生きものの力を借りた農業のモデルケースを目指す~カゴメ株式会社
トマトジュースやトマトケチャップでお馴染みのカゴメは、長野県・富士見町に「カゴメ野菜生活ファーム富士見」という“体験型野菜のテーマパーク”を2019年4月から運営しています。ここは単なる観光施設ではなく、「農業・工業・観光」の一体化をコンセプトとし、SDGsとも深く関わりを持っています。
ベースとなるのは3つの企業理念
同社はSDGsについてどんな考え方を持っているのでしょうか。
「SDGsの目標に向かって進めているというよりも、ベースになっているのは、当社の企業理念です」と話すのは、広報担当の堀江建一さんです。
「当社には“感謝”“自然”“開かれた企業”という3つの企業理念があります。創業以来、この企業理念を大切にしながら、トマトをはじめとした野菜、フルーツなど、自然の恵みを生かして事業を続けてきました。ですので、自然の恵みを生かした商品を活用しながら、いろいろな方の健康に貢献していきたいというのが根底にあります。
そのためには、高品質な原料を安定的に調達する必要が出てきますので、自然の保全や環境面への取り組みは、当社にとって優先度の高い課題と考え、活動してきました。さらに、食に関わる企業ですので、食に関する情報や、楽しい体験機会を提供することによって、食の大切さ、楽しさを伝えていきたいという思いもあります。例えば、1972年にスタートした『カゴメ劇場』。食の大切さや楽しさを伝えるミュージカルで、延べ364万人の観客をご招待しています(新型コロナに伴い2020年は同社 HPで動画配信、2021年はライブ配信を実施)」
「食」を通じて社会課題を解決
企業理念をベースに活動しているという同社は、「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる」ということを2025年のありたい姿として掲げています。
「当社が取り組むべき社会課題と考えているのは、“健康寿命の延伸”“農業振興・地方創生”“世界の食糧問題”の3つです。例えば、日本の野菜不足の解消を目指し、2020年1月から『野菜をとろうキャンペーン』を開始しました。野菜需要を喚起し、野菜摂取量を増やすことで“健康寿命の延伸”に貢献できると考えています。また、“共助”という考え方も大切にしており、東日本復興支援活動として農業人の育成や、『みちのく未来基金』(2011年設立)という震災遺児への進学支援も行っています。
昨年2月には、北海道の農業生産法人との協働で、生たまねぎやたまねぎ加工品の製造・販売を行う会社を設立いたしました。北海道壮瞥(そうべつ)町にある廃校になった中学校の校舎や敷地を、たまねぎの貯蔵庫や選果場、加工場として活用しています。たまねぎも地元の農家から仕入れています。これはまさに、“農業振興・地方創生”だと思います。今後も“カゴメのありたい姿”に向かって、社会課題解決のための活動に注力していく姿勢に変わりはありません。活動をした結果、当社の事業活動と関連するようなSDGsにも貢献できればと考えています」
地域への恩返しから生まれた一大プロジェクト
こうしたカゴメの考えを体現した施設が、2019年、長野県諏訪市富士見町に誕生した“野菜のテーマパーク”「カゴメ野菜生活ファーム富士見」。もともとこの地域には、主力工場の一つ「カゴメ富士見工場」が1968年から操業していました。“長年お世話になってきた富士見町に何か恩返しがしたい”と常々考えていた同社は、工場に隣接する、水田だった10ヘクタールの遊休地を有効活用できないかと、2012年ごろから町民の方々や町役場と協議。当時の農業政策も後押しとなり、約6年の月日を経て開業したのです。
カゴメ野菜生活ファーム富士見では、旬の野菜の収穫を体験することができたり、地元で生産された新鮮な野菜をふんだんに使ったメニューが並ぶイタリアンレストランや直営ショップがあります。隣には、生食用の高リコピントマトを栽培する最先端の温室や野菜の露地栽培をする農園、そして見学もできるカゴメ富士見工場があります(現在休止中。野菜生活ファーム富士見にて360°VR映像によるバーチャル工場見学を実施)。
「それぞれが“観光”“農業”“工業”の役割を担い、お互いに連携し、協力をしながら野菜のテーマパークを運営しています」と話すのは、カゴメ野菜生活ファーム富士見の代表取締役である河津佳子さん。
「一般のお客様にとっては、ここは野菜のテーマパークですが、当社の活動の背景には、『食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる』というありたい姿があります。同ファームは、社会課題を解決するための実践の場でもあるのです。
そもそも、農家の高齢化や後継者不足による遊休地問題が深刻化しているのを受け、地域の社会課題の解決に役立ちましたし、観光施設を作ることで地方創生にもつながりました。また、健康寿命の延伸に関しても、野菜の美味しさや楽しさを伝えることで、皆様の健康により貢献していくことになります」
生物多様性保全の取り組み
ファーム内ではどんなことが行われているのでしょうか。例えば、生物多様性保全の取り組みとしてあるのが、「生きものと共生する農場」。畑の周りに害虫の天敵が住み着くようにして、天敵に害虫を食べてもらうことで害虫を減らす農業を目指しています。
具体的には、ネズミを食べて退治するフクロウのための止まり木や、アオムシを食べるシジュウカラの巣箱、アブラムシを食べるてんとう虫や、クモ、トカゲの住処などを設置。一見、何かのアートのようにも見えますが、一つひとつに意味があるそうです。
「何をどう設置するかは専門家と相談をして決めました。今年は新たにインセクトハウス(藁や枯れ枝、落ち葉、生活廃材を使った虫の巣箱)を設置しました。地元の小学生にも作っていただき、数か所に設置しています。
昨年春に取り組みを開始したので、今はまだ多様な生物たちが住める環境を整えている段階ですが、戻りつつある生きものたちの姿を少しずつ確認できています。カゴメの商品は、自然の恵みをできるだけ損なわない、自然の恵みをそのまま生かすことを大切にしているので、自然環境の保全というのは、非常に大きな課題であると考えています。
さらに、クイズが書かれた看板を設置して、子どもたちが楽しみながら生物多様性の大切さを学ぶ機会作りを行うなど、こうした取り組みの重要性を多くの方に知っていただきつつ、天敵を活用した農法を農家の方たちに普及させることも目標にしています」(河津さん)
工場から排出される温水とCO2を活用
同施設内では、環境課題への取り組みも行われています。それが、隣の富士見工場から排出される温水とCO2の再利用です。同じく隣接している菜園では、年間を通して新鮮なトマトを収穫するため、大型の温室を使用しています。この温室の暖房用に工場から排出される温水を利用するとともに、CO2もトマトの光合成に有効利用。年間500tのトマトの生産に役立てているそうです。工場と農場が隣接しているからこそできる取り組みと言えるでしょう。
地域の人たちと二人三脚で
そして「地域に根差した施設になりたい」という思いも強く、それが随所に現れています。例えば、たくさんのひまわりで作られた“ひまわり迷路”。毎年6月には、地元の小学生や保育園、社会福祉施設のご高齢者や障がい者など、総勢100名以上で約2万粒の種を蒔くそうです。
「収穫体験用の畑に手書きの看板が30ぐらい設置されているのですが、実は、小学生たちがお礼として作ってくれた野菜クイズの看板なのです。小学生たちにとって、楽しみな行事になっているようですし、今後も子どもたちの成長に合わせ、さまざまなことにチャレンジしたいと思います」
また、農福連携にも力をいれているそうです。
「カゴメの夏限定のトマトジュースに使用する加工用のトマトを収穫するのに、地域の高齢者や障害をお持ちの方たちにお手伝いいただいています。今年も出来高で1.3t、約1万5000個を工場に出荷しました。人手が必要な私たちにとってはありがたいことですし、ご高齢の方たちにもやりがいを感じていただいています」
地域の人たちにとっても今やファームは欠かせない存在になっているようです。
「富士見町には八ヶ岳の雄大な自然や富士見パノラマリゾート、富士見高原リゾートのような観光施設もあり、美味しい食材もたくさんあります。そして当施設においては、ブランド力や健康に関する知見、観光、農場、カゴメ富士見工場という物づくりの現場があります。野菜生活ファーム単独ではできることには限界があるので、行政や学校、近隣の観光施設などと協力し、それぞれの強みを合わせることで、さらに地域の発展に貢献できたらいいですね」(河津さん)