グルメ
2019/2/26 17:00

日本「ソース文化」を支える「トキハソース」……カップやきそばと深い関係があった

1923年創業で、東京で最も古いソースメーカー、トキハソース。

 

大手メーカーの大量生産に対し、創業当時から受け継がれた製法にこだわり続け今に至る同社ソースですが、実は誰もが食べたことがあるカップやきそばに、今なお指定され続けるなど、日本に「ソースの味」を浸透させた功績もありました。

 

今回はそんなトキハソースの秘密を探るべく、同社を取材。常務取締役・小倉英雄さんに話をうかがいました。

トキハソース常務取締役・小倉英雄さん。トキハソース3代目として、96年前の創業当時から受け継がれた味を守っています

 

 

今から96年前の大正時代に開発されたソース

――トキハソースの創業は今から96年前の1923年(大正12年)。随分長い歴史ですが、創業当時、ソースを用いるような洋食文化は、すでに日本にあったのでしょうか。

 

小倉英雄さん(以下、小倉) 洋食自体は日本に来つつあったはずですよ。創業者は私の祖父にあたる小倉榮男ですが、もともと洋食のコック出身でしたから。そのころの洋食はカレー、そしてとんかつやコロッケなどの揚げ物だったと聞いていますが、当時、日本にはこういった揚げ物にかけるための市販ソースというものがなかったんです。

 

香辛料も手に入らないし、情報もない。だから、各洋食店では、外国などから入手したソースになんらかのブレンドを加えて自分のお店のオリジナルとして出していたところが多かったようです。ですから、ちゃんとイチからソースを開発して、さらにそれを市販させるというまでにはまだまだ時間がかかったはずだと思います。

 

しかし、創業者は「これから洋食はもっと広まるだろう」と考えて、やがてオリジナルの開発をし始めました。日本中でソースを作っている会社はどこもそうだと思いますけど、基本は野菜を使って。玉ねぎ、人参、生姜、セロリ、トマト、リンゴといったものをイチからブレンドしていくというやり方です。

 

当初はウスタータイプから始まったようですが、後にもっと濃厚なとんかつソースも出始めます。中濃ソースはその後に作られました。ウスターソースととんかつソースを割って中間の濃度にしたソースが中濃ソースです。

 

また、後に素材の入手にしても合理的になっていきました。野菜にしても缶詰のものが出てきたりとか。そこで他社さんは効率の良いソースを作っていくわけですが、当社は創業時から今日まで、一貫して生野菜からの製造なんです。これはすごく面倒くさいやり方なのですが、しかしそうでないと味が変わってしまいますから。これだけは今もずっと貫いています。

 

↑トキハソース創業時の写真。これから浸透するであろう洋食文化の立役者・ソースの開発に情熱を注いだ小倉榮男さんと仲間たち

 

 

かつて味わったソースの味は、第二次世界大戦を経ても忘れられなかった?

――やがて第二次世界大戦に突入します。ただでさえ食がままならない時代、洋食やソースにこだわるという仕事はいったんストップされたのではないでしょうか。

 

小倉 そうですね。先代は疎開もしたようですし、そもそも戦時中は砂糖、塩はもちろん手に入りませんから。でも、このころの辛い経験を経て、戦後になりソース業者が組合を作るようになりました。

 

要は材料の仕入れの安定のためなのですが、ソース業者が組合を通して共同購買みたいなカタチで材料を仕入れ、各組合員に分けて、それぞれがソースを作るようになっていったんですね。

 

――ただ、それも戦後間もなく、ですよね。それだけ戦前に味わったソースの味は、国民にとって忘れられない味で、また復活するだろうという見込みがあったからこそだったのではないでしょうか。

 

小倉 その辺はわからないですけど、ただ美味しいものではあったでしょうね。醤油以外の調味料が、今ほどあったわけではないでしょうし。ソースをかければなんでも美味しく感じる……そんな時代だったのかもしれません。

 

戦後、見事復活を遂げたトキハソース

 

 

ソースの浸透と飛躍はカップ焼きそばへの採用だった!?

――やがて、ソースは圧倒的な支持を得て、市販されていくようになりますが、これはいつごろからなのでしょうか。

 

小倉 まだまだ時間がかかったと思いますよ。スーパーマーケット自体が昭和40年代まではまだあまりなかったですから。市販のソースと言っても、酒店とか精肉店に瓶が並んでいる程度だったのではないでしょうか。

 

ただ、これが昭和40年代を境に、一変するんです。カップ焼きそばの登場ですね。カップラーメンが昭和46年ごろに登場して、その3年後の昭和49年ごろにカップ焼きそばが登場して、そちらのソースとして使っていただくようになりました。こういった試みはソース業界でも当社が走りでした。

 

このおかげで、ソースの味が国民に広まっていったのですが、当社で言うと、今なお売り上げの半分以上は実はカップ焼きそば用のソースなんです。

 

――どのカップ焼きそばでしょうか。

 

小倉 それは言えません。うちは原料としてお納めしている立場ですので、細かいことは言えませんが、40年以上もお付き合いしてくださっているメーカーさんがあります。おそらく誰もが食べたことがあるカップ焼きそばだと思います。

 

――しかし、カップ焼きそばを製造するメーカーさんも商品開発は常にやられているはずですよね。それであっても40年以上もトキハソースでなければいけない理由はどんなことだと思われますか?

 

小倉 やはりさきほども言った昔ながらの製法でしょうね。生野菜をブレンドしていくという。おっしゃる通り、当然メーカーさんも色んなことを試されていると思います。それでも、40年以上「トキハじゃないとダメだ」とおっしゃって、ずっと使ってくださっている……有り難い話ですが、正直ビックリしています。

 

カップ焼きそば自体、ロングヒットとなり、ずっとお取り引きが続くケースは稀ですから。当初そのメーカーさんとお取り引きが始まった時代でも、最小限の設備投資に抑えていました。「いつ取り引きが切れてしまうかわからないから」と……。それが40年以上ですからね。

 

↑インスタントラーメン、カップ焼きそばへ原料として納めることでトキハソースは大飛躍。同時にソースの浸透にも貢献し、今なおその味で親しまれ続けています

 

 

トキハソースが、なかなか手に入らないその理由とは?

――一方、トキハソースの市販数は他メーカーよりも控えめですね。もう少し市販を増やしていただき、買いやすいといいなと思うのですが。

 

小倉 昔は市販用のソースを全国のスーパーに卸したこともあったんです。でも、それをやり始めると、先ほど言った一番のお取り引き先のメーカーさんにも迷惑がかかるんです。

 

全国に工場があって、運送費も抑えられれば別ですけど、当社は工場がここだけで少人数ですからね。そういう理由から全国区は諦めて、一部にだけ市販ソースを販売させていただいています。

 

――驚いたのですが、自動販売機もあるんですね。

 

小倉 はい、最近始めました。当社では直売をしているのですが、平日の9時から16時半までしか店を開けていないんです。でも、お仕事をされている方だと、なかなか買いに来ていただけませんから。そこで自動販売機で24時間いつでも買っていただけるようにしています。これは意外と好評でした。

 

あと、ソースのギフトセットというものもやっていて、これも好評ですね。ソースは日持ちもしますし、当社のような加工が加えられていない、生野菜でのソースも今では珍しいですからね。

 

生野菜を使ったソースで大手ソースメーカーさんと戦おうと思っても無理なんです。逆に当社は創業時から続く、実に面倒くさいやり方をこれからも貫いて、ブランド力を高めていきたいと思っています。

 

↑東京・滝野川にあるトキハソース本社。トキハソースは全てここで作られています

 

↑本社の一角では平日に直売も行っています。ただし、時間に限りがあるため、昨年よりソースの自販機も登場しました

 

↑生野菜を使い、さらに非加熱によって実現したトキハソースの生ソースシリーズ。濃厚、中濃、ウスターの3種類を展開。1本500円(税別)
↑さらにハイスペックとなるトキハ特選ソース。ウスターソース製造時に出る澱(おり)を用いて作られた贅沢な逸品。1本800円(税別)

 

 

↑小倉さんのお話にも出たギフトセット。こだわり抜かれた製法がゆえなかなか入手しずらいソースは、贈答では特に喜ばれるのだそう。スタンダード4本セット2800円(税別)

 

取材終わりで、筆者もトキハソースを購入し、実際に味わってみました。程よく酸味が利き、なおかつコクもあって、料理を引き立てる贅沢な印象でした。カップ焼きそばに40年以上も指定されていることも納得です。スーパーなどでは入手しずらいものの、ネットでは常時購入可能です。是非チェックしてみてください。