かつて相川七瀬は“夢見る少女じゃいられない”とデビュー曲で歌いヒットを飛ばした。けれど思う、大人になるにつれ「夢を見続ける」のは難しくなるから、そんなに意を決さずとも大丈夫だよと。
ハタチを過ぎたころから、だいたいなんでも、ポジティヴな経験を「夢だったんじゃないか」と据えてしまうきらいがある。たとえば、柔らかく美味しい牛肉を口にしたとき。ライブハウスでミュージシャンと一体になりグルーヴしたとき。恋人と深いセックスをしたとき。
ぜんぶ現実なのに、アイスが溶けるようにどんどん実感がなくなっていって虚しい。無意識のうちに浮遊感ある幸せの輪郭をぼかし、シビアな現実と向き合うためバランスをとっているのかもしれない。歌人・穂村弘のこの首を知って、仲間を見つけた気分だった。
ライヴっていうのは「ゆめじゃないよ」ってゆう夢をみる場所なんですね
(『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』より)
スピッツの15thアルバム『醒めない』は、まさにそんなこじれて寂しい気持ちの拠り所となる1枚だ。私が生まれた1987年に結成され(!)、今年メンバー全員が最後の40代だというバンドが、アルバムの幕開けとして鳴らすファンファーレは初夏の青葉みたいに瑞々しく眩しい。
《まだまだ醒めない アタマン中で ロック大陸の物語が
最初にガーンとなったあのメモリーに 今も温められている/さらに育てるつもり》(“醒めない”)
「若いころは何十年後かは醒めてるんだろうなって思ってたんだけど、醒めてねえじゃん!っていう(笑)」(『MUSICA8月号』より)
これが、豊かで色褪せないスピッツの源だ。空想と散歩が好きでナイーヴだった草野マサムネ少年が、追いかけ続けてきた夢=ファンタジーを、肯定した福音の1枚。たとえ自分を肯定できなくても、「夢」を肯定すれば全てついてくると、50歳を目前にした今だからこそ発せられたメッセージだろう。
《任せろ 醒めないままで君に 切なくて楽しい時をあげたい》(“醒めない”)
新宿ロフトのステージに立つことを目標にし、“ロビンソン”のヒットにビビっていた頃の彼らから変わらないのに、どの一小節を切り取っても迷いなく強度が増している。
「私は何になりたいんだろう」「このままじゃいけない」と、何をつかめばいいのか見えないままもがき突っ走ってきた心の、張り詰めていたものがトロトロと緩む。
「自分を認める」そんな素直な欲求を満たしてあげられないこんな時代ゆえ、世代を超えたすべての人に届いて欲しい。聴いたらまた、スピッツに恋して、醒めないままだ。
【作品情報】
【通常盤】
3240円
UPCH-2086
<収録楽曲>01. 醒めない02. みなと03. 子グマ!子グマ!04. コメット05. ナサケモノ06. グリーン07. SJ08. ハチの針09. モニャモニャ10. ガラクタ11. ヒビスクス12. ブチ13. 雪風14. こんにちは