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2019/2/5 19:30

女優・吉田羊が思い出す、なつかしい母の味とあたたかな家族の形とは

女優として、第一線で活躍し続ける吉田羊さん。シリアスな役柄からコミカルな役柄まで見事に演じ分け、まさにカメレオン女優! 心機一転、独立し、さらに一昨日には誕生日を迎えて、さらなる新しい道を歩もうとしており、今ますます注目されています。そんな吉田さんが出演した映画「母さんがどんなに僕を嫌いでも」は、母の愛を求め、向き合おうとする息子とその母親の物語でした。

 

映画では、ネグレクトをする母親・光子を演じており、子どもへの虐待が連日ニュースで報じられる今、子どもに手を上げ、罵倒するシーンは衝撃を覚えるものでした。この役柄を、吉田さんは、どんな思いで演じたのでしょうか?

 

女優/吉田 羊

福岡県出身。1997年より主に舞台での活動を経て、映画・ドラマに活躍の場を広げる。2015年に「映画 ビリギャル」で、第39回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。さらに、同年に活躍した女優として第40回報知映画賞助演女優賞、第58回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。2016年に「嫌な女」で映画初主演、2018年には「ラブ×ドック」で映画単独初主演を果たす。その他、映画「コーヒーが冷めないうちに」「ハナレイ・ベイ」などにも出演。
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ネグレクトをする母親・光子を演じて……

———「母さんがどんなに僕を嫌いでも」では、子どもを虐待する吉田さんの演技に衝撃を受けました。いったいどのように役作りをしたんでしょうか?

 

吉田 羊さん「リハーサル中も休憩中も、とにかく“吉田羊”に戻らないように努めました。そもそも、『どう演じるべきか』という意識でさえ、光子さんではなく私自身の意識です。そのため演じるという意識を取り払い、息子のタイジを演じた太賀くんとも、会話をしないように心掛けていましたね。タイジの言葉を受け、自然とわき上がってくるテンションやリアクションに、身を委ねたようなイメージです」

 

———そんな自身の殻の中に閉じこもるような状態で、演じられていたんですね。最初に台本を読んだ段階から、そのような意識でいたのでしょうか?  初めてこの物語に触れたときの気持ちも、聞かせてください。

 

吉田 羊さん「台本はもちろん、歌川たいじさんが書かれた原作も読みましたが、ネグレクトという重い題材を扱っているにも関わらず、とても軽やかで、愛情に満ちた作品だと感じました。ただ、ネグレクトという光子さんの行動に関しては、どうしても理解できなかった。歌川さんから、お母さまについて伺う機会をいただきましたが、お話を聞けば聞くほど、自分の理解から遠く離れてしまって」

 

 

———たしかに私も映画を観ながら、「どうしてこんなひどいことを!」と思っていました。そうした戸惑いがありながら、光子という役を演じ切れた背景には、なにがあったんでしょうか?

 

吉田 羊さん「御法川監督の『デコボコで、不完全なまま演じてください』というひと言が、大きな支えになりました。この言葉のおかげで、『虐待をしてしまう光子さん自身も、“母親とはどうあるべきか”がわからない。わからないまま、もがきながら生きていたんだ』ということに気づいたんです。わからないことへの戸惑いは、私も光子も一緒。『私の戸惑いと光子さんの戸惑いは、きっと、どこかでリンクするはず』。そう願いながら、役に挑みました」

 

———「光子自身も、母親とはどうあるべきかが分からない」。とても考えさせられますね。また、誰もが多かれ少なかれ、抱く感情なのかもしれません。

 

吉田 羊さん「思い返してみれば、私自身の母親も、迷いながら、もがきながら、子育てをしてきた人だったのかもしれません。というのも、私の母は幼少期に両親を亡くし、お手本になるべき母親像を知らずに育った人なんです。母は、『私はダメな母親だったね』と、よく言っていました。この言葉の裏には、子育てへの戸惑いがあったのだと思います」

 

———「ダメな母親」とは……ご自身はそう悩まれても、吉田さんにとってはきっと素敵なお母さんだったんでしょう。

 

吉田 羊さん「そうです。私や兄弟が、冗談めかしに『あのとき、お母さんはこんなドジをしたよね』なんて思い出話をすると、母は自分の不出来を指摘されたと思い、ネガティブにとらえていたようなんですね。けれどこの言葉は、母が懸命に、私たちを育ててくれたことの証だと思っています。懸命だったからこそ、いつになっても、自分を省みるような言葉が出てくる。それくらい必死に、大切に、私たちを育ててくれました。本当に、最高の母親です」

 

 

———吉田さんにとって、もっとも思い出深いお母様の言葉とは、どのようなものでしたか?

 

吉田 羊さん「電話口から聞く、母の『元気?』という言葉でしょうか。ときどき電話をかけてきては何を話すでもなく、私の調子を聞いてくれました。たとえ疲れていても、母に心配はかけたくないし、弱音は吐きたくありません。強がって『元気よ』と答えても、母はすぐに私の虚勢に気づきます。『元気だよ』というトーンの奥に、何かを察するのでしょうね」

 

———声のトーンから調子を察するって、やはり母親だからこそできることですよね。

 

吉田 羊さん「そうですよね、母だからこそだと思います。私の声から疲れを察すると、毎度のように『疲れたら、いつでも帰っておいで』と言ってくれました。母とこうしたやり取りをするたびに『私には良い意味での逃げ場があるんだ』と、安心できましたし、頑張る力をもらいました。何気ない会話からも、母は私を支えてくれていたんです」

 

自身を支えてくれる“母の味”とは?

映画「母さんがどんなに僕を嫌いでも」で、吉田さんが演じた光子に対する思いを語ってもらいましたが、実はこの映画の中では、光子の作った“混ぜごはん”がキーアイテムとして登場。となると、吉田さんにとっての母の味や、吉田さん自身の得意料理も気になります。

 

———「母さんがどんなに僕を嫌いでも」では、吉田さん演じる光子が作る混ぜごはんが、キーアイテムとして登場しますよね。あの混ぜごはん、とってもおいしそうでした。

 

吉田 羊さん「おいしそうですよね。実は、劇中に登場する混ぜごはん、原作者である歌川さん自らが、作ってくださったんです。普通、劇中で使用する料理はスタッフさんが作りますから、これは非常に珍しいこと。歌川さんは本当にあたたかい方で、現場にいらしては、手料理を差し入れてくれました。歌川さんが現場にお見えだと、「今日のごはんは何?」と、心が躍りましたね(笑)」

 

———原作者・歌川さんのあたたかい人柄は、映画にもにじみ出ていましたね。ネグレクトという緊迫したシーンが続きながらも、太賀さん演じるタイジが混ぜごはんを作るシーンやミュージカルのシーンでは、すごく優しい気持ちになれましたから。

 

吉田 羊さん「本当にそうですよね、重く、デリケートな題材ではあるけれども、最後には、希望さえ感じさせてくれる作品です。この映画には『たくさんの出会いを重ねる中で、人は変わることができる』という歌川さんの、そして監督の力強いメッセージが込められています。ぜひ、多くの方にご覧になっていただきたいです」

 

———「人は変わることができる」って、とても素敵な言葉ですね! ちなみに映画への出演を通じ、吉田さんの中で何か変化したことはありましたか?

 

吉田 羊さん「『ネグレクト』という言葉のイメージが変化しましたね。ネグレクトの当事者である光子を演じる前は、どこか短絡的に“ネグレクトをする人=ひどい人”という印象を抱いていました。けれど実際は、そんな単純な問題ではありません。虐待をしてしまう本人もまた、大きな孤独感を抱え、愛されたいと願っています。光子という役を演じなければ、気づけなかったことかもしれません」

 

———吉田さんが演じる光子を見ていて、同じように感じました。虐待をしてしまう本人も、心に痛みを感じているんですよね……。

 

吉田 羊さん「虐待も育児放棄も、絶対に肯定すべきことではありません。ただ、この映画は、ひとつの救いになるはずです。ネグレクトをしている本人が急に変わることは難しいし、そもそも渦中の人は、映画を見ることすら辛いかもしれない。でも、この映画には、ネグレクトを知る周囲の人にとって、どうサポートすべきかのヒントが詰まっています。『こういう手の差し伸べ方があるんだ』『こんな風に声をかければいいんだ』というように」

 

 

———たしかに吉田さんの言う通り、周りも考えさせられる映画ですね。ところで、タイジにとっての母の味は混ぜごはんですが、吉田さんにとって母の味は、どんな手料理だったんでしょうか?

 

吉田 羊さん「母が作るミートソーススパゲティですね。母がイチから手作りする挽き肉たっぷりのミートソースは、本当に絶品でした。小さなころから、誕生日や何かの記念日には、必ず「作って!」とリクエストしていましたね」

 

———ミートソースを手作りするのって、意外と手間がかかるんですよ。そこに愛情を感じますね。では吉田さんが「ここぞ!」というとき、大切な人に作る手料理は何でしょう?

 

吉田 羊さん「私の場合、何かひとつに決め込まず、相手の方が『食べたい!』という料理を作りますね。私の母も、『あなたはこれが好物でしょう?』とミートソースを作ってくれたわけではなく、あくまでも私のリクエストを受け、作ってくれていましたから」

 

———たしかに相手が食べたいものを作るのが、一番のご馳走ですね! では、最後の質問をさせてください。タイジや光子のような親子がいるように、世の中には、たくさんの家族のかたちがありますよね? そこで吉田さんが思う理想の家族とは、どんなかたちでしょうか?

 

吉田 羊さん「ズバリ、我が吉田家です。うちの両親は本当に仲が良く、80歳近くになっても『世界で一番、愛し合っている』と話していました。私たち兄弟が、たまに帰省することを心から喜んでいますし、誰よりも私たちのことを考えてそばにいてくれました。世界中を敵に回しても、この人たちだけは自分の味方でいてくれる。私の家族は、そう思わせてくれる存在ですし、そんな風に思わせてくれる家族こそ、理想のかたちではないでしょうか」

 

【出演作品情報】

「母さんがどんなに僕を嫌いでも」

出演:太賀、吉田 羊、森崎ウィン、白石隼也、秋月三佳、小山春朋、斉藤陽一郎、おかやまはじめ、木野 花
監督:御法川修

(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会