ライターという仕事を始めて以来、常に意識していることがある。それは、署名記事であれ匿名記事であれ、誰かの言葉やどこかのサイトの一文とは絶対に重ならない言葉や表現で記事を書く、ということ。
けれども、これが意外に難しい。
もちろん、コピペなど断じてしていないが、今日まで幾千もの人々が、書籍なりブログなりメディアなりを使って、何億万もの言葉を発信してきている。それゆえに、たとえ過去の体験をもとにした話や、自分の頭でひねり出した言葉だったとしても、「どこかで聞いたような台詞だな…」と思われかねないからだ。
別に名言を残したいわけではないが、自分だけの、オンリーワンの言葉を紡いでいきたい。そう切に思う今日このごろである。
さて、昨年9月、女優の樹木希林さんが亡くなった。そして今年3月、まるで後を追うように、夫の内田裕也さんもお亡くなりになった。
私にとって樹木希林さんは、コミカルなCMの印象が強く、恥ずかしながら女優としての希林さんをあまり知らない。
けれども、世間には希林さんを絶賛する声ばかり。そして、生前に遺した言葉の数々を集めた『一切なりゆき』(文藝春秋・刊)が話題だ。なんと100万部を突破したという。なんでも、文春新書で平成最後のミリオンセラーだそうだ。
希林さんの言葉とは、いったいどんなものなのか。どんな点に皆が惹かれているのか。大いに興味があり、早速GWの帰省のお供として、持ち帰って読んでみた。
樹木希林が発する言葉は、樹木希林の生き方そのものである
ページをめくるたび、ふむふむ、ほう、なんと、さすが、の繰り返し。
たとえば、
「死ぬまでの間に、残したくない気持ちを整理しておく」
「自分の変化を楽しんだほうが得ですよ」
「人生なんて自分の思い描いた通りにならなくて当たり前」
「“誰もがやること”これが難しい」
(以上、『一切なりゆき』から引用)
どれもこれも、希林さんがユーモアたっぷりにつぶやいている様子が浮かんでくるようだ。深くて、ハッとさせられて、軽い語り口のようでいて内容は重い。
別の誰かがこれらの言葉を口にしたとしても、おそらくここまで胸には響かないだろう。
内田裕也さんとの型破りな結婚生活、ほかに類を見ない家族関係、そしてがんを受け入れ、抗わず、常にポジティブに生きた樹木希林さんの人生が背景にあるからこそ、これらの言葉たちに命が宿り、輝きだし、皆が感銘を受けているのではないだろうか。
珠玉の言葉154の中で、特に心に残ったもの
『一切なりゆき』には、希林さんが語った膨大な数の記事の中から、これまた膨大な数の心に残る名言を切り取り、さらに涙を飲んで削って削って絞り込んで残した珠玉の言葉154が収められている。
なかでも私が特に印象的だった言葉をひとつご紹介したい。
「もう人生、上等じゃないって、いつも思っている」
(『一切なりゆき』から引用)
人生すべてが必然であるように、がんも必然だと思って受け入れた。やり残したことがあるかといえばいくらでもあるけれど、もう人生、上等じゃないって、常に思いながら生きていた希林さん。
我々一般人には到底真似できないような波乱万丈な一生を送ってきた樹木希林だからこそ、こう思えるのだろうか? それとも、いつか私の人生も上等だって思える場所までたどり着くことができるだろうか?
誰発信でもない、自分だけの言葉を紡ぐには。
どうしたら、希林さんのような達観した考えを持てるだろう。どうしたら、自分の人生をすべてあらわすような言葉を紡げるだろう。どうしたら、「老い」や「死」に真正面から向き合えるだろう。
その答えもまた、希林さんが遺した言葉の中にあった。
えっ、私の話で救われる人がいるって? それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ。
(『一切なりゆき』から引用)
全身がんを発表して以来、「死」をテーマにした取材依頼が多々寄せられて困った希林さんが言ったのが、この言葉だ。
他人が遺した名言を読んで感心している暇があったら、ご自分の人生を面白がって生きなさいよ、なんて声が聞こえてきそうだ。『一切なりゆき』を通して、樹木希林の一生に触れてみて損はない。
【書籍紹介】
一切なりゆき
著者:樹木希林
発行:文藝春秋
芝居の達人、人生の達人──。2018年、惜しくも世を去った名女優・樹木希林が、生と死、演技、男と女について語ったことばの数々を収録。それはユーモアと洞察に満ちた、樹木流生き方のエッセンスです。
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