「足立 紳 後ろ向きで進む」第14回
結婚19年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!
『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。
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4月29日(昭和の日・木曜日)
昨晩は娘の号泣&スマホ・iPad・ヘッドホン殴打粉々事件で眠れなかった。早朝、妻と話す。私がイラっとして「即ケータイ解約だっ!」と怒鳴り散らさなければ、娘もあそこまでキレるには至らなかったと、とがめられた。一応、反省し朝6時に娘の部屋に行き謝った。普段は起きているはずのない娘も何故か今日は起きており、また驚くことに娘も素直に謝った。最初はもうスマホは要らないと言っていた娘だが、朝食後、妻との3人の話し合いで冷静になり、スマホは娘が、iPadは私が弁償することになった。
その後、野球休みの娘は朝一番でTSUTAYAに行き、漫画20冊借りて引きこもった。妻は先日から息子の保育園時代の友達と約束を取り付けており、久しぶりに幼馴染と会えるご機嫌な息子と共に9時には出かけて行った。
私は昨晩ほぼ眠れなかったこともあり、朝食後の8時の時点で全力で疲労困憊。激しい睡魔に襲われていたが、そもそも昨晩パニックになったのは仕事の締め切りがタイトであったせいもあるため、ここで休憩など出来る訳もなく、萎えている老体と折れている心に鞭を打ちまくってファミレスへ向かった。休日のファミレスは人が多く騒がしいが、こういう時に家に居たら絶対現実逃避するか惰眠を貪ってしまうので、どうにか踏ん張ってファミレスの広い机にかじりつく。野菜を取らねばとローストビーフとケールのサラダを馬のごとく食べて、皆無な気力を奮い立たせてシナリオを書いた。
18時、先日お土産で購入した飛騨の日本酒を2本すべて空けて妻、帰宅(私は一滴も飲んでいない!)。妻が志村けんのコントみたいな酔っ払いの活舌でイライラするが、18時半からその妻も交えてのオンライン打ち合わせ。どんなに酔っていても打ち合わせ中は普通の話し方になるから不思議だ。
5月1日(土曜日)
本来なら多摩市のベルブ永山で「喜劇 愛妻物語」の上映があり、舞台挨拶もあったので観客の皆様とお会いできるのをものすごく楽しみにしていたのに、緊急事態宣言で中止になりものすごく悲しい。大好きだった老夫婦でやっていた定食屋もコロナで廃業してしまい、これも悲しい。天気は最高だが、朝の7時からファミレスへ。
午後3時、ようやく区切りがついたので妻と息子の遊んでいる公園にサプライズで行ったが、息子が喜ぶどころか「パパ、いいー(要らないの意味)」と嫌がった。
こんなに一生懸命仕事をしているのに……、そして寸暇を縫って遊ぼうとしているのに……。怒りとともに、切なさ、疎外感を感じる。公園で説得しまくって、なんとか父親ぶろうと無理矢理息子を銭湯に連れて行き、ジュースを買ってやる。
夜、Amazonで「行き止まりの世界に生まれて」(監督:ビン・リュー)鑑賞。
5月5日(こどもの日・水曜日)
世間ではGWだが、私は仕事が全然終わらず、このGW中、毎朝7時にはファミレスに向かっているが、今日はOFFにしようと前から決めており、いつもお世話になっている助監督の松倉一家とスチールの内堀氏と自宅で昼食会を行った。久々に対面で人と無駄話をしてストレスを発散させた。
そして、なぜかこの日は娘(野球帰り)がずっと我々と同じ部屋にいた。普段は不機嫌丸出しですぐに自室に引きこもる娘だが、今日はなぜ? 過剰な人見知りで自意識過剰なのだが、何時間も居間に居続ける不思議。娘の考えていることが分からない。だが楽しい一日だった。
5月8日(土曜日)
娘、野球OFF DAY。GW中、1回も家族で出かけていないため、今日くらいは家族みんなで出かけよう! と意気込んで井の頭公園に出かける。久しぶりにボートに乗ると、娘のボート漕ぎが上手くなっていて驚いた。ボートに乗っているリア充のカップルにもれなく突っ込みまくっていたが、それはそれで楽しそう。興奮した息子は何度か池にダイブしかけた。
ボートを漕いだ後は(本当は動物園に行きたいがやってない)、公園のベンチで子どもの大好きなピザ(バカの一つ覚えでマルゲリータとクアトロ・フォルマッジ)、我々は「いせや」でレバー・タン・ハツ・シロ・ガツ・ナンコツ・カシラ・ボンジリ等々を購入し、無言で貪り食う。うますぎる。また後先考えず、注意されている代物をたらふく食ってしまった……。
その後、吉祥寺プラザ(以前「14の夜」を上映していただいた)の上のバッティングセンターへ。ついつい娘と息子の打撃に注文をつけすぎてしまい、家族全員からウザがられ総スカンを食う。
夕方帰宅し、子どもたちにお弁当を作ってから、妻と新文芸坐へ。「PASSION」(監督:濱口竜介)を観る。
5月10日(月曜日)
長かったGWが終わった。娘は野球、妻と息子はご近所公園徘徊にて昆虫採集、3人とも無駄に日焼けしていた。
今日からようやく子ども達も学校なので、午前中自宅で仕事。煮詰まったらすぐに横になれるので身体が楽だ。午後、対面の打ち合わせで渋谷へ。街に人が少ない。
夜、「#離婚して車中泊になりました」読む。やはり今後のために車の免許くらいはとったほうがよいかもしれないと思った。
5月12日(水曜日)
久しぶりに妻と高校教師。相変わらず肩甲骨の違和感が酷いので(もう痛いとか痛くないとかのレベルではなく、常に痺れている感覚だ)、以前から目をつけていた高校に行く道中の肩甲骨剥がしが看板のマッサージ店へ。
マッサージ代が7700円もするんだからランチはなし! と言われ、泣く泣くランチを我慢。代わりに学校近くの成城石井で30%オフ弁当を買っておいてもらうことに。
肩甲骨剥がしを70分やって頂いたところ(途中2回、自分のデカイいびきで目が覚めた)、両腕も上がるから四十肩でもないし、肩回りも柔らかいから肩甲骨が張っているという事でもなく、とにかく肩甲骨の中にゴリゴリのコリがこびりついているから、週に1回はマッサージで散らすしかないとかわいいお姉さんに言われ、ついつい来週の分も予約してしまい、妻激怒。成城石井の店長の超おすすめというトマトとチーズのパスタ弁当を買っていてくれたのに、お前にはやらねえと言って妻が高校の門の前で開けて、2分で食べてしまった。あまりに短気というか、もはや人間とは思えない。
授業では映画のシナリオを1本読んでもらった。ほとんどの皆さんが初めてシナリオを読んだみたいだが、読むのも早いし、積極的に意見も書いてくれる。私が17、18の時とは雲泥の差だ。
帰り道、子ども達に鯛焼きとドーナツラスクのお土産を買って帰宅。喜ぶかと思ったが、薄い反応でがっかり。「真説 佐山サトル」読了。
5月14日(金曜日)
最近また足の親指の先がピリつく。尿酸値が「9」ある私はいつ発作がきてもおかしくない。ファミレスから帰宅時、もずくと生わかめを購入。夕食を作っている妻に「海藻を使って美味しいスープ作って、今日は」と言ったら、「『今日は』ってなんだよ!『今日は』ってっ!」と怒鳴られた。「いや、だって、美味しく作ってくれれば食べられるから」とゴニョゴニョ答えると、「まずく狙って料理したことねえんだよ! お前は唐揚げ食ってりゃ喜ぶ馬鹿舌野郎だろうが!!」から発展し、「ったく、どいつもこいつも、黙ってれば料理が出てきて、食器が洗われて、家が片付けられて、洗濯ものが片付けられているとか思ってんだろうが! このクソきたねえゴミ屋敷をどうにか整理してるのは私だけだろうが!! お前らには感謝って気持ちがねーのかよ!」とめちゃくちゃキレて、娘が「はい、またキレ始めた」と煽るものだから、妻は何やら大きな音を立てて部屋から出て行ってしまい、私が夕飯を作ることに。
確かに居間はランドセルの中身が散らかり放題、娘の脱ぎっぱなしのジャージやドライヤーやコンタクトレンズグッズが散らかり放題、ソファには洗濯物の山で足の踏み場もなかった。しかし、私はこういうのが全く気にならない。
床に散らかっているモノを足で蹴とばし、3人で平和に仲良くご飯を食べ(だいたい私の作る夕飯のほうが子ども受けは良い)、21時になったので、その荒れた部屋に布団を敷き、食後のアイスを食べながら娘が選んだ「シコふんじゃった。」(監督:周防正行)を見た(妻なら21時に子供を寝かせるからざまあみろという気分だ)。
息子はバカ受けし「アオキ~!(竹中直人さんの役)、テメエ根性見せろよ!」などと言いながら見ていた。
しかし、妻はなぜあんなに怒るのだろうか。知り合いの脚本家の今井雅子さん(「嘘八百」シリーズを一緒に書いた)はいつお宅に遊びに行っても怒っていないから、今井さんを見習ってほしいと何度か言ったが、「旦那がお前みたいにネチネチうるさくねーんだよ! だいたい人前で怒り狂ってたら病人だろうが!」と怒る。
「あー、人の夫のこと旦那って言った。良くないよそれ」と言ったらさらに怒った。もう少し怒るのをやめればみんなハッピーになるのにな、と息子の歯も磨かせず、矯正のマウスピースを付けさせることも忘れて寝落ち。
5月15日(土曜日)
朝から良いお天気。だが、仕事が押しているため7時にはファミレスへ。娘は野球、息子と妻は息子友達とザリガニ公園へ行ったらしい。
17時ごろ帰宅すると、息子と息子の友達がゲーム、妻と息子友達母が床に寝っ転がりながらベロベロに酔っ払い、ヘドロを吐いている。疲れた身体に鞭打って、誰にも感謝されず、賃金も支払われない家事労働の不毛さ、惨めさ、孤独さを嘆いていたが聞こえない振りをした。19時、そろそろ息子たちが腹減ったかなと思い、白米を大量に炊いて半額売りのA4牛肉を焼いてやったらバクバク食った。友達の母も「パパさんスゴイ、スゴイ」とおだてるものだから、私も調子に乗って「料理は僕の方が上手いんですよねー」なんて話していたら妻の顔が引きつり始めたのでやめた。
5月20日(木曜日)
午前中、ポレポレ東中野で「海辺の彼女たち」(監督:藤元明緒)鑑賞。
今日は娘の誕生日。ささくれまくっている娘だが、誕生日くらいは無条件にお祝いしようとメッセージカードと本を用意。妻も絵を書き、ケーキを作っていた。
夕食時、「誕生日おめでとう」と言ってカードと本を渡すと、娘は「こーいう本、興味なし」と言ってカウンターにポイっと投げた。妻のケーキにも「何このしょぼいケーキ。あーもっと高級なケーキが食べたい」と言い放ちながらも、ムシャムシャ食う。
まったく、手塩にかけて育てたつもりの娘だが、どこでこうなったのか……。それとも、今はただただ反抗したいだけで、根っこは素直な良い子のままなのだろうか……? 分からない。投げた本は寝る時、自部屋に持って行って読んでいた。
5月23日(日曜日)
娘も息子も朝から野球。私はひたすらファミレスで仕事。いい天気なのに白い肌。
仕事のあと、ファミレスの駐車場でスマホをいじっていたら、後ろから物凄い勢いで人にぶつかられた。不意打ちだったので転倒する一歩手前だった。ぶつかってきたのは60代男性。
「こんなとこでスマホいじってるな! 邪魔だ!」と怒られた。あっけにとられたが、もし私がとても怖い人だったらどうするのか?というような想像力は働かないのだろうか? あとになってジワジワと怒りが湧いてきて、脳内でぶつかってきたオヤジを泣くまでこらしめまくった。
スーパーマーケットや銭湯や路上で怒鳴っている老人をよく見かけるが、どこにもぶつけようのない怒りの蓄積が瞬間的に爆発するのだろうか? 先日も、銭湯で息子が水をぶちまけてじいさんにかけてしまい怒鳴られたのだった。まあそれは水をぶっかけるほうが悪いが。命にもかかわるし。
夕方、文化村にて「FATHER」(監督:フロリアン・ゼレール)鑑賞。
5月26日(水曜日)
高校教師。午前中に出来るだけ仕事を進めようとパンツ一丁で仕事に向き合う。どの家もそうか分からないが、我が家はジメジメしてくると、在宅時基本全員パンツ一丁だ(さすがに中二の娘は半ズボン)。だから学校帰り突然息子の友達が来たりすると妻はものすごく慌てる。
今日はマッサージを諦め、激安フレンチ。豚足とエスカルゴのコロッケと牛肉のブルーチーズソースがめちゃくちゃ美味しかった。隣の席の謎の中年3人組の会話が気になって仕方なかった。年間200日ホテルに泊って公演なのか講演をしているらしい。ジャージみたいなラフな格好の3人組だったのが、リーダー格の男性がずっと今年の夏に流行る短パンの形を熱弁していたので、私も安ければそれを買おうと思った。
プリンとケーキのデザートもしっかり食べたが、あと一歩甘いものが欲しかったので、店を出てから大好物のかき氷(小豆ミルク)を歩きながら堪能していたら、いらないと言ったくせに妻が何口も食べるものだから口論になった。買えばいいのにと思う。授業中ものすごい睡魔に襲われたが、今日もどうにか耐えた。
夜、24年ぶりの皆既月食との事で、20時ごろ、裏山に向かう。真っ暗闇の中、多くの人がワラワラとゾンビのように集まっていた。息子のテンションが無駄に上がり、雄たけびを上げながら裸足で走り回っていた。肝心の月は見えなかった。寒かった。
「乳房のくにで」読了。
5月29日(土曜日)
娘の運動会。保護者は一切見学禁止と事前メールがあったため、運動会大好き人間の私はテンションが下がった。妻は朝から弁当作り。今日はクラスで食べるので茶色一色の野球用ドカ弁とは異なり、可愛い二段弁当で彩りにも気を使っている。運動会に尋常じゃなく緊張する娘は朝から殺気立っている。選抜リレーでアンカーを走るのが嫌でたまらないらしい。
10時に娘の運動会を通行人の振りをして覗きに行く。中学校の前について驚く。PTAや先生方が、私達夫婦のような路上から覗き観する不届き者が来ないように巡回警備をしていた。もちろん事前に観覧不可と連絡がきていたのだから規則は規則だ。しかし、学年ごとに時間を分けた運動会で、広い校庭には1学年3クラスの生徒しかおらずガラガラなのだ。学年ごとの観客者を入れ替えて、マスクと消毒とディスタンスを徹底して観覧すれば全然大丈夫なのではないだろうか? 息子の小学校はそうしていた。頭を使わず観覧禁止の一点張りなんて、なんと思考停止の対策なのだろうか。
1学年たった45分の小規模運動会くらい覗かせてくれてもいいんじゃないか? と憤りが治まらない妻が、死角(学校前の駐車場2階)を発見。そこに行ってみると、私達のような親が何人かいらして、まるでレジスタンスのような気分で車の影から運動会を見学した。
帰宅すると留守番していた息子が泣きそうな顔で「ミヤマクワガタがどうしても欲しい」と言ってきた。うちにはカブト虫の幼虫しかいないのに友達に見栄を張ってミヤマクワガタを飼っていると言ったので、明日友達が来る約束になった事を突然思い出したのだ。
グレーゾーンの息子は周囲の友達よりやや幼いところがあり、近ごろちょっぴり友達にバカにされることもある。その反動でマウントをとってしまったのだろう。その気持ちはとてもよく分かるし、その嘘が判明した時の小学生男児の残酷さも想像がつく。なので私は「息子に惨めな思いはさせたくない。今からダッシュで中野の昆虫屋に行ってクワガタを買ってくる!」と言った。すると妻は「バカか、お前は。それで解決する問題か! お前は息子が見栄を張るたびにそうやって必死に尻ぬぐいするつもりか」と冷たく私を見た。そのまま激しい口論となったが、結局妻から友達のお母さん達に「カブトムシの幼虫しかいなくて、ミヤマクワガタはいないの。ごめんね」と友達たちに伝えて頂く、という対処で何とか事なきを得た……ように見えるが、本当に得たのかは分からない。
そんな午前中だけでどっぷり疲れてしまったが、這うようにして仕事に向かった。
【妻の1枚】
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【プロフィール】
足立 紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が公開中。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』(新潮社・刊)。
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