マイナンバーカードの交付開始から、早くも5年が経過しました。総務省の調査によると、全国のマイナンバーカードの交付率は、2021年8月時点で36%。1年前の18.2%と比べ徐々に増えてはいるものの、まだまだ全国的に普及していないのが現状です。
政府はこうした状況を打開すべく、特別定額給付金のオンライン申請を可能にしたり、最大5000円相当が還元される「マイナポイント」を導入したりと、2023年までにすべての国民への普及を目指し、さまざまな取り組みを行っています。しかし、セキュリティ面での不安が大きく、いまだ制度自体に疑問を抱いている人も少なくないはず。
そこで今回は、マイナンバー制度に詳しい社会保険労務士の松本祐徳さんに、制度に関する基礎知識から、マイナンバーカード保有に関するメリット・デメリットなどを解説していただきました。
あらためて学ぶ、「マイナンバー」って何のための制度?
ニュースで度々話題に上がっているマイナンバー。名前は知っていても、導入のきっかけや目的まではわからないという人も多いのではないでしょうか。まずは、その基礎知識からおさらいします。
「マイナンバーとは、日本に住民票を持っているすべての人に割り当てられた12桁の番号のことを指します。導入のきっかけとなったのは、2007年に発覚した年金記録問題です。年金の記録・管理不備により本人証明ができず、納付記録が行方不明になるという事件が起こりました。こうした経緯からマイナンバーについての議論が巻き起こり、本人であることを特定する番号として導入されたのです」(社会保険労務士・松本祐徳さん、以下同)
では実際に、政府はマイナンバー制度によってどのような社会を目指しているのでしょうか? 運用の目的についても押さえておきましょう。
1. 税と社会保障の公平で公正な負担と給付を実現する
「マイナンバーによって個人の所得や、どのような社会保障を受けているか把握しやすくなります。これにより、本来納めるべき税の負担を免れたり、不当に給付を受けたりすることを防止できるのです。本当に給付や補償を必要とする人が、しっかりと支援を受けることができるような、公平で公正な社会の実現を目指しています」
2. 行政事務の効率的な処理を可能にする
「行政機関や地方公共団体をネットワークで結んで情報共有することで、いままで大幅に時間と労力がかかっていた個人情報の照会・入力といった業務を効率的に行うことができるようになります」
3. 手続きの簡素化・添付書類の省略を可能にする
「行政手続きを簡素化したり、手続きの際に必要だった提出書類を省略できたりと、私たちの負担を軽くすることも、マイナンバーの目的の一つです」
「一元管理をしている」は間違い! マイナンバーの厳しい利用範囲
利用目的はわかっても、「所得や個人情報をまとめて管理されているのはちょっと怖い……」と思ってはいませんか? しかし、よく言われている「マイナンバーで個人情報を一元管理している」という認識は誤っていると、松本さんは言います。
「マイナンバーによって個人情報が一元管理され、自分の貯蓄や自分の医療情報を常に監視されていると不安に感じている人もいると思いますが、それは間違いです。一つのプラットフォームにすべての情報を集約するのではなく、各機関が持つ情報は、あくまでも各機関によって分散管理されています。手続きなどで情報が必要な場合に、はじめて各機関が持っている情報にアクセスすることができる仕組みとなっています。
さらに覚えていてほしいのは、マイナンバーの利用範囲が、税、社会保障、災害対策という3つの分野に限られているということです。つまり、法律で定められた利用範囲外で情報にアクセスすることはできません。マイナンバーはそれほど厳しく管理されている制度なのです」
「マイナンバーカード」には何が記載されているの?
普及率が未だ低迷しているマイナンバーカードについても、理解を深めていきましょう。
「マイナンバーカードは、これ一枚でマイナンバーの確認と本人であることが証明できる唯一の身分証明書です。マイナンバーカードには、12桁のマイナンバーはもちろん、氏名、住所、生年月日、性別といった“基本4情報”が記載されています。さらに顔写真とICチップが付いているのが特徴です。ICチップには、電子的に個人を認証できる『電子証明書』の機能が搭載されているため、これを読み込むことで、オンライン上でさまざまな手続きが可能となります。
ここで一つ勘違いしないでほしいのが、ICチップにあらゆる個人情報が入っているわけではないということです。あくまでもICチップに記録されているのは、12桁のマイナンバーや基本4情報、公的個人認証の電子証明書などのデータで、税や社会保障に関する情報など、プライバシー性の高いデータは入っていません。先ほどの説明の通り、税や社会保障に関する情報は各機関で分散管理をしています。必要なときにマイナンバーカードをスマートフォンやパソコンなどにかざすことで、初めて情報にアクセスできるものなのです」
いざとなった時に便利! マイナンバーカードのメリット
では実際に、マイナンバーカードを持っているとどんなことができるのでしょうか? まずは、所有することで得られるメリットについて教えてもらいました。
1. 身分証明書になる
「前述の通り、マイナンバーカードは公的な身分証明書として使用できます。パスポートや運転免許証と同じように、1枚で本人確認ができる証明書の一つです」
2. 公的手続きが簡略化できる
「マイナンバーカードによって、これまで必要だった提出書類を省略できるだけでなく、各種行政手続きがオンラインでできるようになりました。例えば、確定申告。私もいままで税務署に出頭して申請手続きをしていたのですが、オンラインでできるようになってからは時間の短縮にもつながりました」
3. コンビニエンスストアで各種証明書が発行できる
「自治体によってサービスの内容は異なりますが、住民票の写しや印鑑登録証明書、戸籍謄本といった証明書をコンビニエンスストアで発行することができます。役所が空いていないときにこうした書類を取得できるのは、大きなメリットだと思います」
4. 国からのさまざまなサービスが受けられる
「マイナンバーカードを持っていることで、税や社会保障、災害対策に関するさまざまなサービスを受けることができます。実際に私は、10万円の特別定額給付金をオンライン申請したのですが、それができたのもマイナンバーカードを所持しているからこそ。手続きがオンライン上で簡単にできるだけでなく、迅速に給付金を受け取ることができました。
また、健康保険証としての利用が可能となったり、一部の自治体で図書館の貸出カードの代わりとして利用できたりと、サービスの幅は広がっています」
5. マイナポータルを開設できる
「マイナポータルとは、政府が運営するオンラインサービスです。これに登録することで、子育てや介護に関わるさまざまな行政手続きができたり、税や世帯の情報など、行政機関等が保有する自分の情報を確認できたりします。さらに、健康保険証としての利用においては、2021年の10月からマイナポータルで、薬の情報や医療費の情報を閲覧することもできるようにもなります。
ただし、利用するにはパソコンとマイナンバー読み取り対応のカードリーダー、もしくはマイナンバーカードの情報を読み取れるスマートフォンが必要となるので注意が必要です」
やっぱりリスクも? マイナンバーカードのデメリット
次に、マイナンバーカードのデメリットについても教えてもらいました。
1. 発行申請に手間がかかる
「交付までに1か月ほど時間がかかる上に、マイナンバーカードを役所に直接受け取りに行かなくてはいけないなど、申請に手間がかかるというデメリットがあります。
そしてなによりネックになっているのが、暗証番号です。カードを役所で受け取る際にいくつか暗証番号を設定するのですが、それぞれの暗証番号がどのサービスに使うものなのかしっかり覚えておく必要があります。そうした管理の手間もありますね」
2. 取り扱いに注意が必要
「暗証番号が他人に知られてしまい、勝手にマイナポータルにアクセスされてしまうと、個人情報が漏洩したり、勝手に何かしらの手続きが行われてしまったりするリスクも考えられます。つまりマイナンバーカードは、暗証番号とともに所有している人が厳密に管理しなければならないものなのです。
また、自分自身でマイナンバーカードの取り扱いについて理解しておくことも必要です。例えば、ビデオレンタル店やネットカフェなど、身分証明書の提出を求められた際に見せるのは、表面だけ。本人確認に用いる際は、裏面のマイナンバーまで見せる必要はないのです。あくまでもマイナンバーを利用できるのは、法律で定められた利用範囲でのみ。そうしたルールを覚えておくことも、大切です」
3. 紛失・盗難のリスクがある
「12桁のマイナンバーが流出しただけでは影響はありませんが、カードを紛失し、氏名と住所などが流出した場合は注意が必要です。マイナンバーカードは、特定個人情報が含まれたカードですので、紛失した場合は個人情報が不当に売買され、DM・電話・メールなどで悪用される可能性がないとは言えません。
もしカードをなくしてしまったら、マイナンバーカードの機能停止し、再発行する必要があります。情報が漏洩し不当使用が疑われる場合は、12桁のマイナンバー自体が変更となる可能性もあります」
通知カードを紛失しても申請可能!
マイナンバーカードの申請方法と、マイナンバーを簡単に知る方法
メリット・デメリットを理解したところで、「申請したいけど『通知カード』を紛失してしまって、申請できない!」という人もいるのでは? そもそも申請に必要な「通知カード」と、それに付随した「マイナンバーカード交付申請書」が送付されたのは、2015年。約6年前に配られた書類をなくしてしまった今からでも、申請はできるのでしょうか?
「通知カードが再発行されることはありませんが、マイナンバーカードの申請は可能です。『通知カード・マイナンバーカード交付申請書をともに紛失してしまった場合』は、お住まいの市区町村に問い合わせれば新しく交付申請書を発行してくれます。その後は窓口の担当者に従い、手続きを行ってください。『マイナンバーカード交付申請書だけは持っている』という人は、通常の方法で申請が可能です」
マイナンバーカードの申請にあたっては、郵送以外にも、スマートフォンやパソコン、街中にある証明写真機などから申請が可能です。「マイナンバーカード交付申請書」を持っている人は、自分に最適な申請方法を見つけてチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
また、マイナンバーがわからないのに「転職先で急にマイナンバーの提出を求められた!」という人も少なくないようです。通知カードやマイナンバーカードを持っていない場合でも、12桁のマイナンバーを知る方法を松本さんに教えてもらいました。
「マイナンバーカードを交付申請することが、マイナンバーを知る1つの方法ではありますが、交付には時間がかかります。すぐに知りたいという人は、マイナンバー記載の住民票を取ると記載されていますので、そこで知ることもできますよ」
メリット・デメリットを理解し、マイナンバーカード取得の検討を
「マイナンバーカードはメリットも多いのですが、現在受けられるサービスは、みなさんが日常的に使うものではないというのも事実。それが、交付率が上がらない理由の一つでもあると感じています。ですが、急に住民票や印鑑証明書が必要になった時や、国からの給付金を迅速に受け取ることができるなど、いざとなったときに『持っていてよかった』と感じることも多いはずです」
マイナンバーカードの必要性は、個人のライフスタイルによっても変わります。メリット・デメリットなどをしっかり理解したうえで、一度マイナンバーカード所有について、検討してみてはいかがでしょうか。
【プロフィール】
社会保険労務士 / 松本祐徳
1971年大阪府生まれ。社会保険労務士松本力事務所代表。物流関係のコンサルタントを経て2012年に社労士事務所を開業、現在にいたる。著書にマイナンバー関連法規を逐条解説した『マイナンバー制度法令・解説集』や、トーハン週間ベストセラーランキングで単行本ビジネス書第6位に輝いた『図解とQ&Aですっきりわかるマイナンバーのしくみ』(宝島社)などがある。