一部の人だけが話をして、ほかの人がほとんど発言しなかったり、いつの間にか論点がズレてしまったり。そんな“会議あるある”の解決策として、イラストや図、文字を使って議論をまとめる手法、「グラフィックレコーディング」(通称“グラレコ”)が注目を集めています。
8月に『はじめてのグラフィックレコーディング』(翔泳社)を出版した久保田麻美さんに、そのいろはを教えていただきました。
「会議をビジュアル化する手法は、1970年代から、米国の住民参加によるワークショップや組織の研修などで活用されてきたようです。組織コンサルタントのデビッド・シベッド氏がその方法論をまとめた『ビジュアル・ミーティング』という本をきっかけに、広く普及しました。すでに長い歴史のある手法ですが、対面に比べて話が宙に浮いてしまうことが多く、対話も生まれにくいオンライン会議が増えたことで、より注目が集まっているのを感じます。
私自身、企業研修でグラフィックレコーディングのやり方をレクチャーしてほしいという依頼を受けることが増えました。ビジュアル化がビジネスに役立つという意識の高まりを感じますね」(グラフィックレコーダー・久保田麻美さん、以下同)
グラフィックレコーディングはビジュアルシンキングのひとつ
文字や絵、図を使って頭の中にあるものを可視化し、アイデア出しや議論の整理など、さまざまなシーンで活躍する思考法「ビジュアルシンキング」。グラフィックレコーディングは、その考え方がベースとなっています。ビジュアルシンキングには、アイデアスケッチやスケッチノート(ビジュアル・ノートテイキング)など、グラフィックレコーディング以外にもさまざまな使い方がありますが、何が違うのでしょうか?
「厳密な定義があるわけではないのですが、一般的にアイデアスケッチは、思い付いた自分のアイデアを簡単な絵にすることを指します。自分のアイデアが人に伝わりやすくなったり、チームに共有しやすくなったりするメリットがあります。
そしてスケッチノートは、講演を聞いたり本を読んだりして学んだ内容を、自分のために記録すること。情報が整理されるので、深い理解と記憶の定着がうながされます。どちらも個人を軸に行うイメージが強いですね」
それに対してグラフィックレコーディングは、会議などで認識の共有や課題の発見を促し議論に影響を与えるために行うもの。そのため議論をリアルタイムで記録します。アナログで描くなら模造紙やホワイトボードに、iPadなどのデジタルツールで描く場合は画面を共有するなどして、参加者に見える状態で描くのが特徴です」
グラフィックレコーディングがもたらす3つの効果
ほかの手法との違いがわかったところで、グラフィックレコーディングを行うメリットをもう少し詳しくみていきましょう。グラフィックレコーディングがもたらす主な効果は、「思考力の向上」「コミュニケーションの活性化」「創造力の向上」の3つです。
1. 思考力の向上
議論で出た考えやアイデアを紙の上に並べて分類したり構造化したりすることで、行き詰まった会議を整理することができます。会議に参加する全員が全体を一覧でき、より大きな視点で議題を考えることができます。
2. コミュニケーションの活性化
会議の参加者が多いと、声の大きい人ばかりが発言し、他の参加者が発言しにくくなってしまうことがあります。そんなときに自分の発言が記録されると、「意見を認めてもらえた」と感じることができ、発言に加わりやすくなります。また、描かれたものが媒体として存在することで、参加者の意見が対立したときに意見を中立的な情報として扱えるようになり、対立構造から脱することができます。
3. 創造力の向上
アイデアを書き出すことで、アイデア同士の新しいつながりを発見でき、新たな視点でアイデアを創出できます。また、異なる職種や立場の人が話をすると、専門分野や背景知識による言葉のズレが生まれがちですが、グラフィックはそれらの壁を超え、相互理解を助ける共通言語として機能します。それにより職種や部署、役職を超えてフラットにアイデアを交換できる創造的な風土が生まれます。
絵が苦手でも描ける? グラフィックレコーディングのコツ
グラフィックレコーディングが議論に多くのメリットをもたらすとは言え、絵を描くことに苦手意識があり、一歩を踏み出せない人も多いでしょう。そこで久保田さんに、手早く伝わる絵を描くコツを教えてもらいました。
【コツ 1】線を意識するとぐんと見やすくなる
文字も絵も図も、すべては1本の線から始まります。グラフィックレコーディングでは短時間で伝わる絵を描く必要があるので、見やすい線を描くのがポイントです。そのためには「何度もなぞらない」「太い線で書く」「図を書くときは角をちゃんと閉じる」の3点を意識しましょう。
・何度もなぞらない
「短時間で絵を描く必要のあるグラフィックレコーディングでは、多少歪んでも気にせずに、堂々と1本の線を描くようにしましょう。それだけですっきりとした伝わりやすい絵が描けます。線に迷いがないと、自信のある絵に見え、メッセージも伝わりやすくなりますよ」
・太い線で描く
「太い線で描くと見やすくなるだけでなく、線のブレやズレが目立たなくなります。また、線にボリュームがあるので自然と詳細な描き込みを避けるようになり、結果的に標識やサインのようなシンプルな表現に近づきます」
・角を閉じる
「角をしっかり閉じる、交点ははみ出さずにぴったり閉じる、そうするだけで丁寧な絵に見えます。特に文字は視認性が上がります」
【コツ 2】簡単な図形に置き換える
「ほとんどすべてのものは○と△、□の3つの図形を組み合わせて簡単に描くことができます。△の下に□を描けば家、長方形の中にひとまわり小さい長方形を描けばスマホ。身の回りのものを図形に置き換えられないか考えてみましょう。
描いたことのないものをいきなり本番で描こうと思っても難しいもの。事前に自分の中のイラスト集を作って“ビジュアルボキャブラリー”を増やしておくと、本番で慌てずに描けますよ」
【コツ 3】5×5×4で100通りの表情を描く
「議論や対話をビジュアル化するうえで、表情を使って人の感情を表現することは重要です。人の顔を口、目、眉、3つのパーツにわけ、5パターンの口、5パターンの目、4パターンの眉を組み合わせましょう。これだけで100 通りの表情を描けるようになります。これはタムラカイ氏の著書「ラクガキノート術」で紹介されているエモグラフィというテクニックです。どのパーツもシンプルなので簡単に描けて、相手にもすぐに伝わります」
グラフィックレコーディングの手順
それではいよいよ実際にグラフィックレコーディングの流れを見ていきます。グラフィックレコーディングのプロセスは、準備、本番、共有の3段階に分けられます。
1. 準備
グラフィックレコーディングで気をつけたいのは、描くこと自体が目的にならないようにすること。前準備として、何のために描くのか、そして何のための会議なのか目的をはっきりさせましょう。それにより描き留めるポイントや描くときのレイアウトが変わってきます。
「目的をはっきりさせることでレイアウトに当たりをつけることができます。とはいえ描いていくなかで違うなと思ったらレイアウトを変えても問題ないですよ。いくつかレイアウトのパターンをご紹介します」
講演やプレゼンテーションなど、内容がある程度まとまっていて、論理的な順序で進む場合には、上のイラストのような「タイムライン型」のレイアウトが向いています。「原因→結果」「課題→提案」といった論理の展開に注目し、矢印を効果的に使いましょう。発表者が伝えたいメッセージをひと目でわかるように強調するのもポイントです。
トークセッションや対談、インタビューなど、数人が話し合う場に効果的なのが「吹き出し型」です。話す人によって吹き出しの色を変えたり、問いの吹き出しと答えの吹き出しをセットにして配置したりするとやりとりが分かりやすくなります。
ワークショップやブレインストーミングなど、参加型の議論の場合は議論の広がりを一望できる「発散型」がおすすめです。テーマを中央に描いて、放射状にグルーピングしながら発言をまとめていきます。要約するよりもひとりひとりの発言をフラットに拾うことが大切です。
2. 本番
本番が始まるとつい、聞いたことを全部描き留めなければと思ってしまいがちですが、全部描かなくても問題ありません。そもそも聞くことと描くことを同時並行で行うこと自体、普通にできることではありません。そこで大切なのが「話を聞く時間」と「描く時間」を切り替えることです。
「重要な話をしていると思ったらいったん手を止めて、情報を理解し整理することに集中し、聞き流しても良さそうだなと思ったタイミングで描くことに集中します。ペンを置く勇気も必要なのです」
・よく聞くサイン
話し手が情熱的・感情的に話しているとき(表情や声のトーンで感じ取れます)、話し手が間を取っているとき(話が上手な人は伝えたいメッセージの前に間を取る傾向があります)、プレゼンテーションの冒頭と最後のまとめ
・聞き流すサイン
詳細な説明に入っているとき、話が脱線しているとき、繰り返し同じ話をしているとき、スライドの内容を読み上げているだけのとき
「図を作るのは難しそうに思われがちですが、要素をシンプルなイラストにし、矢印でつなぎ関係性を表せば誰でも簡単に作成できます。また、イラスト化することばかりにこだわらず、文字も積極的に使いましょう。文章で書き留めるのではなく、短いセンテンスで書くのが分かりやすくまとめるコツです。色を塗ったり、マーカーを引いて目立たせたり、仕上げの作業は、話の途中ではなく終盤や話が終わってからでOKです」
3. 共有
グラフィックレコーディングは、描きっぱなしにせず、共有することで真価を発揮します。話し合いが終わったら、振り返りや社内の情報共有に活用しましょう。
「描いたグラフィックを見ながら、参加者に意見や感想を付箋に書いて貼り付けてもらうなどして意見を集めると、さらに議論が深まります。また、プリントアウトしてその日のうちに参加者に配ったり、メールでシェアしたり、イラストを切り抜いて提案資料に貼り付けたりするのもオススメです」
上達のための練習方法
いきなり人前で描くのはなかなか難しいもの。実際の会議で活用する前に、話を聞きながら要点をグラフィックにまとめる練習をしましょう。
「おすすめは、TEDなどのプレゼン動画や、対談やラジオなどの音声コンテンツをまとめる練習をすることです。興味のある分野のコンテンツから始めてみましょう。そのときに“一時停止”せずに最後まで描き切ってみるのがポイントです。人はどんな順番で話をするのか、大事なことは繰り返し話されていることなどがわかるでしょう」
これからのグラフィックレコーディング
久保田さんによれば、グラフィックレコーディングは日本人の気質にあった議論の方法と言えるとのこと。
「留学していた経験があるので感じるのですが、海外の人は反対の意見でも臆せず言える人が多いのに対し、日本人は意見をはっきり言うのが苦手な人が多い印象です。そんな日本人にとって、グラフィックは対話の中間物、つまりクッションの役割を果たしてくれるので、意見が言いやすくなります。
また最近では『Google Jamboard』や『Miro』など、参加者全員が同時に書き込める“オンラインホワイトボード”というツールも増えてきました。これまではグラフィックレコーダーとしてひとりの人が描くのが主流でしたが、オンラインホワイトボードの登場により、全員が主体性を持って描き込み、議論を深める、というやり方が増えていきそうです」
「環境がアップデートしたことで、グラフィックレコーディングは今後ますます活性化していくでしょう。自著ではより詳しい手順やコツを紹介しているので、興味を持った方は手にとっていただけるとうれしいです」
「はじめてのグラフィックレコーディング」
久保田麻美 / 翔泳社
【プロフィール】
グラフィックレコーダー、デザイナー / 久保田麻美
デザインコンサルティング会社で家電やクルマ、医療機器などのUI /UXデザインに携わる傍ら、思考や対話を絵や図で視覚化するビジュアルシンキングを実施。会議や講演会のグラフィックレコーディングから、インフォグラフィックス制作、企業のビジョンの可視化まで幅広く手掛ける。「くぼみ」のペンネームでnoteにグラフィックレコーディングのハウツー記事を執筆。
note: https://note.com/kuboasa
Twitter: https://twitter.com/kubomi____