来週、私はとある20代の男性と食事に行くことになった。彼が食事に行くお金がないというから、食事代は私が払う。私は彼に「お金はいらない。あなたの時間がもらえればそれでいいから」と言ったのだけど、実はこれ、これからの時代の価値の概念らしい。
「時間主義経済」という流れ
『新しい時代のお金の教科書』(山口揚平・著/筑摩書房・刊)によると、今後、お金ではなく時間が価値をなす社会に変化していくという。人々は今までモノを求めてきたけれど、今後はモノ(物品)よりもコト(経験)を求めるようになるという。これは多くの人にとって戸惑う現象のようだ。今までは大きくて立派な家、高級外車など、ステイタスは目で見てわかったし、それらはお金があれば手に入っていた。なのに、今後はその人が何をしてきたのか、何ができるのかというコトのほうに価値があると言われても、混乱してしまうだろう。
けれど私にはよくわかる。というか、私はどうやら一歩先に本にある「時間主義経済」なるものに足を踏み入れていたようなのだ。もともと私たちは時給で収入を計算することがある。たとえば、東京労働局が定める東京都の最低時給は958円だ。けれど、この本が説く「時間主義経済」とはそういう均質なものではない。「その人でなければできないこと」「その人によるオリジナルな価値」を時間単位で考えるというものなのだ。
時給より高額な専門時給
最低賃金を上回る職種というものは前からいくつもある。例えば弁護士に相談する場合は30分で5000円というのが相場だった(最近は初回無料で相談できるところも増えているけれど)。時給にしたら1万円とかなりの高時給だ。カウンセリングも人気がある先生だと1時間1万円以上の料金がかかることも多い。専門知識がある人の時給は跳ね上がる。今後はマッチングサイトの普及で、高時給を得る個人は増えると私は予測している。
たとえば私は取材も兼ねてレンタル彼氏を利用することがあるけれど、新人だと時給は2000円程度で、人気があると5000円以上にもなる。また、マッチングサイトで家事代行の依頼を検討しているけれど、そこは新人は1500円程度で、人気の人は1時間3000円近くかかる。調理師などの資格を持っている人や、経験を積んでいる人は料金が高いようだ。1時間に高いお金を払うほど、より満足できる結果が期待できるのだろう。
さまざまな形の時間の価値
これからはお金よりも時間が重視されるということは、私は理解できる。すでに私は食事をするときに、食事代よりも誰と食事するかのほうを重視しているからだ。貨幣経済的に考えれば「おごってもらえる誰かと食事をして食事代を浮かせる」ほうがオトクだけれど、時間主義経済的に考えれば「ぜひお話してみたい人と食事ができ、時間を共有できるのなら、食事代は自分が出しても構わない」のである。
今まで少なくない女性から「男に貢いでまで食事したいなんてミジメだとは思わないの? 女はおごってもらってナンボでしょ? おごってもらえる女になりなさいよ」などと叱られてきたけれど、そろそろ彼女たちの考え方こそが前時代的なのだと言われる日が来るのかもしれない。
時間の積み重ねの大切さ
本では、積み重ねた時間が価値を高めるということも書かれていた。たとえば裕福な家庭の子どもを正しく育てるためには、お金ではなく時間がかかる、といったように。確かに富裕層のお子さんが行儀の良さを身につけるためにはかなりの時間が必要だ。そうして得た身のこなしは一生の財産となる。
このように、一朝一夕では得られないこと、お金では買えない「時間の積み重ねによる成果」に価値が見出される時代になっていくのだろう。だとすると、私がもう何年もさまざまな若い男性と食事を続けていることも、ひとつの時間の積み重ねだ。私は物書きなので、この経験がいつか素敵な物語に熟されれば、それで大満足である。
【書籍紹介】
新しい時代のお金の教科書
著者:山口揚平
発行:筑摩書房
お金はこれからどうなるのか? お金の歴史とその仕組み、そして変化、未来まで、スッキリ解説します! ▲お金の起源は、物々交換ではなく動かせない石だった?/▲通貨の価値は信用×汎用というシンプルな方程式で測れる/▲国家、技術、経済、社会の変化が、お金を変化させる/▲新しい時代、お金についての10の習慣を意識する。