幸か不幸か、私は会社勤めをしたことがありません。大学を卒業する前に結婚し、専業主婦になったからです。当然のことながら、通勤のための洋服についてまったく知識がありません。就職活動もしなかったので、今で言うところのリクルート・スーツを着たこともないのです。
大学を卒業した後、周囲の友だちは就職し、スーツを身にまといバリバリ働いていました。私はそんな彼女たちを「かっこいいな~~」と思って、ただ見ていたのです。
エッセイストは何を着るべきか
私はといえば、ジーパンにトレーナーで過ごす毎日…。念願の息子も生まれ、それはそれで幸福だったのですが、一方で自分がどんどんくすんでいくようで、「なんとかしなくちゃ」と焦っていたのは確かです。
子育てが一段落した頃、私は自分のしたいことを見つけました。エッセイを書くようになったのです。最初は投稿するだけで満足でしたが、やがて原稿料をもらうようになりました。もっとも、服装は相変わらずで、ほとんどパジャマのような姿で一日を過ごしていました。エッセイストは在宅勤務ですから、通勤とは無縁です。むしろ、専業主婦の頃より、家にいる時間が増え、お出かけ着はさらに必要なくなりました。
しばらくすると、講演会や審議会などの仕事が転がり込むようになり、突如、服を買う必要に迫られました。急なことで何を着ていいかわからず、とりあえず紺や黒のパンツスーツを揃えました。そんなとき、紺のパンツスーツは鉄壁に思えました。とりあえず文句は言われません。
「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」
私自身は満足したまま、年月が過ぎていたのですが、7年ほど前のこと、大先輩の女性に「あなた、いつも紺色の上下ばかり着てるわね。エッセイストという職業は、華がないと駄目よ。それじゃ、まるで制服じゃないの」と、注意されました。
そして、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」という映画を観るよう、アドバイスされました。メリル・ストリープが英国首相を演じ、アカデミー主演女優賞を獲得した作品です。
政治家のドラマにはそれほど興味はない私ですが、すぐに観ることにしました。「彼女が身にまとう服は、女が社会で働くとき自分を守る鎧のように機能的で美しいから、参考になるわ」という彼女の言葉を信じたのです。
サッチャーのファッション
映画を観て納得しました。メリル・ストリープ演じる鉄の女・サッチャーは、側近のアドバイスを受け入れ、見事な金髪をセットし、綺麗な色のスーツを着ています。首には夫に贈られたパールのネックレスを忘れません。
私のように、背広のような服装などしません。ふーん、なるほど。私は感心しました。紺色のパンツ・スーツは変わらず好きでしたが、明るい色のスーツも着るようにしました。
パールのネックレスも、それまではお葬式用だと思っていましたが、仕事に行くときにしてみると、なかなかに上品に見えると知りました。
だからというわけでもないでしょうが、苦手だった会議や講演も、少しはましに発言できるようになったような気がします。スーツという名の鎧に守られていたのかもしれません。
誰もがレジェンドになり得る!!
映画でマーガレット・サッチャーのファッションを学んだことがきっかけで、私はサッチャーその人について、もっと知りたくなりました。そこで、“時代を切り開いた世界の10人シリーズ”から『時代を切り開いた世界の10人 5巻 マーガレット・サッチャー』(高木まさき、茅野政徳・監修、弦川琢司・文、黒曜燐・絵/学研プラス・刊)を選び、読んでみました。
このシリーズはレジェンドと呼ばれるようになった主人公を取り上げています。物語は、彼らが何かを成しとげた場面から始まります。なぜ偉業を成し遂げることができたのかという謎に迫るために、効果的な手法だからでしょう。レジェンドの一生をひもとくのは本当にワクワクする体験です。
前書きにも書いてあります。
“私たちはだれもがレジェンドとなり得る。本シリーズはそんな思いもいだかせてくれる”と。
(『時代を切り開いた世界の10人 5巻 マーガレット・サッチャー』より抜粋)
マーガレット・サッチャーという人生
マーガレット・サッチャーは、イギリスの田舎町で食料品店を営むアルフレッド・ロバーツの娘として生まれました。勤勉な両親のもとで、きびしく育てられた彼女は、お店を手伝いながら、勉学に励み、オックスフォード大学に進学します。そして、弁護士となって活躍を始めます。
それだけでも素晴らしいことなのに、彼女は政界入りを模索するようになりました。イギリスをもっと良い国にしたいという熱意を持っていたのです。夫となったデニスが会社を経営し、経済的に安定したことも助けとなりました。結婚生活は順調でマークとキャロルという双子の子どもも授かります。
けれども、彼女は貪欲でした。新人議員として活躍した後、その仕事ぶりが皆に認められ、ついに保守党の党首まで上りつめたのです。イギリスで初めての女性首相として行った政策は男性顔負けの徹底的なもので、やがて「鉄の女」と呼ばれるようになります。
鉄の女の政策
マーガレット・サッチャーは、当時、ストが続き経済的に破綻をきたしていたイギリスを誇りある国に立ち直らせようと、必死にたちむかいます。
さらには、アルゼンチン軍が領海侵犯を犯すと、迷うことなくフォークランドに軍隊を送ることを決断して宣戦布告しています。開戦から1か月の間、アメリカをはじめとする国々から、話し合いで解決しては」どうかという調停案を受けても、耳を貸さずに雄々しく攻撃を断行。とうとう敵を降伏に追い込んだのです。
彼女が戦いを挑んだのはアルゼンチンだけではありません。ストライキばかりする労働組合にも強硬な対策を断行したり、国営企業を民営化して競争力を高めたりしました。
今まで誰もがなしえなかった方法で、イギリスの内部に対しても容赦のない戦いを繰り広げたのです。
辞任は夫のアドバイスで
11年半もの間、首相をつとめてきた彼女でしたが、とうとう身を引くときがきました。党内に意見の不一致があることには気づいていたものの、腹心と信じていた副首相のハウが辞表を出すに至り、「見捨てられた」と感じたといいます。さらに、夫・デニスの「ぼくは君の屈辱的な姿を見たくないよ」の言葉が決定打となり、彼女は首相の座をおりたのです。
私は彼女の物語を軽い気持ちで読み始めました。服装の参考にしようと考えてのことでした。けれども、結果的には悩みながらも雄々しく挑む彼女の姿に感動しました。マーガレット・サッチャーは、ぶれない強さを持つと同時に、妻として母としての役割を果たしているのだろうかという苦しみを抱えた女性だとわかったからです。
男性にも女性にも何かを訴えかける本、それが『時代を切り開いた世界の10人 5巻 マーガレット・サッチャー』だと、思います。
【書籍紹介】
時代を切り開いた世界の10人 5巻 マーガレット・サッチャー
著者:高木まさき(監修)、茅野政徳(監修)、弦川琢司(文)、黒曜燐(絵)
発行:学研プラス
どん底のイギリス経済を立て直し、フォークランド紛争に勝利し、国民の自信と誇りを取り戻したイギリス初の女性首相。中流家庭に育つも、強いリーダーシップで「鉄の女」と呼ばれるに至るその素地は、父の教育によるものだった。リーダー教育に格好の教材。