グルメ
お酒
2021/4/23 19:00

【東京・大衆酒場の名店】酎ハイ街道をゆく。八広・亀屋の“ボール” 受け継がれる秘伝レシピの噺

東京にある大衆酒場の名店を巡る企画の第4回。今回は、墨田区の八広駅近くにある「亀屋(かめや)」を訪れ、その魅力を探っていきます。

大衆酒場は、その安さとウマさ、昔ながらの温かい雰囲気で、酒飲みの心をひきつけてやみません。なかでも東京では下町を中心に、根強い人気を誇る大衆酒場の名店が数多く存在します。そんな名店を巡り、お店の魅力と東京ならではの酒文化を深掘りしていくのが本連載。立石「宇ち多゛(うちだ)」篠崎「大林」八広「三祐酒場」に続く第4回は、八広「亀屋」にお邪魔します。

※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です

 

「酎ハイ街道」では幅広い飲食店が同じスタイルの酎ハイを提供

今回訪れる「亀屋」は、京成押上線「八広駅」と東武伊勢崎線「鐘ケ淵駅」の中間、鐘ヶ淵通り沿いに佇む焼酎ハイボール(酎ハイ)の名店です。鐘ヶ淵通りは、下町大衆酒場に欠かせない酎ハイの名店が多いことから「酎ハイ街道」と名付けられたストリート。何を隠そう、その名付け親が本連載のナビゲーターである藤原法仁(のりひと)さんなのです。今回も、お酒好きのタレント・中村 優さんが生徒となり、藤原さんに酎ハイ街道の歴史と亀屋の焼酎ハイボール(通称「ボール」)の魅力を教えてもらいます。

↑「酎ハイ街道」の名付け親であり、大衆酒場にまつわる著書を数多く上梓している藤原法仁さん(左)。中村 優さん(右)はタレントおよびマラソンランナーとして活躍しています

 

中村 藤原さん、前回お約束した「酎ハイ街道」のお店にご案内いただきありがとうございます。今回もよろしくお願いします! 「酎ハイ街道」って藤原さんが名付け親なんですよね。どんな経緯で名付けられたんですか?

藤原 正確には思い出せないんですけど、「酎ハイ街道」と言い始めたのは2000年代のなかごろだったかな。この界隈でエキスを入れて作る琥珀色の焼酎ハイボール、いわゆる下町酎ハイを出す店が多いことに気づいたんです。しかも、居酒屋だけじゃなくて、ラーメン屋やスナックなどでも同じスタイルの酎ハイを提供していたんですよ。そこで、何となく自分のウェブサイト「酔わせて下町」などで「酎ハイ街道」を使い始めたら、自然と広まっていったんです。

 

中村 なぜ、同じスタイルの酎ハイを出す店が集まっているんですか?

 

藤原 かつて京成曳舟駅近くで営業していた名酒場「三祐酒場 本店」が焼酎ハイボールの元祖とされているんですが(諸説あり)、そこから広がっていった名残りだと考えられます。今でも「酎ハイ街道」には、昔ながらの焼酎ハイボールを出す店が30店舗ほど残っていますよ。

 

遊郭「玉の井」が酎ハイ街道の発展に貢献した

中村 以前に「三祐酒場 八広店」にお邪魔したときは、「酎ハイ街道」は鐘ヶ淵通りのことで、鐘淵紡績(かねがふちぼうせき・カネボウの前身)やその関連工場で働く労働者で界隈の酒場がにぎわったとおっしゃっていましたよね。

↑現在の鐘ヶ淵通り。都市開発による道路の拡張工事が進行し、移転や建て替えなどを余儀なくされた名酒場も少なくありません

 

藤原 お、さすがです。その通り! もうひとつ、「酎ハイ街道」の発展に欠かせないのが、「玉の井」(たまのい)と呼ばれていた私娼街。いわゆる遊郭です。場所でいうと、現在の東京都墨田区東向島五・六丁目と墨田三丁目あたり。戦前から昭和33(1958)年頃まで存在していて、都内屈指の花街として栄えたそうです。

 

中村 なるほど。「玉の井」があったから、周辺の酒場もさらに発展したわけですね!

 

藤原 「亀屋」の先代に聞いた話によれば、当時の常連さんのなかには、玉の井に行く前に景気づけに「亀屋」で一杯ひっかけて、玉の井で「亀屋」の出前を頼んで、帰りにまた「亀屋」に寄って余韻を楽しむ……なんて客もいたそうですよ。

 

中村 1日に3回も! それほど酒場にニーズがあったということですね。

 

藤原 ちなみに、「玉の井」を象徴する存在が、更正橋(こうせいばし)です。かつて八広駅から玉の井に行く途中の曳舟川(ひきふねがわ)にかかっていた橋ですね。

 

中村 更正橋? どういう意味でしょうか?

 

藤原 「玉の井で遊んだら、更正して帰りなさいよ」という意味です。ちなみに曳舟川は昭和30(1955)年に都市開発の埋め立てで曳舟川通りとなり、更正橋は交差点の名称へと姿を変えました。ただ、更正橋の親柱(おやばしら・橋の四隅にある柱)は交差点の脇にある隅田区立八広小学校の校庭に保存されているんですよ。

↑八広小学校に移設された更正橋の親柱。同校はかつて更正小学校という名称で、平成15(2003)年に近隣校との統合に伴い八広小学校として新装開校

 

↑現在の曳舟川通り。その向こうの歩道橋には「更正橋」の名が残っています

 

中村 街の歴史を残しているとは、何とも粋ですね!

 

藤原 実際に目にすると、感慨深いものがありますよ。さて、ここまでの話の流れをまとめると、この界隈は鐘淵紡績の企業城下町としてにぎわっていた。加えて近くには人の集まる歓楽街・玉の井があった。このほか、隅田川など物流の要である河川が近く、鉄道も整備されていましたから、自然と大衆酒場が増えていったというわけです。そして、現存する酒場のなかでも歴史が古く、名店といえるのが今回の「亀屋」ですね。

 

中村 なるほど! レジェンド級の名店ということですか。楽しみです!

↑「亀屋」の創業は昭和7(1932)年。もともと「鐘ケ淵駅」の隣の停車場「東向島駅」の近くで立ち飲み酒場として始まったそう

 

【酒噺のオススメ記事はコチラ】

バーの「かっこいい大人たち」から何を学んだ? ウイスキーの達人が語る「バーの魅力と探し方のコツ」の噺

世界一のバーテンダーが「伝説を作るまで」と「最先端のバーの作り方」を語る噺

 

「ボール」の決め手は“3冷”スタイルと秘伝のレシピ

藤原 僕が初めて「亀屋」を訪れたのは2000年ごろ。この街の歴史も文化も面白くて、どんどん「酎ハイ街道」のエリアに魅了されていきました。そのなかでも特に焼酎ハイボール、いやここでは皆「ボール」って言いますね。そのボールがおいしくて、店の雰囲気も素晴らしかったのが「亀屋」なんです。前置きが長くなりましたが、乾杯しましょうか!

中村 楽しみです。では「ボール」をふたつお願いしまーす!

 

藤原 「亀屋」は現在、三代目主人の小俣光司さんとそのお母さん、つまり二代目の奥様にあたる小俣美代子さん(現在は療養中)が切り盛りしていて、ボールもおふたりが作ってくれます。

 

中村 「亀屋」さんのボールってどんな特徴があるんですか?

 

藤原 グラス、オリジナルの焼酎ハイボールの素(もと)、炭酸水をあらかじめしっかり冷やす“3冷(さんれい)”スタイルであること。氷は入れません。これこそ氷が希少だった時代のオールドスタイルで、まさに正統派の下町の焼酎ハイボールなんです。

 

中村 あっ、こちらで使っている炭酸は「下町炭酸を飲み比べる噺」で出てきた「アズマ炭酸」ですね。覚えてます!

 

藤原 お、さすがですね! 中村さんが、確実に大衆酒場の知識を吸収してくれていてうれしいです。

↑焼酎ハイボールの作り方は、まず冷やしたグラスにスライスしたレモンを入れ、ビン入りの炭酸水を1本すべて注ぎます

 

↑さきほどの炭酸水にボトルで冷やした黄金色の液体をなみなみ注げば完成! ボトルには、宝焼酎と独自のエキスをブレンドした亀屋特製「焼酎ハイボールの素」が入っています

 

↑完成した「亀屋」名物の「焼酎ハイボール」(300円 ※表記価格はすべて税込み・以下同)

 

中村・藤原 それでは……カンパ~イ!

 

中村 わー、氷が入っていなくても冷たい! のどごしがスムーズで、スイスイ飲めます!

藤原 でしょう? 「亀屋」のボールは、とにかく味のバランスが最高。ほのかな酸味に、キリっとした爽快感とガツンとした飲みごたえがあるので、ついつい進んでしまいますよね!

 

中村 小俣さん、この味を生んだのは初代の店主さんですか?

 

小俣 いえ、今の味を開発したのは私の父、つまり二代目なんです。「亀屋」を創業したのは父の母親にあたる私の祖母で、焼酎ハイボール自体は創業時からあったらしいんですね。そこから父がさらに研究して、新しい「焼酎ハイボールの素」のレシピを作りました。ベースの焼酎を宝焼酎に変えて、その味に合うエキスを開発したんです。

↑2017年から三代目として店に立っている小俣光司さん(右)

 

中村 新しいレシピになったのはいつごろですか?

 

小俣 昭和から平成に変わるころだと思います。いまから30年以上前ですかね。そのレシピを母が覚え、私が受け継いで今に至ります。

 

藤原 やっぱり、「素」のレシピは秘伝なんですよね?

 

小俣 そうですね、こればっかりは……。でもひとつだけ言えるのは、宝焼酎とエキス以外に、当店独自にブレンドしているものがあるということです。

 

【酒噺のオススメ記事はコチラ】

懐かしくて新しい、地域に根ざした京都の角打ちの噺

【達人と巡る兵庫の角打ち】苅藻(かるも)・飯田酒店の噺

 

「亀屋」の焼酎ハイボールはどんな料理にも相性抜群

↑「マグロぶつ切」(400円)

 

中村 では、「亀屋」さんで人気のおつまみも頂きましょう! まずは「マグロぶつ切」から。切り身も大きくて食べごたえ抜群。この豪快さで400円は超おトクですね。人気の高さも納得です!

 

藤原 鮮度も抜群で、何より焼酎ハイボールとの相性が格別。刺身って、意外にお酒を選ぶ料理なんですが、「亀屋」のボールは幅広い料理に合う。刺身にもバッチリ合いますよね。

↑「納豆オムレツ」(450円)。具材は納豆のほかに、豚肉、玉ねぎ、ピーマンなど

 

中村 この「納豆オムレツ」は、具材が甘辛く調理されていて、お酒が進む濃いめの味付けが良いですね。

 

藤原 これもボールが進みますね~。じゃあ僕のお気に入りのおつまみもどうぞ。「たらこ」「にこごり」「お新香」です。特に「たらこ」や「にこごり」は、下町大衆酒場の王道といえるおつまみです。ぜひ召し上がってみてください。

↑「お新香」(左)「たらこ」(右)「にこごり」(奥)(各400円)

 

中村 あ、「たらこ」は軽く火が通っていてミディアムレアになってるんですね。絶妙な食感でうまみがギュッと詰まっている感じ。大根おろしのアクセントも素敵です! 「にこごり」は弾力があるけれど、歯切れがよくてさっぱりとした優しい味。からしをつけると味が引き締まってイイですね!

 

藤原 最後のシメに「すいとん」はいかがですか? 小麦粉を練って平べったくした団子のような生地を、つゆで煮た郷土料理です。

↑「すいとん」(450円)

 

中村 団子とも麺とも違う、ニョッキみたいな形なんですね。つゆを吸った、チュルッともちもち食感がいい! 甘辛いおつゆで、ほっこりした気分になります。

 

藤原 野菜がたっぷりで胃にも優しい。こういう気の利いたシメがあるのも下町大衆酒場の醍醐味ですね。小俣さん、こんな素晴らしいお店を守って頂いて、本当にありがとうございます。

 

小俣 いえいえ。こうして藤原さんが「酎ハイ街道」と名付けて盛り上げてくれたおかげです。遠方からお客様がいらっしゃることも増えて、とても感謝しています。再開発で昔の街の面影が失われていくのは寂しいですけど、これからもこの焼酎ハイボールの味を守りながら頑張っていきたいですね。

 

中村 小俣さん、藤原さん、今日はありがとうございました! やっぱり「酎ハイ街道」と「亀屋」に歴史ありですね。また勉強になりました!

撮影/我妻慶一

 

<取材協力>

亀屋

住所:東京都墨田区東向島5-42-11

営業時間:17:00~23:00(L.O.22:30)

定休日:日曜、第2・第4月曜

※新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、営業時間等に関しましては、店舗にお問い合わせください(現在はゴールデンウィーク明けまで休業中)。

※取材日:2021年4月2日

 

記事に登場したお酒の紹介はこちら▼

・宝焼酎

https://www.takarashuzo.co.jp/products/shochu/takarashochu/

 

「東京・大衆酒場の名店」バックナンバーはこちら▼

・第1回 【東京・大衆酒場の名店】この緊張感は何だ? 行列しても入りたい立石「宇ち多゛」の強烈な魅力の噺

・第2回 【東京・大衆酒場の名店】初心者女子と楽しく学ぶ! 篠崎「大林」の魅力と「下町酒場の成り立ち」の噺

・第3回 【東京・大衆酒場の名店】伝説の「三祐酒場」で聞く「元祖焼酎ハイボール」発祥の噺

・番外編 大衆酒場の酎ハイに欠かせない「下町炭酸」を飲み比べる噺