自分という存在は、自分の目にどのように映っているか。自分は、自分という存在をどれだけ肯定しているか。読み手にそんな疑問を投げかける『ドイツ人はなぜ「自己肯定感」が高いのか』という本が話題になっている。
著者はキューリング恵美子さん。ドイツ企業の日本支社で働いているときにドイツ人男性と出会って結婚しドイツに移住、以来20年以上が経過している。かつては他人の視線ばかり気にしながら生きていたが、ドイツに渡ってから自己肯定感の基準の決定的な違いに気づいた。自分基準の自己肯定感を手に入れたきっかけは、大病を克服したことだった。久しぶりに里帰りしたキューリング恵美子さんに、日本とドイツの文化の違いについて、お話をうかがう機会を得た(全2回の2回目/前編を読む)。
TikTokで政治について語るドイツの若者たち
——ネットに対する姿勢に関する質問をさせてください。書き込みによって見ず知らずの人を叩いたり、罵倒したりするという感覚についてどう思いますか?
キューリング ドイツでは、日本ほどSNSが重視されていません。知らない人を罵倒するということもありませんね。子どもたちがグループチャットなどで、特定のクラスメイトに対するコメントを書きこむことはあります。ただ、全く知らない人を攻撃対象にするということは聞いたことがありません。陰湿な攻撃の道具としてSNSを使うということはないですね。
こうしたことは、日本独特なものかもしれません。自分にストレスが溜まっていて、自分が幸せではないから、知らない人を攻撃して発散しようとするのではないでしょうか。他人を批判することですっきりするということがあるのかなと思います。
日本では、人と違うことを言うと叩きがすごいですね。面と向かったディスカッションではなく、ネット上での陰湿な叩きとか、そういう出し方をしますね。私に関するトピックを某ニュースサイトで扱っていただいたので、コメントを見てみました。それは、ドイツの教育は私塾などの費用が高いので、親が面倒を見なければならないという主旨の批判でした。私は、なぜ親がしなければならないのかと思うのです。子どもから頼まれれば別ですが、無条件に親がしなければならないことではありません。私塾に行かせなければいけないということはないのです。こういう感覚を持っている人にこそ、私の本を読んでいただきたいのです。
——ドイツの人たちは、道徳観とか倫理観などをどこで学ぶのですか? 日本では道徳の授業があります。幼稚園でも、和を大切にするという方向性の教育が行われます。
キューリング 小さいころは、両親からいろいろな本を読んでもらいます。ドイツ人は、とにかく子どもに本を読ませます。小学校に入ったあたりから政治的な要素が学習内容に少しずつ盛り込まれて、中学2年生から高校1年生くらい、大学進学コースの子たちは高校の3年間で政治を勉強する授業があります。こうした方法でかなり深いところまで学びます。日本の同年代の学生よりも真剣に国のこととか、社会のこととかについて学んでいると思います。
学ぶというのは先生から教えられるのではなくて、ディスカッションを通して知識を深めていくということです。ドイツにはナチス時代のひどい歴史があります。これは絶対に忘れてはいけない、という思いが根幹にあるのです。それを基に教育も言論の自由も構築されています。特定の一人の人間だけの意見に耳を傾けることは、プロパガンダにつながるので危険です。だからこそ言論の自由を尊重しているわけです。
——10代の人口の投票率を比較すると、ドイツのほうが圧倒的に高い(70%:2021年9月26日のドイツ連邦議会選挙。日本は2019年参議院議員選挙で32.28%)という数字があります。こうした違いが生まれる理由は何だと思いますか?
キューリング 16歳の娘は、“TikTok”とか“Instagram”などのアプリを使って政治について語ることがあると言っていました。環境問題をはじめとする、さまざまな政治的トピックが上がっているようです。うちの娘も環境問題とか動物愛護とか人権問題について真剣に考えているので、よく見ています。
何が何でもフォロワーを増やそうというレベルではなく、政治的な意見をやり取りする道具としてSNSを使っているようです。私もこれには驚きました。あとは、高学年の子どもたちは学校でも政治経済、社会問題を取り入れたディスカッションをするので、投票率が上がるのは当然です。SNSについては、興味の方向性と度合いが違うかもしれません。
——日本では、高校入学をきっかけにして子どもにスマホを持たせることが多いようです。ドイツではどうでしょう?
キューリング もっと早いですね。幼稚園くらいからタブレットで遊んでいるので、子どもがスマホを欲しがれば、1日何時間だけ使っていいという条件付きで与えると思います。ドイツの場合は10歳とか11歳ですね。ちょうど小学4年生を終えたころです。学校によっては持ち込み禁止の場合もあります。高学年になると、検索エンジンを使いながら進める授業もあります。先ほどの話に戻りますが、みんながTikTokで政治の話をしているわけではありません。ただ、そういう使い方をする子どもが多いということです。
自分の人生は自分で責任を持たなければならない
——ご自身の自己肯定感についてお尋ねします。自己肯定感をドイツ基準に則って高めていくために意識して実践したことはありますか?
キューリング 常に意識しているのは、他人に何を言われてもブレないようにすること、自分を大事に思うことです。あとは、自分を他人と比べないことです。いちばん考えなければならないのは、自分が何のために生きていて、どういう人生を送っていきたいかです。結局、他人の気持ちや意見ばかりを聞いていると、自分というものがブレてしまうと思います。
ある人の意見を聞いて失敗してしまったら、「ああ、聞かなきゃよかったな」と思うでしょう。その人の責任にすることもあるかもしれません 。でも結局、自分がやったことは自分の責任なので、他人の意見を聞いて何かを決めたとしても、最終的には自分の意思で決めたことになります。自分の人生は自分で責任を持たなければなりません。やりたいこと、大切に思うことにブレが出ないようにしながら、誰よりも自分を大切にしていくことが重要だと思います。
本にも書きましたが、私は大病をしました。あの時、主治医のせいにしそうになりました。カルテを持っているのに、ガンになりかけているものについてなぜ知らせてくれなかったのか。そう思うのが普通じゃないですか。ところが、主治医はそれを「自業自得」と言うのです。主治医からいきなりそう言われて、ドイツの医者はなんてことを言うんだろうと思いました。
それで長い間色々考えたのですが、ふと思ったのは、お医者さんであっても、私の命については何も決められないということです。そういう意味では自業自得だったと納得しました。きちんと自己管理できていなかった自分が悪かったのです。受け容れるまで2年ちょっとかかりましたし、いろいろ考えました。私が死んだとしても、「先生、あなたのせいですよ」と言って責任を取ってもらうわけにはいきません。そして、「自分の体なんだから自分で守るしかないじゃない」と思いました。心も体も自分のものなのだから、誰かに任せることはできないと気付いたのです。まわりはいろいろ言うでしょうが、自分について何かを最終的に決めるのは自分しかいません。
——キューリングさんは、ドイツに行ってから自分というものを確立したのですか? それとも日本にいる時からそうだったのですか?
キューリング 私は、ドイツに行った後も他人軸で生きていました。他人の意見ばかり聞いて揺れている人間でした。常に夫に頼って、彼が何でもやってくれるからという感じで暮らしていました。
ただ、本に書いている通り、大病をきっかけにして自分の人生とか、生き方とかを見直すようになりました。自分というものを確立できたのはそこからです。人生最大のピンチがチャンスに変わったということです。まずは自分が、自分という存在を受け入れないといけないでしょう。自分が今ここに存在しているという事実を素晴らしいと思うべきです。自分の命を大切にすることは重要です。自分軸というものは、そこから形成されていくと思います。他人の意見を聞いてはいけないということではなくて、他人の意見も聞いて、それを自分で考えていくという姿勢が自分軸を作っていくのではないでしょうか。
ボーンアゲインという言葉がある。生まれ変わったとか、信仰を新たにしたという意味だ。ドイツに行った後も自分軸が構築しきれなかったキューリングさんは、大病を克服した後ボーンアゲインの状態になり、そこからしっかりとした自分軸を作ったのだろう。
日本で暮らしていても、ボーンアゲインの瞬間は必ず訪れる。問題は、それに気づくか気づかないかだ。長くするべきなのは、他人軸で生きる時間か。それとも自分軸で生きる時間か。答えはもう出ているはずだ。
【書籍紹介】
ドイツ人はなぜ「自己肯定感」が高いのか
著者:キューリング恵美子
発行:小学館
「残業しない」「メイクはしない」「ビールを注ぎ合わない」「子どもの成績が悪くても責めない」-。ドイツ人にとっての“常識”は、「空気を読む」のが当たり前の日本人には違和感を覚えることも多い。しかし、「ありのままの自分」を重視し、国民の9割が「自分には長所がある」と答えるドイツ社会では、シンプルで無駄のない自分たちの生活への満足度が高く、人生を満喫している。“EUの優等生”ドイツを支える人々の最強メンタルの秘訣を明かす。