コマツ ダンpresentsぶった切りバイク批評 第二回
ここ数年間、ヤマハの新モデル攻勢が止まらない。幅広いセグメントをカバーしつつ、そのどれもがヒットを飛ばしている。そのなかでも今回注目したのは、並列3気筒エンジンを搭載したMT-09をベースとしながら、アップハンドルやスクリーン形状を変更し、ロングディスタンスでの性能を引き上げた兄弟モデル「MT-09 TREACER」(以下:トレーサー)だ。野火のごとくストリートに溢れたこのモデルを多角的に検証していきたい。
先に述べたように、トレーサーは先だって発表されたMT-09(※1)ベースのプラットフォームをもって開発されたモデルだ。ヤマハが打ち出す「クロスプレーンコンセプト(※2)」にもとづく846cc並列3気筒エンジンを搭載。ヤマハが提唱するクロスプレーンコンセプトというのは“慣性トルクが少なく、燃焼室のみで生み出される燃焼トルクを効率よく引き出す設計思想”だ。MotoGPマシンのYZR-M1や市販スーパーバイクYZF-R1なども同じコンセプトをもつ。最近のヤマハの勢いは、この「エンジン」が備える魅力が一つの肝となっているといえる。
※1)MT-09は2014年4月に登場。すぐさま4000台近くが売れ、同年度の小型自動二輪(250cc~)販売台数でナンバーワンの座に輝いている。
※2)そもそもクロスプレーンは4気筒エンジンなどで、クランクシャフトのクランクピンを各90度オフセットするものを指すもの。クロスプレーンコンセプトはヤマハ独自の捉え方である。
スタイリングはシートが高くサスペンションストロークが長く見えることから、アドベンチャーモデルとも捉えることができる。その反面、フロントフォークの立ち具合や、フロントタイヤに覆いかぶさるようなライディングポジションは、オフロードに立ち入るというよりも、ワインディングを攻める方が向いている。
アドベンチャーモデルを欲するライダーが、旅先でオフロードがあってもそれを気にせずにどんどん進む冒険派ライダーなのか、それとも高速道路の移動は快適に行いながらも、峠でスーパースポーツモデルをカモるような走り屋系ライダーなのかで選ぶモデルが変わってくる。無論トレーサーは後者向けと言える。このことは購入ポイントのひとつとなるはずだ。
ロングスクリーンや、ナックルガードが標準装備されており、高速道路をロングランした際の疲労度が低く抑えられる。なお、スクリーンは手動で3段階の高さ調整が可能。どこかで見たような顔つきだと感じたが、それが同社スーパーネイキッドモデルFZ-1フェーザー(※3)だと思い出す。
※3)FZ-1フェーザーは、スーパーバイクモデルYZF-R1と同型のエンジンを備えるネイキッドバイクFZ-1にフロントカウルを装備したモデル。顔つきからシートにかけ、トレーサーに似ていると思ったのだが……。
まるでGショックスマホのような、タフな印象を受けるスクエアなインストルメントディスプレイは、ガジェット好きの物欲をくすぐるもの。フルデジタル表示となっており、左側のウインドウには速度やタコメーターなど、右側ウインドウには走行データをはじめ各種情報をインフォメーションする。
トレーサーのポイントとなっているDOHC並列3気筒エンジン。最高出力および最大トルクはMT-09や後発の派生モデルにあたるXSR900(※4)と同じだが、それぞれを乗り比べると異なる印象を受けるが、どれも低回転から扱いやすく、高回転域まで息継ぎなくパワーを発生させるという点は同じ。
※4)MT-09やトレーサーと同じプラットフォームで作られたXSR900。オーソドックスなネイキッドスタイルの匂いをもたせた最新モデルである。ライディングポジションやエンジンマネジメントにより、独特なキャラクターだ。
気持ちの良いスポーツライディングを楽しみながら、不意なスリップを防いでくれるトラクションコントロール(※5)を装備。コーナーからの立ち上がりなどで、スロットルをラフに開けてしまっても問題なし。未舗装路などでもテストを行ったところ、この装備のおかげで難なく進むことができた。
※5)スロットルを開けた際に後輪がスリップするなどの、前後ホイールの回転差をセンサーがキャッチし、空転を抑制させる機能。不意なドリフトやフロントアップを防ぐ安全装置。シチュエーションに合わせてキャンセルすることも可能。
まんべんなく高評価だが気になった点もあった
数日間で1000キロほど走行し、感じた部分を挙げさせてもらおう。ツーリング性能を考えたということもあり、スクリーンの形状が良く考えられているため、ツバ付きのオフロードスタイルのヘルメットで高速を走っても頭を後ろにもっていかれることがない。エンジンはパワフルな味付けであり、一瞬に法定速度オーバーの世界へと導いてくれる。よってライダーの自制心は持ち合わせていたいところだ。
逆に言えばパワーには余裕があるため、追い越しなどのシチュエーションはいたってスムーズ。クローズドコースにて全開走行を行ったところ、オプションのパニアケースが装着されていると超高速走行時にフロントの接地感が減り、ウォブルが発生することがあった。もちろん日本の高速道路で出すようなスピードでは問題ないが、もしアウトバーンの速度無制限区間を走るような際には気になることだろう(パニア未装着であれば問題なし)。
エンジンの元気良さと良く動くサスペンションの相乗効果で、まるでライディングスキルが向上したかのような錯覚をするほど、イージーに走らせることができる。それでありながらつまらないと言うことは一切なく、むしろ格別に刺激的なのだ。MT-09でもそうだったが、誰でもバイクの気持ちよさを楽しめるようなトータルバランスの高さこそ、ヒットにつながった要因といえる。
ただし、誰でも簡単に気持ちよく走らせることができる反面、自身のスキルを過信してしまい、「おっとっと状態」になってしまうこともありそうな気がする。パワーカーブや最高出力を変更できるライディングモードが選べる(※6)ので、そういった点を踏まえて付き合うと良いだろう。
これは書こうか悩んだところだが、個人的にもっとも気になったのは、スロットルを開け始めた際の“ツキ”だ。後輪までトラクションがつながっていればギクシャクすることもまったくなく、とてもいいマネジメントといえるのだが、全閉状態からチョイ開けをした際に、若干のドンツキが感じられる。やる気スイッチを入れるための演出だといわれてしまえばそれまでなのだが、ここの角を取り除いてマイルドにすることができれば、もっと好きになれたのではと思えてしまう部分だった。
やや辛口の意見を述べてしまったが、どれも重箱の隅をつつくようなもの。税抜き価格では100万円を切っており、コストパフォーマンス的には申し分ない。トレーサーは純粋にバイクを走らせることの楽しさであったり、ロングツーリングの快適性であったり(疲れないシートや高燃費はすばらしい)と、本当に良く考えて作られたバイクだと思う。
※6)トレーサーは「D-MODE」と呼ばれるライディングモードセレクトシステムを装備する。最高出力を発生するSTSとAモードでは、Aの方がよりエンジンレスポンスが早いスポーツモード。Bモードは最高出力や加速が抑えられ、ウエット路面や悪路で有効だ。
ヤマハ発動機
MT-09 TRACER
販売価格:104万7600円
エンジンタイプ:水冷4ストローク3気筒、4バルブ
ボア×ストローク:78 mm ×59 mm
排気量:845cc
最高出力:81kW (110 ps) / 9000 rpm
最大トルク:88 Nm / 8500 rpm
圧縮比:11.5 : 1
点火/噴射制御:TCI(トランジスタ式)、フューエルインジェクション
寸法・重量:全長2160mm 全幅:950 mm 全高:1345 mm
シート高:845/860mm(2段調整可)
車両重量:260 kg
燃料タンク容量:18ℓ
タイヤサイズ:F 120/70ZR17M/C(58W)、R 180/55ZR17M/C(73W)
【URL】
ヤマハ発動機 http://www.yamaha-motor.co.jp/
MT-09 TRACER http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/sportsbike/mt-09-tracer/