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カメラ
2021/5/1 20:05

ニコンの見る「映像とカメラの未来」(後編)ーーニコンの「変わるべきところ」と「変わらずにいるべきところ」

一般社団法人カメラ映像機器工業会(CIPA)によると、2020年のデジタルカメラ年間累計出荷台数は世界全体で888万6292台、金額では4201億3770万6000円。前年比で見ると台数で58.5%(前年:1521万6957台)、金額では71.6%(前年:5871億4300万2000円)と、カメラ市場の縮小傾向が続いています。

 

去る3月に、カメラ市場を支えるメーカー・ニコンの2021年3月度における連結決算予想をもとにしたニュースが報じられました。市場全体と同じく、コロナ禍の影響を色濃く受けたその内容に多くのニコンユーザーが、驚きの声を上げたのは記憶に新しいのではないでしょうか。

 

GetNavi webでは、話題の渦中にあるニコンに今後の戦略についてのインタビューを敢行。前編では、新開発モデル「Z 9」に始まる、製品戦略から昨今のユーザーとの接点について伺いました。

 

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後編では、メーカー目線で見たコロナ禍の実態から、「センセーショナルな報道」を受けて、今考えている思いについて伺いました。インタビューに答えて頂いたのはニコンから、映像事業部 UX企画部長 大石啓二さん、ニコン イメージング ジャパンから、執行役員 マーケティング本部長 若尾郁之さんです。

↑株式会社ニコン 映像事業部 UX企画部長 大石啓二さん(写真右)、株式会社ニコン イメージング ジャパン 執行役員 マーケティング本部長 若尾郁之さん(写真左)

 

コロナ禍でカメラ市場に起きたこと

――コロナ禍では、イベントの中止や旅行の自粛だけでなく、製造の現場にも影響が出ているという報道もありました。ニコンのカメラ製造において、どんな影響がありましたか?

 

若尾「量販店で実施していた店内セミナーなども以前のような形ではできない状況が続いています。またニコンの製品は、“触ってもらえれば良さがわかる”と言われたりもしますが、グリップ感などをなかなか試してもらえないというところが、残念です」

 

大石「私を含む商品企画のメンバーも、現場の声を積極的にお伺いする機会が減ったのは事実ですね。国内外を問わず販売店の方々と直接お会いして率直なご要望を伺うなどの機会を作っておりましたが、これが原則できなくなってしまったのは痛手と感じています。オンラインでは伝わり辛いニュアンスもあると思います。そのほかプライベートでもこれまでは訪れた量販店の店頭にて、購入を迷っているお客様と販売スタッフの方の会話が耳に入ってくると、その中から色々なヒントを頂けたりすることもあったりしたのですが…」

 

――実際の販売にも、大きな影響があったのでしょうか?

 

大石「緊急事態宣言の発令があった昨年の春先は、売上の落ち込みは確かにありました。それは、他社様でも近い状況だったのではないかと想定しています。先行きが見えない中で、カメラのような高額商品の購入意識が下がったのはやむを得ないですが、一方でそのような状況下でもSNSなどを通した自己表現のニーズはコロナ禍以前と変わらず、その結果としてカメラの販売は数か月のうちに盛り返し、直近では対前年比でほぼ同レベルにまで回復しております。その背景には、 “自分の表現を広げていきたい”という想いを持ったお客様が、自粛生活の中でも発信に注力した背景があると分析しています」

 

「また、世界各地でマイクロレンズが大きく売り上げを伸ばしたのも特徴的な出来事でした。外出が制限される環境下で、室内で撮影を楽しみたいニーズの増加を強く感じられました。ニコンでも家の中で撮影を楽しむためのコンテンツを作ったり、アメリカでは(現在は終了しておりますが)オンライン講座『Nikon School』の無償化を行うなど、お客様に学び、表現する機会を継続して提供し、大変好評をいただきました。お客様がこれらコンテンツを有効活用して、状況が平穏に戻りましたら、いつでも撮影を楽しんで頂けるような機会を整えています」

 

若尾「日本でも海外同様に、マイクロレンズが売れる傾向は見えました。コロナ禍だから撮影をやめるということではなく、その中でもできる表現を促せるように、ニコンでは室内撮影に関するコンテンツの発信を行いました」

 

――コロナ以降、リモート会議などで使われるWebカメラのニーズも新しく生まれ、カメラや撮影の可能性がより広がったようにも感じます。

 

大石「CP+2021オンラインで開催した技術者パネルディスカッションでは、ニコンの登壇者がPC内蔵のカメラではなく、Zマウントシステムのカメラと『Webcam Utility』で参加したところ、“ニコンだけ画質良くない?”と話題になったんです(笑)そういった細かなところでもお客様にニコンのシステムで何ができるのか?を認識してもらえることは大変ありがたいと思っています。」

 

「CP+2021」で感じた、オンラインへの確かな手応え

 

――イベントの自粛によって、2021年のCP+はオンラインで開催されました。ニコンとしては、この点をどう評価していますか?

 

若尾「ニコンイメージングジャパンとしては、今年のCP+には非常に手応えを感じています。2017年と2018年に“ニコンファンミーティング”を開催するなど、お客様との接点をリアルな場で作ってきました。しかし、コロナ禍でイベントを大々的にやることはできず悩んでいたので、CP+で学んで得たことはとても大きかったです」

↑ニコンファンミーティング2018の様子

 

――従来は写真家中心だった展示内容が、今年はネットやSNSと親和性の高いYouTuberや、旅行撮影が得意なプロトラベラーなどを講師に迎えたプログラムになっていましたが、その転換への反響はいかがでしたか?

 

若尾「これまでCP+に足を運んでいたお客様は、従来型のイベントを欲していたのだろうとは思います。しかし、これまでのCP+のコンテンツラインナップからすると、だいぶバラエティに富んだものにできたはず。お客様が多彩な撮影体験を求める傾向にあるので、そこにアプローチしないといけない。そこがうまく合致できたのかなと思います」

 

「CP+では、YouTubeのチャットとコメント欄をオープンにして、コミュニケーションできるよう試みました。今まで取り組んでいなかったことですが、登壇者と視聴者の一体感を生むことができたと思います。オンラインならではのコミュニケーションの可能性を強く感じられましたね。また、コロナが終息したとしてもオフラインだけに戻るとは思えませんので、今後も動画コンテンツは増やしていきたいと思っています。直近の課題は、オフラインのCP+で行っていた機材のタッチ&トライをどう補完して、商品の良さをアピールしていくか、ですね」

 

――CP+以外にも、オンラインを活用した試みは増えているのでしょうか?

 

若尾「写真教室の『ニコンカレッジ』では、オフラインだけだった講座をオンラインでも開始しました。ニコンカレッジの講師が、新宿のニコンプラザからセミナーをライブ配信したりといった、学びのタイミングを外さない取り組みも始まりました。また、NICO STOP(ニコストップ)というウェブマガジンを定期的に公開しています。オンラインを活用することで、常にユーザーのみなさまと写真との接点を絶やさないよう意識しています」

 

――ニコンのサイトでは、若き感性のクリエイターによる作品とインタビューが読める「Zcreators」など、従来のモノだけでないコト訴求を意識した発信が目立っていますね。

 

若尾「Zcreatorsは、実際にZシリーズを使っていただいている若い写真家が、どういう気持ちで写真を撮っているのか、自分の写真に対しての向き合い方をまとめたものです。モノの側面だけでなく、コトの側面、学びの側面と、いろいろな形で発信するように意識して、あらゆる事象が写真につながるような発信を続けています」

 

――先ほども話にあがりましたが、機材のタッチ&トライが難しい現状について、何か考えている施策はありますか?

 

若尾「カメラを試用したい人が、欲しいカメラを借りて試してから購入できる施策として「airClosetMall(エアクロモール)」でのサービスを2020年の秋から開始しました。自分の好きな場所で撮って試したいという要望に応えたもので、Z 6II、Z 6、Z 5、Z 50と一部NIKKOR Z レンズの貸し出しを行っています」

 

センセーショナルな報道を受けて――新たに見据える「変わるべきこと」「変わらずにいるべきこと」

――3月に「ニコンがカメラ事業から撤退」というセンセーショナルな情報が駆け巡りました。大石さん、若尾さんは、その記事から何を感じましたか?

 

大石「記事の内容もさることながら、それを受けての市場の反応、リアクションの大きさに、改めてこれだけ多くのお客様にご心配をいただいているということを実感しました。記事の内容を受けて“ニコン大丈夫か”“俺が買いに走るわ”という声もウェブ上で拝見しました。我々も日々しっかりと商品企画を行いながら皆様により感動を与える製品をお届けできるよう臨んでいます。改めてこういった声を発信いただいたみなさんの期待に、しっかりと応えていくことが我々の使命、という会話を社内でも多くのメンバーと交わしておりました」

 

若尾「ニコンというブランドには、企業そのものに想いを寄せ、応援してくれるファンの皆様がいるのだと改めて実感しました。先ほどお話したファンミーティングに集まっていただいた方々は、元々ニコンに思い入れを強く持っていただいていましたが、今回はさらに新たな若いユーザーの方までも、愚直にモノ作りをしてきた我々を応援してくれたことにもの凄く感動しています。だからこそ、やはりきちんと応えていかなくてはいけない、と責任を強く感じています」

 

――今回の報道に対する反応を見ていると、ニコンのユーザーには、ニコンに変わってほしくない層と、大きく変わってほしいと思っている層に分かれていると感じました。それぞれ、どういった点がそのような思いを生んでいると思いますか?

 

大石「カタログスペックに表れる基本性能に加え、ニコンでは長くカメラを作り続けてきた経験から、お客様がカメラを手にしたときに伝わる『感覚性能』とでも言うべき、使う際の心地よさにもこだわりを持った企画、開発を行っています。基本性能は、もちろん大切なのですが、触ってわかる信頼感や安心感は一朝一夕には生み出せません。そうしたツールとしての完成度は、これまでニコンのカメラを使って頂いているお客様に向けても変えてはいけない部分と考えています。一方でお客様がカメラに求めるニーズは時代とともに日々変わっていて、自撮り動画をより簡単に撮影したいというニーズをはじめ、動画と静止画を問わず様々なニーズがあり、それぞれの用途に応じて使いやすい機材が求められているのではないかと考えています。従来のような上位機種の機能を下位機種に展開していくモノ作りではカバーしきれないこれらのニーズに応えるために、各商品をどのような特徴を持たせ仕上げていくかが私たちの命題です」

 

若尾「耐久性への信頼、グリップ感、性能そのものに対する安心感などは、これからも維持していかなくてはいけません。では、変えなくてはいけないところとはどこなのか? “ストレスフリーなカメラ”という評価についてのお話をしましたが、被写体や撮影シーンによっては、ストレスに感じることも出てくるわけです。そういう部分をユーザーの声から吸収して変えていきながら、本当の意味での“ストレスフリーなカメラ”を作り続けていくというのが、大事であると感じています」

 

大石「私も実は入社以前は、ニコンは何となく頑固な会社というイメージがありました。しかしニコンの中の人になってみると、答えはYesでありNoでもある、両方の側面をもった面白い会社だったというのが正直なところです。例えば現在一眼カメラ動画が世の中で当たり前になり、動画と静止画がシームレスになっておりますが、その起点として当社は世界初となる動画撮影機能を搭載したデジタル一眼レフ『ニコン D90(2008年発売)』を発売しました。また、私が商品企画を担当しましたD5500では新素材を用い、これまでにない大幅なボディの薄型化を実現するなど、実はニコンは初めてに挑戦するチャレンジングな企業なんです。さまざまな試みを継続的に行っている会社なので、お客様からの声を傾け、守るべき歴史は守りながらもニーズを反映したモノ作りを行うメーカーなのです」

 

――とは言え、変わってほしくないという声もそれなりにある中で、どういう舵取りをしていくかは難しいところですよね。今ある良きところを保ちながら、新しいユーザーを取り込むにはどういった施策が必要だと考えていますか?

 

大石「そうですね、例えば我々は市場をこれまでのようなエントリー、ミドル、ハイアマチュアといったリテラシーの軸だけでなく、お客様が映像表現に何を求めているかという『ニーズ軸』でも見ています。例えば、ニコンのお客様は機材に対する信頼性、愛着を重視される方と、そのカメラで撮影した画像を楽しむ方の両者がおり、 “カメラ趣味層”と“表現趣味層”という2つの大きな軸が存在すると捉えています。“カメラ趣味層”の人にとっては、撮影体験も価値ですが、機材そのものや性能も価値なのです。逆に、『撮れること』に重きを置いている新たな世代の“表現趣味層”の方々に対して、そのニーズに応える感動体験を、カメラシステムを通じて提供することで、ぜひニコンのファンになっていただきたいと思っています」

 

――最後に、これまでのニコンユーザー、そしてこれから新しくニコンユーザーになり得る方々に向けてメッセージをお願いします。

 

大石「開発発表しましたZ 9をはじめ、既にニコンファンであるお客様、そしてこれから映像表現を一眼カメラで楽しみたいと考えているお客様の双方に、感動と驚きを感じていただける商品を企画することに、我々は引き続き全力を注いでいます。ボディ、レンズをはじめ、Zマウントシステムとして皆様のニーズに応える商品をクラス問わず、これからもしっかりと出していきますので、ぜひ楽しみにお待ちください」

 

若尾「Z 9の反応を見ると、ニコンに期待して頂いていることを改めて感じます。その期待に応えられるだけのアウトプットを、出し続けていきますのでご期待ください」

 

本取材を通して、ニコンが現在のユーザーに対する考え、ビジョンに触れることができました。取材を行ったのちに、一眼レフカメラの国内製造終了の報せが出たのも記憶に新しいかと思います。本記事ではボリュームを考えあえて控えましたが、数年前からタイの工場に製造のメインとなっている旨もキャッチ。続く報道に不安がよぎったファンユーザーにこそ、本記事を通してこれからのニコンに期待を抱いてほしいと思います。

 

撮影/中田 悟