2017年ごろより、特に東京ではそれまでに見慣れなかった新型のタクシーをよく目にするようになりました。そのエンブレムを見ると「JPN TAXI」とありますが、この新型タクシーはみるみる増えていき、かつて乗り馴れたセダン型のタクシーは前時代のもののようにさえ映るようになりました。
しかし、ある程度定着したとも思えるこのJPN TAXIですが、その開発経緯や機能の秘密はまだまだベールに包まれたところも多いです。
そこで今回はトヨタ自動車に行き、JPN TAXIの開発者・粥川宏さんにお話を聞き、JPN TAXIの秘密をアレコレ教えていただきました。
1日4時間しか停まっていない法人タクシーの難点を解消
――それまで多かったセダン型タクシーから、一気に広まったJPN TAXIですが、まず開発の経緯からお聞かせください。
粥川宏さん(以下、粥川) まず、JPN TAXIを開発するにあたって大きなテーマだったのは「社会変化に合わせたタクシー車を作る」ということです。
具体的には、今の日本は超高齢化が進んでいますが、高齢者の方でも乗りやすく、使いやすい車にしたいという思いがありました。さらに、街中のバリアフリー化が進んでいくなかで、タクシー車もこういった街作りに貢献したいという思いもありました。もちろん、「地球環境に優しい自動車を」という点も重視しました。
最も身近な公共交通であるタクシーですが、実は普通の乗用車に対してタクシーは10倍近く走っています。例えば、乗用車が朝晩の1時間ずつ走ることに対して、タクシーは法人なら20時間くらいも走り続けています。つまり、1日の中で4時間しか停まっていないということです。
そのくらい走り続けるということは耐久性はもちろんですけど、環境性能はあげなければいけません。そこで従来のCO2の排出量を半分以下に抑えました。
――一般利用者の安全性能を求める声は年々高まっていると思いますが、安全面ではいかがでしょうか。
粥川 もちろん、安全面もこだわりました。カーテンエアバッグ、自動ブレーキ、緊急ブレーキといった最新先進安全装備を標準設定にしています。
これらによって、日本国内での利用者はもちろん、2020年に向けて現在急増している訪日観光客にも貢献安心・安全なタクシーをご提供したいという思いで開発に至りました。
開発の助走は、全国各地での綿密なデータ採りから始まった!
――お聞きしていると、あらゆる面で完璧を目指した自動車のようにも感じますが、企画段階の調査にはどれくらいの時間を費やしたのでしょうか。
粥川 少なくとも1年以上はかかりました。まずは北海道から沖縄までの全国、そして香港まで弊社の調査隊を派遣し、各タクシー事業者のご意見を聞くところから始まりました。
また、福祉施設、駅、観光地、被災地などの定点観測を行い、さらに都市計画を担当されている大学の先生のお話もお聞きしました。もちろん、タクシードライバーの方、一般利用者にもインタビューし、「どういうタクシーを求められているか」「将来の日本のタクシーがどうあるべきか」といった意見を聞き、実現に至っています。
ただ、こういった緻密な開発をやっても、どうしても100点にはなりません。
――何故ですか?
粥川 新しいタクシーは1台しか作れないからです。マジョリティを見据えつつ、「どこにその自動車のポイントを置くか」といったバランスを取って作られています。
普通の乗用車ですと、ミニバン、スポーツカー、セダンと、ユーザーの方のご意向に合わせて作れますが、タクシーとなると、色んなタイプのものを作るわけにはいかず、1台だけになるわけです。
ですので、その1台の中に、いかに沢山の機能を入れ、多くの人が利用しやすく、さらにドライバーにとって疲れにくいようにするか……と考えていくわけですから、どうしても100点に至らなかったところもあります。現在の状況を見ると、想像以上の好評をいただいていますが、100点を目指してさらなる進化もあるのがJPN TAXIだと思います。
JPN TAXI、ここがすごい!
東京のJPN TAXIは全て藍色
――デザインもそれまでになかったものですが、同時に親しみやすさもあります。こだわられた点はどんなところでしょうか。
粥川 タクシーってどうしても次のモデルチェンジまで長くなるものなんです。
ですので、流行に左右されないものにしないといけませんし、一方で、利用される方が見てパッと「タクシーだ」と認識していただくようなものにしないといけません。このことからシンプルでありながら、特徴的でもあるデザインを心がけました。
また、最初に言った通り「社会の変化」に対応するという意味で、どんどん綺麗になっていく日本の景観に合うデザインに……という思いもありました。街が綺麗になっていくのに、タクシーが古いと景観を痛めます。こういったことからも、日本の景観に馴染むようデザインにはこだわりました。
――深藍、ブラック、スーパーホワイトⅡの3色を展開していますが、特に深藍を東京でよく見かけます。
粥川 タクシーのアイコン化という意味で、東京の法人タクシー協会が利用者にわかりやすいように深藍に統一してくださっています。このことで海外の方にとっても「藍色のタクシーに乗れば安心だ」と思っていただけるのではないかと思っています。
――そもそも何故、藍色なのですか。
粥川 実は飛鳥奈良時代から“藍”はあり、染物はもちろん、薬としても扱われていたと言われています。その後、江戸時代には歌川広重がこの藍色を好んで使って、“広重ブルー”と言われた。それをゴッホやモネが感動をして、藍色を使った作品を用いたとも言われています。さらに明治時代にも、日本に来た外国の人が藍を見て“ジャパンブルー”と呼んだとも言われています。
そういった意味で、日本に古くからゆかりある色であり、格式を感じさせながらも、ブラックほど威圧的でもない。特に光が当たると青く発色することもあるので、カジュアルさもある……こういった思いから、次世代の日本のタクシーには向いていると考え、この藍色をメインに考えました。
JPN TAXIを購入する一般人も…
――法人タクシーあるいは利用者の方からの反響はいかがですか?
粥川 当初は買い控える法人タクシー事業者さんが多かったんです。
――そうなんですか。
粥川 やはりタクシー=セダンというイメージが強くて、特に地方部ではそういう声が強かったんです。
しかし、これまで話したようなJPN TAXIのコンセプトをご説明させていただき、ご理解いただけるようになりました。現在の東京での販売台数は、当初考えていたよりも逆に増えています。
――素朴な疑問なのですが、一般でも購入することはできますか?
粥川 もちろん購入できます。一般の方でJPN TAXIを買われている事例も結構あります。ただし燃料はLPガスです。特にご商売をされている方……例えば旅館をされている方が送迎に使う、あるいは宅配業者さんが使う、またはカメラマンさんが機材を運ぶ際に使うといった理由で購入されるケースもあるようです。
タクシー車を目指して開発した自動車ですが、色んな使い方ができると思います。
深藍のイメージが強いJPN TAXIですが、スーパーホワイトⅡといったボディカラーもあります。気になるお値段は「和」が303万5000円、「匠」が324万円(いずれも税別)。
今は何十年かに一度のタクシー大転換期
――従来のセダン型のタクシー車に代わって、JPN TAXIが浸透していく今は、ある意味「日本のタクシー車の転換期」と言って良いでしょうか。
粥川 そうですね。実はセダン型のタクシーは何十年も使われてきました。それがこのJPN TAXIに代わるということは、日本の景観もガラっと代わるというわけですから、非常に大きな変化です。
これは弊社の話ですが、トヨタ自動車の創業当時、特に弊社の自動車を使ってくださったのは実は一般ユーザーの方は少なく、法人のタクシーの方が大半でした。
つまり、トヨタ車の歴史=日本のタクシーの歴史みたいになっているのですが、こういったことを我々はずっと忘れておらず、タクシーに対するリスペクトが常にありました。
このことからも「より良いタクシーを作り続けなければいけない」という使命感を持って開発したのがJPN TAXIです。将来的にも、利用者の方からの声をフィードバックさせ、より進化させていきたいと考えています。
聞けば聞くほど完璧なJPN TAXI。筆者個人的には、購入したいと思うほどでした。タクシーに乗る機会がある方は、改めてそのディテール、性能をまじまじと確認されてみては!?
取材撮影:ハラダケイコ