本・書籍
2021/7/10 6:00

筋トレ、怪談、水族館—— 歴史小説家が選ぶ、今年の「夏」をひと味違うモノにするための5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「夏」。引きこもりを余儀なくされる今年の夏。谷津さんの選ぶ5冊を片手に特別なものにしてみるのはいかがでしょうか?

 

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今年も夏がやってくる……のである。

 

あれ、この前夏の終わりに立ち会ったばっかりじゃなかったっけ? そんな感慨に襲われているのは、なにもわたしだけではあるまい。大人になってから、とみに時の流れが速くなっている気がする。このまま体感時間が速くなっていき、ついには月の運行まで目視できるようになるのだろうか……って、これ、藤子・F・不二雄のSF短編そのまんま(「光陰」)である。

 

とにかく、夏である。コロナが蔓延してようが、とてつもないビッグイベントが開催されようが、刻々と時を刻むのが自然なのである。

 

というわけで、今回の選書テーマは「夏」である。

 

古典のみに許された入れ子構造の「エモさ」

夏と言えば花火。花火といえば――。まずご紹介するのはこちら。『花火・来訪者 他十一篇』 (永井荷風・著/岩波書店・刊) である。

 

表題作を紹介したい。東京市欧州戦争講和記念祭の花火の音を聞いた永井荷風が、ふとそれまで自分が経験してきた新しい祭りの光景を思い出す、そんな随想である。その中で描かれるのは、前近代から近代へと少しずつ作り替えられていく世の中の諸相であり、その変化を前に立ちすくみ哀悼を捧げる一人の物書きの後ろ姿である。現代語に「エモい」なる言葉があるが、表題作の目指すそれは、まさしく「エモい」なのである。永井の詳細な筆によって切り取られた当時の風俗こそがこの「エモさ」の正体である。

 

そして、現代の我々からすれば、本作は著者にとっては想定外の「エモさ」が付与されているといえるかもしれない。永井荷風が佇む憂いの「今」もまた、わたしたちにとってはノスタルジアの対象となっている。現代人にとって本作は、ノスタルジアの時代に生きる人間の抱くノスタルジア、という入れ子構造になっているのである。これは読み継がれた古典のみに許された味であるといえよう。

 

水族館の「推し」が探せるガイドブック

夏と言えば海。海と言えば水族館。というわけで、お次にはこれを紹介しよう。『水族館めぐり』(GB・刊)である。

 

本書は日本中にある人気水族館の看板動物を紹介する本である。水族館案内と一線を画しているのは、各水族館の人気個体を名前と共に紹介していることだろう。

 

昔からそういう側面はあったが、ここのところ、動物園や水族館においても「推し」の概念が浸透したように思う。特定の個体に愛情を向け、一日中その個体に張りついているファンや、動物園・水族館の動物をある種のキャラクターと見なし愛でる鑑賞法が徐々に一般化してきているのだ。

 

本書はそんな風潮に合わせ、「推し海獣・推し魚」を見つけやすいよう、より個体それぞれの魅力に迫った一冊になっている。本書を読んでいると、実際に動いているところを見たくなること請け合いだ。

 

コロナ禍の今、なかなか水族館にも足を運びにくい。だが、コロナ禍もいつかは終わる。コロナ明けに水族館推し活をしたいあなたに。あるいは、デートプランや家族サービスプランを練るための一冊としてもお勧めである。

 

引きこもらざるを得ない夏だからこそ「筋トレ」を

夏と言えば男女問わず薄着になって露出が増える。そうなると気になるのは体型である。とはいえ、食事制限などしようものならストレスは溜まるし、最悪夏バテで倒れかねない……。

 

というわけで、こんな本はいかがだろうか。『筋肉を最速で太くする』(広瀬統一・著/エクスナレッジ・刊)。本書はなんといってもパンチある表紙と直截極まりないタイトルが目を引くが、実際に、めちゃくちゃ実用的な筋トレ本である。なにを隠そう、わたしも去年辺りから肉体改造に勤しんでいるのだが(小説家もPC前で長い間同じ姿勢を取るため、腹筋や背筋は必要不可欠である)、本書は非常に助けになった。

 

本書は筋肉のつくメカニズムや体型に関する基礎知識から話を始め、筋肥大を促すために大事なこと、効率のよい運動法など、理論面からの解説がなされモチベーションアップ。その後、様々なトレーニング法に従いステップアップしてゆけば、最終的にはバッキバキの筋肉が手に入る寸法である。

 

なお、わたしはあまり筋肉がつきやすい性質ではない上、諸般の事情で自重トレーニングしかできないのだが、それでも本書を参考に筋トレを続けた結果、筋力が着々とついてきていると付言しておこう。

 

今年はまだ、水着姿を披露する夏とはならないだろう。だが、引きこもらざるを得ない夏だからこそ、体型維持、肉体改造に目を向けてみてはいかがだろうか。

 

夏の終わりのアンニュイさが漂う傑作SF漫画

夏にはなんとなくもの悲しさがある気がする。そんなわたしの感覚に頷けるあなたにお勧めなのが『ヨコハマ買い出し紀行』 (芦奈野ひとし・著/講談社・刊) である。えっ、今更こんな有名作品を紹介するのか、とお叱りを食らいそうであるが、いい本なのだから仕方あるまい。

 

本書は人類文明が滅びに向かっている時代(本書においては「のちに夕凪の時代と言われるてろてろの時間」と称呼される)に生きる人々の姿を、女性型ロボット・アルファの目から活写したSF漫画である。

 

誤解ないように言っておきたい。本書は夏の光景ばかりが描かれているわけではない。アルファの目を通じて描かれるのは、滅び行く時代の四季折々を「てろてろ」生きる人々の姿だ。だが、一読者としてのわたしは、本書に夏の気配を感じてしまう。

 

本書に描かれる「滅び」は破局的なものではなく、言うなればそれは老衰のような、いや、あるいは線香花火がぽっと下に落ちるかのような、穏やかなるものと示唆されている。その有様が、夏の終わりに漂うアンニュイさに似ている気がするのである。

 

そんなわたし個人の読みはさておき、破局直前の寂寥と、そんな時代にあっても存在する人間の普遍とが入り交じる傑作SF漫画である。未読の方は是非是非。

 

怪談の裏にある闇を顕現させるホラー作品

夏と言えばホラー。ホラーと言えば怪談――。というわけで、こちらを紹介しよう。『カイタン 怪談師りん』 (最東対地・著/集英社・刊) である。本作は怪談を大きなモチーフに置いた新感覚ホラー作品である。

 

著者である最東対地はサスペンスホラーと現代的な作劇技法を組み合わせたスピード感溢れる作品群で知られるホラー作家だが、一方で『異世怪症候群』(星海社)のような「語り物・テキストとしてのホラー」にも強い興味を有している。本作は、そんな著者の二つの作家性を閉じ込めた一冊と言えそうである。

 

本書は妹を神隠しで失った少女、りんが怪談師の馬代 融と出会い、妹の神隠しの真相に迫っていくというサスペンス的な味も強い一冊でもあるが、その一方で、「怪談とは何か」「怪談というフィクションの裏側にある真実」に対する思索が見え隠れしている。怪談というフィクションの裏側に存在するノンフィクション性を作品の中で解いてみせることで、作中の恐怖をわたしたちのすぐ側まで拡張しているのである。

 

わたしたちが何気なく聞いている怪談、実はその裏側にはとてつもない闇が広がっているのかもしれない。本書の提示する怖さは、それまでは少しも感じることのなかった闇を殊更に色濃く見せること、なのかもしれない。

 

 

わたし個人、あまり夏は好きではなかった。

 

まあ、皆さんもお気づきの通りの陰キャ街道まっしぐらな青春を送ってきたわたしが夏を好きになれる道理はないのだが、齢三十五を重ね、嫌いではない、くらいの距離感にはなってきた。それもこれも、本を通じて夏の歳時記に触れてきたがゆえのことだろう。

 

夏が好きなあなたも、そうでないあなたも、本で夏を感じるというのも乙なので是非、と元夏嫌いとしては申し上げる次第である。

 

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【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は『吉宗の星』(実業之日本社)