「おひとりさま」はテーブル席を利用できないのに、2名以上の客ならばカウンター席「も」使える。納得いかない。
おひとりさま残酷物語~回転寿司編~
個人的なモヤモヤがあるのだ。近所の回転寿司チェーン店に対して。ちょっと聞いていただきたい。すぐに終わらないかもしれないが、できれば耳を傾けてもらいたい。
全品100円の安い寿司をつまみながら、昼下がりにビールやハイボール飲む。ビンボーくさい話で恐縮だが、わたしにとってのささやかな楽しみだ。iPadで電子書籍のマンガを読みながら、ほろよい気分で小一時間ほどを回転寿司店のカウンター席で過ごす。
急かされずに酒を飲みたいので、けっして昼飯どきや晩飯どきには行かない。ランチタイムをはずした午後の3時ごろのスキマをねらって、わたしは近所にある有名回転寿司チェーン店に歩いて行く。飲酒運転ダメゼッタイ。
いつもならば何事もなく至福の小1時間を過ごす……はずだった。その日にかぎって、午後3時すぎなのにカウンター席が半分ほど埋まっていた。めずらしい。でも、まだまだ空席は残っている。すみっこの3席が空いていたので、いちばん右側に腰を落ち着けた。
ポテトフライとエビタルタルサラダと瓶ビールを注文する。揚げ物は5~10分を要するので、サラダについてくるエビとブロッコリーをつまみながらビールで喉をうるおす。待っているあいだに鯖の押し寿司や鉄火巻きの皿も追加する。この回転寿司店は「しょうゆ」の種類が豊富であり、わたしのお気に入りは「九州の甘い醤油」だった。
そんな感じで気分良く飲んでいたら、店員が声をかけてきた。「荷物をイスからどかしてほしい」というお願いだった。ふたりづれの老夫婦がカウンター席に座りたいのだという。たしかに、そのときのわたしは2席を占有していた。ナップザックをイスからおろして、床に置いた。
敗北。おひとりさまの駆けこみ寺はどこにある?
他のカウンター席をながめてみると、すでに立ち去った客の皿がいまだに放置されている席がふたつもあった。人手が足りないのだろうか。つまり、片づけて席を空けるよりも先に、わたしに席を詰めろというわけだ。さんざん前の客が食い散らかした直後の席に老夫婦を案内するのを「失礼」だと判断したうえでの「采配」なのであろう。
こうして、わたしと老夫婦は、ほかのカウンター席が実質的に空いているにもかかわらず、3人がすみっこで肩寄せあって安い寿司をつまむことになった。わたしが心のなかで舌打ちをしたのは言うまでもない。
いや、老夫婦に非はない。もともと寿司はカウンター越しにつまむものだ。おじいさんとおばあさんがテーブル席を選ばなかったことに文句を言うつもりはない。わたしは神経質な男であり、となりに他人がいると落ち着いて本が読めない。だからわざわざ客数が少ないであろう時間帯を選んで来ているのに。その日、気のきかない店員のせいで、わたしの昼下がりは台無しになった。瓶ビールの中身は半分以上のこっていたが、すぐに支払いをすませて店を出た。
小一時間で立ち去るつもりだったとはいえ、寿司屋で読書をするほうが悪い。2名以上の団体客のほうが売上に貢献するので、おひとりさまよりも優遇されるのは当たりまえ。ごもっとも。だが、おわかりいただけたと思う。この国で「おひとりさま」でいるかぎり、土の味をかみしめるような屈辱に耐えて、みじめに生きていくしかないのだろうか?
否(いな)。わたしたちにはラーメン屋があるじゃないか。スープが香る店内のカウンター席こそおひとりさまの檜舞台。肩寄せあうのも他生の縁。男性はもとより、女性のおひとりさまにも広く門戸がひらかれている。一歩踏み出す勇気しだい。ラーメン屋こそ、おひとりさまのオアシスだ。
『ラーメン大好き小泉さん』(鳴見なる・著/竹書房・刊)というシリーズ累計50万部を突破したマンガのことを話そう。可憐でうつくしい女おひとりさまの生きざま。おなじ女子グルメマンガでも『ワカコ酒』の主人公は彼氏持ちだ。『花のズボラ飯』の主人公は既婚者だ。ラーメンが大好きな小泉さんは(たぶん)彼氏がいない。クラスメイトたちとも馴れ合わない。ひとりでラーメン屋を渡り歩いては、麺をすすりスープを飲み干すことに生きがいを感じている。
天下一品こってりラーメンでカルボナーラを味わう
あらすじ。女子高生の大澤悠は、ミステリアスな転校生・小泉さんが「ラーメン二郎」の行列にならんでいるところを目撃してしまう。第1話「ヤサイマシニンニクアブラカラメ」では、いかにも上品そうにみえる女子高生の小泉さんが、なれた様子でロット(回転率)に気を配りつつ、チャーシューの肉塊をむさぼり、モヤシたっぷり山盛りラーメンをうまそうに完食するさまを描いている。
本書『ラーメン大好き小泉さん(1)』の各話では、「二郎」をはじめとして実在するラーメン店が登場する。天下一品・一蘭・蒙古タンメン・変わり種のパパパパパインなど。時にはラーメンを食べるためだけに名古屋や東北地方へ出かけるというアクティブな一面も見せる。お店で食べるラーメン・家で作るラーメン・カップ麺を問わず、まさに「ラーメンに貴賎なし」をモットーとする小泉さんの語りと食べっぷりによって、大いに食欲がくすぐられるマンガだ。
わたしは第1巻を読み終えたあと、とあるラーメン屋へ向かった。紹介されていた「カルボナーラ風ラーメン」を味わうためだ。
本編中で「こってりラーメン+唐揚げ定食」を頼んだ小泉さんいわく、
着丼後 まず
麺の半分を食し御飯と
サイドメニューを
摘みつつ暫く
丼を放置麺にスープが
完全に浸透したところで一気に掻き込む
さらにゆで卵無料
サービスの店舗では
卵を潰して投入…個人的に
この食し方がベストその味はまさに
“カルボナーララーメン”
週一で食べたくなる中毒性(『ラーメン大好き小泉さん(1)』から引用)
……というわけで、さっそく注文した。天下一品ラーメンに唐揚げ4個とライスが付いた定食がやってきた。天下一品の「こってり」は、本当にこってりしている。全国チェーンだからといって万人受けを狙っていない。まるで鶏肉をすりおろして作ったかのような濃厚な風味と舌ざわりのポタージュを楽しめる。
小泉さんの言うとおりに、はじめは麺を食うことに集中する。たっぷりのネギ、3枚のチャーシュー、メンマを確認してから、こってりスープがからみついた麺をたぐる。どんぶりの半分を消費してから、唐揚げとライスにとりかかる。肉・飯・こってりスープの順で食べる。
それからいよいよ煮玉子を注文して、とろりとした黄身だけをラーメンどんぶりのなかに落として麺とスープに混ぜる。白身を入れないほうが濃厚な味わいになるからだ。カルボナーラ風ラーメンはうますぎてこってりすぎるあまり、とうとうライスが足りなくなった。今度からはライス大盛りを頼むことにする。小泉さん、教えてくれてありがとう!
(文:忌川タツヤ)
【文献紹介】
ラーメン大好き小泉さん(1)
著者:鳴見なる
出版社:竹書房
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