『酒のほそ道』など数多くのグルメマンガの著作があり「食の伝道師」とも呼ばれる漫画家・ラズウェル細木先生。そんなラズウェル先生に、マンガの制作秘話から思い出の酒場、また、外出自粛が叫ばれる昨今のひと味違った「家飲み」の方法などをお伺いしました。
※本稿は、もっとお酒が楽しくなる情報サイト「酒噺」(さかばなし)とのコラボ記事です。
酒場や酒を飲むときのウキウキ感を描きたい
ラズウェル先生の代表作であり、酒場マンガの金字塔といえる『酒のほそ道』。『週刊漫画ゴラク』(以下、ゴラク)で1994年から続く長寿マンガとして知られていますが、執筆に至ったきっかけは意外にも先生ご自身の発案ではなかったと言います。
「『酒のほそ道』以前から、ゴラクで様々なテーマの短編をよく描かせてもらっていたんです。そんなある日、ゴラクの編集者さんから『酒をテーマにしたマンガを描きませんか?』と提案いただきまして。それが始まりです」
当時は造り手の目線からだったり、バーを舞台にした作品はありましたが、酒場を訪れたり、晩酌を楽しんだりする“飲み手目線”のマンガはなかったのだとか。そんな背景もあって、面白くなりそうだという予感が先生の創作意欲をかきたてたのです。
「もちろん、僕自身が酒好きという点も大きかったです。特に描きたかったのは、酒やつまみの話以上に、酒場へ飲みに行ったときにウキウキする心象風景。あとは実際に飲むまでの楽しいシチュエーションですね。なので酒を飲むシーンにおいては、おいしそうな表情や、思わず飲みたくなる雰囲気を表現できるよう心掛けています。一方でつまみの絵などは描き込み過ぎず、あえてあっさりと。でもそれでいて、料理そのもののよさが出るように意識しています」
最優先するのは、酒場や酒が醸し出す雰囲気。そのため、ストーリーにおける起承転結で盛り上げるよりもゆったりとした展開を重視し、伏線にもあまり重要性をもたせないようにしているそうです。では、マンガを制作する上で苦労されていることは?
「酒にもつまみにも、旬や季節感を大切にしています。ただし長く続く連載だと、同じ食材が登場することも珍しくありません。”秋ならさんま”とかね。でも以前と似た展開では面白みに欠けるので、新しい切り口を考えます。ときには安心感のあるマンネリも大事なのですが、そのバランスのなかで、新鮮なネタをうまく盛り込むことが苦労といえば苦労かな」
連載開始から27年。インターネットの進化やSNSの登場などで、読者の声を聴く機会がより増えてうれしいと先生は言います。
「励みになりますし、読者の声を作品に反映することもあります。例えば、よく冒頭で描く最初の一杯を飲むシーン。僕からするとさんざん描いてきたので、ちょっとマンネリかなと思うこともあるんです。でも、それを求めているという声が多いとわかってからはマンネリを恐れなくなりましたし、むしろ気合を入れて描くようになりました」
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静かでリラックスした雰囲気の酒場が好き
酒場を作品にするには、その魅力を知り尽くしていないと描けないはず。公私ともに数多くの酒場へ足を運んだラズウェル先生に、「いい酒場」の条件を教えてもらいました。
「文字や言葉で伝えるのは難しいのですが、これも雰囲気ですかね。入店した瞬間に、直感で当たりはずれがわかるようになりました。あと、個人的にはガヤガヤしていない、静かな酒場が好み。BGMはなくてもいいです。通りの雑踏が聞こえてくるような落ち着いた空間で、しっぽり飲むのが好きですね」
ここでも先生が重視するのは雰囲気。つまみや酒が種類豊富でおいしいということよりも、ゆったり気持ちよく飲めることが大事なのだとか。では、これまで行ったなかで思い出に残っている酒場は?
「好きな場所のひとつが、大阪の天満(てんま)。飲み屋街としても有名で、朝から営業している店も多いですよね。なかでもよく通っていたのが『但馬屋(たじまや)』。大阪はお客さんもお店の人もフレンドリーでリラックスできる雰囲気にあふれています。大阪に行くたびに、そこの飲み仲間に声をかけ合ってよく集まっていました。名物つまみに「キムチの天ぷら」というオリジナル料理があって、それもすごく好きです。抜群にウマいとか、凝っているとかじゃないんですけど、酒が進むツボを押さえた味わいで。こういう看板メニューがある店も、いい酒場の条件でしょうね」
酒場ではひとりよりも、2~3人で飲むことの方が多いとか。とはいえ飲むときは、あくまでしっぽりと。では、どんな飲み方で楽しんでいるのでしょうか?
「ビールから飲み始めることが多いですが、一番好きなのは日本酒ですね。つまみで真っ先に注文したいのは刺身。白身や貝類が好きです。また一時期マイブームで、まぐろの山かけをよくつまんでいました。今でも家でたまに作りますよ。仲間との会話は、仕事とかその時々の自分たちの共通の話題よりも、目の前の酒やつまみの話をするのが僕は好きです。また楽しく飲みに行けるようになる日が待ち遠しいですね」
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晩酌の献立を考えるとラストスパートの意欲が高まる
ラズウェル先生もやはり、今は家飲み一辺倒。午前中から仕事を始め、以前は22時ごろからが晩酌タイムだったそうですが、最近はやや早め。20時や21時からスタートし、24時前には終わりにしているとのこと。家で飲む酒も、日本酒が多いのでしょうか。
「はい、日本酒だったり焼酎だったり。糖質とプリン体ゼロの焼酎ハイボールや、ビール系も家では糖質ゼロの発泡酒がメインで、ワインもちょこちょこ。やっぱり一番飲むのは日本酒で、夏以外は50℃ぐらいの燗にします。焼酎も冬はお湯割りでほっこりと、夏はすっきりとした炭酸割りが多いですね。たまに、ウイスキーやラムをロックでチビチビ嗜んでシメることもありますよ」
合わせるつまみも、外で飲むときと同様に刺身が多いのだとか。ただし売っている魚に左右されるそうで、家飲みで常備しているのは漬け物だと先生は言います。
「どんな味でもいいのですが、家飲みでは漬け物が欠かせません。箸休めでつまみたくなるんです。あと最近ハマッてるのはチキンソテー。というのも、ミートプレスという鉄板の調理器具を買ったんですよ。これで鶏肉を押し付けて焼くとパリパリになるんです。味付けは塩胡椒にハーブを効かせることが多いですね。でも、基本的につまみのレシピは思い付きですよ。スーパーの品や冷蔵庫にある食材をヒントにすることもあれば、ミートプレスのように調理器具ありきで考えることもあります。せいろ蒸しとかね」
先生がスーパーへ買い物に行く時間は夕方。そこで献立を考えるとともに、その日の仕事のラストスパートへ向けてやる気を起こさせるのだとか。
「買い出しは気分転換を兼ねて行くんですけど、ワクワクするんです。これでおいしい酒とつまみを楽しめるよう、今日もあとちょっと頑張ろうってね。晩酌は最高のリラックスなので、最近は気軽に作ることを重視しています。調理に凝り過ぎると疲れちゃうので、一品ずつサッと作って飲んでという感じですね」
先生の趣味のひとつがジャズですが、意外にも飲むときは一切聴かないと言います。その理由は?
「ジャズは集中しながら聴きたいので。飲んでいるときに流れてくると『この曲はだれが演奏してるんだっけ?』とかが気になって、どっちつかずになっちゃうんです。飲むときはお酒やつまみに集中したいんですよね。でも不思議なもので、仕事をしているときは別の脳が働くのか、音楽がすごく入ってくるんです。
家で飲むときはテレビで、そのとき流れているニュースや録画したグルメ関係の番組がほとんど。食の情報は仕事の参考にもなりますからね。飲み歩き・食べ歩きの番組も面白いですが、よく観るのはレシピ系。料理を作っているシーンを観ながら飲むのが、けっこう好きなんです」
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『酒のほそ道』を読んでより楽しい晩酌を
作品では、酒とつまみの描写やうんちく以上に、雰囲気や飲むことの楽しさを伝えたいと語ってくれたラズウェル先生。ご自身が晩酌をより楽しむために料理番組をよく観ているとのことでしたが、先生のマンガにもよりよい“肴”になる要素があふれています。
まずは代表作『酒のほそ道』などラズウェル先生のマンガを読んで、酒場への思いを馳せつつ、家飲みを楽しんでみてはいかがでしょうか!
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