本・書籍
2021/11/9 6:15

7人の作家による7匹の猫の物語にハマる——『猫はわかっている』

もう10年以上前のことだが、私の知人は助けた猫に守られていると言っていた。大手出版社に勤める編集者の彼女は深夜、帰宅のためにタクシーに乗っていた。すると、ある道路で倒れた猫を発見、どうやら車にはねられたようだがまだ息をしていた。雑誌の動物ページ担当だった彼女は見過ごすことができず、タクシーを止め、自分の着ていたコートを脱いで負傷した猫をくるみ、動物病院に向かった。

 

しかし、獣医師は重症でもう助からないと診断、安楽死をすすめたのだそうだ。そのためには猫に名前をつけ、費用も負担しなければならない。彼女は、星のキレイな夜だったからその猫に”星ちゃん”をいう名前をつけ、注射の費用を出すことにした。「星ちゃんは私の目を見て、深呼吸してから安心したように息を引き取ったの。あの日から、どうも私は星ちゃんに守られているような感覚があるのよね」と話してくれた。心が温まるいい話だし、猫の恩返しは本当にありそうだとも思ったものだ。

 

さて、今日紹介する『猫はわかっている』(村山由佳、有栖川有栖、阿部智里、長岡弘樹、カツセマサヒコ、嶋津 輝、望月麻衣・著/文藝春秋・刊)は、猫好きにはたまらない短編小説集。文庫本の帯には「馴れない・媚びない・寝てばかり!? でもね、ちゃんとわかっているんです…」という一文があるが、猫という動物をよく表していると思う。

 

老猫、野良猫、ペルシャ猫、それぞれの愛らしい猫物語

目次を見てみよう。

 

「世界を取り戻す」村山由佳

「女か猫か」有栖川有栖

「50万の猫と7センチ」阿部智里

「双胎の爪」長岡弘樹

「名前がありすぎる」カツセマサヒコ

「猫とビデオテープ」嶋津 輝

「幸せなシモベ」望月麻衣

 

人気作家7人が贈るアンソロジーは、猫好きはますます猫を愛おしく感じるだろうし、そうでない人も、一度飼ってみようかな? と思うに違いない。

 

猫は一生に一度だけ人間の言葉を話す?

冒頭に書いた知人が猫を助けた話、実は本書の村山由佳さんの話を読んでいて、ふっと思い出したのだ。

 

「世界を取り戻す」の主人公は、妻であり、母であり、副編集長という肩書きをもつ北川九美という女性だ。動物学者だった父親が『猫に九生あり』ということわざにちなんで、どんな人生を歩んでも何度生まれ変わっても美しくあれという願いを込めて”九美”と名付けたのだ。九美はある日、取材で訪れた動物病院のドクターに自分の名前についての打ち明け話をすると、ドクターはなんと猫の生まれ変わりを信じているという。

 

「僕だって信じていますとも。科学だけじゃ説明の付かないことっていっぱいあるものでね。猫の生命力といったらほんとうに尋常じゃなくて、これまで何度びっくりさせられたことか。(中略)九回生きるどころか、ねえ、知ってますか? 猫は、一生に一度だけ、人間の言葉を喋るんです」

(『猫はわかっている』から引用)

 

インタビューの間に、病院には19歳で余命あとわずかという老猫が運び込まれたものの、預けに来た人物は消えてしまう。翌日、猫好きの九美は何日かだけかもしれないが、その老猫を家族として迎えることにした。ネタバレになってしまうので結末は書けないが、九美はかつて愛した猫と老猫を重ね合わせつつ世話をする。果たして猫は本当に人間の言葉を喋るのか? それは読んでのお楽しみ。愛猫家の村山さんらしい感動に満ちたストーリーだ。

 

野良猫は”うちの子”になれるのか?

阿部智里さんの「50万の猫と7センチ」は野良猫を増やさないために、去勢、避妊手術を施し、一世代限りの地域猫として愛そうという社会の取り組みを背景にした作品だ。飼い犬を亡くしペットロスになっていた一家は、ときどき姿を見せる地域猫に餌を与え、勝手に”二ャア”と名付けて呼んでいた。その二ャアがある日、畑で野犬に襲われ大怪我をしているの発見し、家族が動物病院に運び込む。瀕死の重傷で命の危険があったものの、ICUに1か月入院し、ニャアは助かった。が、家族が負担した治療費は、なんと50万円! その後、一家はニャアを家族として迎えようとするが、もともとは自由気ままに過ごしてきた野良猫、はたしてうまく家になじんでくれるのか? ハラハラ、ドキドキしながら、おもしろく読める作品だ。

 

期間限定でペルシャ猫と同居

望月麻衣さんの「幸せなシモベ」は、猫をあまり知らない人、猫を飼ったことがない人におすすめの小説だ。主人公のチカは「出産が終わるまでうちの子を預かってほしい」という姉の申し出をしぶしぶ引き受ける。猫を飼ったことはなく、まったく分からないが、一人暮らしで、とりあえずペット可のマンションに住んでいたことから頼まれることになったのだ。姉の愛猫はオスのペルシャで名前はミャオ。

 

彼は、私がお気に入りの一人掛けソファーに漬物石のようにどっかりと丸くなって座り、目を細めている。(中略)ミャオはキジトラ柄だった。よく見かけるこげ茶色の虎柄で短毛種の猫の毛をうんと伸ばした感じであり、セレブ感はあまりない。

(『猫はわかっている』から引用)

 

チカはこのふてぶてしい王様をかわいいとは思えず、なにより、一人掛ソファーでの読書をする至福の場をミャオに奪われイライラもする。ところが、どうせ期間限定と諦めて世話を続けるうちに、いつの間にか猫の魅力にとりつかれていくというストーリーだ。

 

この他の小説も、どれもこれも猫への愛に溢れていているのはもちろんのこと、本のタイトルにあるように猫は人間が思う以上に、何事もわかっているのかもしれないと思わせてくれる物語ばかりだ。活字を追うことで癒される一冊といえる。

 

【書籍紹介】

猫はわかっている

著者:村山由佳、有栖川有栖、阿部智里、長岡弘樹、カツセマサヒコ、嶋津 輝、望月麻衣
発行:文藝春秋

“仕事と家事・育児にフル回転の私が、余命幾ばくもない猫を引き取り…”“野良出身、今は家に堂々居座るニャアが野犬に襲われまさかの!?”“火事が起きたとき妻と息子達の明暗が分れた。猫は何を見ていたのか?”人気作家7人が猫への愛をこめて贈る、謎と企みに満ちたアンソロジー。猫は何でもわかっている。たぶん。きっと…。

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