グローバル企業としてできることを
「多くの日本企業のアフリカに対するプレゼンスは、欧米企業はもちろん、韓国・中国・インド企業と比べても、あまりにも低かった。トヨタもそうかもしれない。政府や一部のお金持ちの方にしかビジネスできていない。グローバル企業の端くれとして、『車なんて、とてもじゃないが買えない』という人たちにも何かできることがあるのではないかと思い、始めた事業です」
熱を帯びた口調。パソコンのモニター越しに、胸の内にひめた思いが伝わってくる。スーツ姿の男性の名は、草嶋隆行さん。トヨタ自動車株式会社の社員であり、同社が「未来につながる研究」をテーマに掲げる未来創生センターの主査を務める人物だ。
彼が話すのは、トヨタ自動車株式会社と楽天株式会社がタッグを組んで2019年から取り組んでいる「ルワンダ国 次世代型モビリティ(ドローン)を活用した高付加価値農作物輸出促進のための普及・実証・ビジネス化事業」のこと。開発途上国への国際協力を行うJICA(独立行政法人 国際協力機構)の民間連携事業の一つとして実施している。一口に言うと「地上走行型ドローンで作物の生育状況を管理し、物流用(空中)ドローンで悪路を回避して倉庫へと作物を運ぶ」のが同事業のミッションだ。
草嶋さんは、この10年間、車の環境負荷を軽減する取り組みのために世界各地に足を運んでいる。電気自動車や水素・バイオ燃料の可能性を探ることにはじまり、車の所有者が急激に増えることで深刻な渋滞問題が発生した開発途上国においては渋滞問題解消に向けて取り組むなど、新しい時代のモビリティ(≒移動手段としての車)のあり方について、最前線を走って来た人物の一人だ。
急成長するアフリカの光と影
そんななか、彼がアフリカで目にしたのは、IT技術によるイノベーションとモビリティをめぐる窮状だった。
アフリカは、2050年には世界人口の約4分の1を占めるとされており、長期成長市場としても注目されている。同時に、アフリカ各国では、IT技術を活用したイノベーションが各国で起きており、その様は「一足跳びの発展」を意味する「リープフロッグ(かえる跳び)現象」と呼ばれているほど。
例えば、ナイジェリアでは「アフリカ版Amazon」との呼び声高いJUMIA(ジュミア)など、民間企業、特にスタートアップ企業の成長が著しい。しかし、同国はアフリカ最大のGDPを誇り、人口が約1億8500万人を数える一方で、貧困人口が約8700万人で世界最大。イノベーションが各地で起きているとはいえ、ある国が、それこそ、アフリカ全体が豊かになったわけではない。
「ルワンダの山奥の村に行くと、こんな光景を目にします。水や作物を運ぶために、子どもや女性が毎日、徒歩で数キロメートルにわたる道のりを歩いている。車を購入できないからです。そのため、子どもや女性は教育や就労の機会を失っています」
そういった村では、道が舗装されていないことも多い。特に雨季になると環境が悪化し、四輪駆動でも登れないような泥道の坂、トラックが1回通るだけで深い轍(わだち)ができてしまう。そんな悪路を、裸足やサンダルの子ども・女性が重い荷物を持って往来する。
「トヨタがハイラックスを配ってくれたら、革命が起きるよ」——彼が現地の人に言われた言葉だ。しかし、アフリカ各国の全ての村に善意でハイラックスを寄付していては、トヨタが潰れかねない。また、アフリカではアスファルト舗装の金額面でのハードルが高く、日本なら1平米1万円程度の農道の舗装が数万円と掛かるため、道の舗装は現実的ではない。
——そんなジレンマを解消したのが、ドローンの存在だった。
楽天とのタッグはWin-Winの関係
「以前から交流のある日本人の方が、ルワンダで農園を営んでいて。この件について話してみたところ、農園内物流としてドローンを使ってみるのはどうか、という話になったんです。ドローンと聞くと高額に思う人もいるかもしれませんが、軽トラックとキロメートル単位の道路の舗装に必要な費用を考えると、決して高額ではありません」
時を同じくして、JICAのルワンダ事務所へあいさつに赴き農園内物流の話をすると、同事務所の職員から「中小企業・SDGsビジネス支援事業」を紹介された。開発途上国が抱える課題解決に向け、日本の民間企業が持つ優れた製品・技術の活用を支援するというJICAの取り組みだ。JICAの委託業務として事業を行うことで、調査経費や相手国政府との関係構築をJICAがサポートする。
しかし、問題が一つあった。自動車メーカーとして世界で知られるトヨタだが、ドローンのノウハウはない。どうしたものかと悩んでいたところに助け舟を差し出したのが、草嶋さんと親しい付き合いのある楽天の職員だった。楽天はドローンによる物流サービスの提供や実証実験を日本国内で行なっている最中。ルワンダでの調査に参加することで、さまざまな知見を得られるという。Win-Winの関係だ。
ドローンで運ぶものは生花に決めた。ジャガイモのように重量のある作物だと、運搬が不安定になる。軽量で、なおかつ単価の高い作物でなければ、ビジネスとしての可能性はない。そこで思い浮かんだのが生花だ。自ら何度もルワンダに足を運んで、調査に協力してくれる花卉(かき)農園を探すことで、協力してもらえる農園が見つかり、調査の座組みが完成した。
イノベーションに向かって走り続ける
アフリカの農園の特徴は日本人からすると、驚きの連続だ。まず、畑が四角くない。日本のように畝(うね)をつくって種を1列に植えることもなく、相撲取りが土俵入りする際の塩のように種を撒く。特別な意図があるわけではない。生産性の高い農業を営むための方法を知る者がいないのだ。さらに、機械は勿論、家畜すら使っていない。貧困ゆえだ。
「こうした方々に日本人でも使いこなせる人が多くはないドローンを使わせるのは飛躍しすぎではないか? その通りかもしれません。しかし、ケニアなどでキャッシュレス決済などのリープフロッグはどんどん起きている。私たちの「常識」で考えて、現地の人の実力を勝手に定義するのは間違いだ、そう感じたのです」
地上走行型ドローンの操作オペレーターには、日本人スタッフを派遣。畝の間に地上走行型のドローンを走らせ、付属のカメラで生育状況を撮影する。撮った写真は、パソコンを経由して日本の専門家へ送信。病気や害虫の把握、収穫時期の判断などを週1回のペースで行い、現地のスタッフがそれに応じて病気の花を摘み取るなど対応する。病気や害虫の感染拡大を防げば、売り上げの大幅なロスが減る。
今後は現地スタッフへの技術移転や、周辺の村落への理解活動も併せ、空中用ドローンによる倉庫への作物の運搬へとスキームが移行していく予定だ。
「調査はもともと2020年末までの実施予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で調査事業が一時中断しているため、期間を延長したいと考えています。大切なのは、日本人スタッフが離れたあとに、現地の人だけでドローンを操作し、我々と同じように運営できるようにすること。ドローンがガラクタになっては意味がない。つまりは技術移転です。
アフリカの農村ではJICAによる生産性向上支援などが行われてきましたが、最初に話した現地の道路事情のように、移動に関する環境や物流の面で改善していく部分が多いにあると感じてますので、この取り組みがブレイクスルーになればと願います」
取材の最後に、草嶋さんはこう付け加えた。「あくまで調査事業ということもあり、売り上げのコミットメントはしていません。国の成長という意味では、ルワンダのベンチャー企業に事業として育てていってほしいという思いがあります」と。つまり、地方の農場を舞台とした新しいモビリティモデルのあり方を模索・開拓しながらも、ビジネスとして囲い込むつもりはないというのだ。
「アフリカの山村が抱える課題に対する最適解がドローンなのかもわかりません。ただ、まずはできることをやっていこうと。この調査事業が、今後の課題解決における議論の種となることができれば。そこからビジネスチャンスが生まれれば、あとは競争社会ですから、現地のニーズに最も合致できる企業が手掛けるのが一番いいとも考えています。それこそが国際協力のあり方ではないでしょうか」
トヨタと楽天。日本が世界に誇る大企業がタッグを組み、ルワンダの地で取り組んでいるプロジェクト。最適解は、わからない。それでも走り続ける。リープフロッグへの、大いなる助走のために——。
【プロフィール】
草嶋隆行(くさじま・たかゆき)
トヨタ自動車株式会社。同未来創生センター主査。電気自動車や水素・バイオ燃料に関する調査・分析や、開発途上国での交通問題解消に従事してきた。JICA(独立行政法人 国際協力機構)の「中小企業・SDGsビジネス支援事業」の一事業として、「ルワンダ国 次世代型モビリティ(ドローン)を活用した高付加価値農作物輸出促進のための普及・実証・ビジネス化事業」を発案。
【関連リンク】
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※JICAでは、こうした「リープフロッグ」を促す「デジタルトランスフォーメーション(DX)」関連の提案を含め、民間企業からの提案を募集しています。
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