最近、若い女性を中心に人気が高まっているガラスペン。筆記具としてはもちろん、ガラス工房で職人の手によって一本一本つくられる“芸術品”として、その美しさに魅了される人が増えています。
2021年12月に日本初のガラスペンに特化した入門書として『見て、さわって、書いて、描く はじめてのガラスペン』(実務教育出版)を出版した武田健さんに話を聞きました。ガラスペンの魅力や使い方、さらにこのブームをブームで終わらせないための“ガラスペンのこれから”についても伺います。
インクブームから波及した、ガラスペンブーム
実は、発祥は日本と言われているガラスペン。武田さんによると、「はっきりとした時期はわかっていませんが、100年ほど前に日本のガラス工芸職人が、作品の一つとして『ガラスペン』をつくったことが始まりのようです」とのこと。ではなぜ、長らく脚光を浴びてこなかったガラスペンに、今になって注目が集まっているのでしょうか? 武田さんはその背景には、「昨今のインクブームが密接に関係しているのではないか」と言います。
「私がインクを好きになったのは2010年のこと。ちょうどその時期から黒や赤だけでなく、さまざまな色のインクが各メーカーから販売され始めました。気づけばここ数年でインクは大きなブームになっていて、今ではたくさん集める人も増えてきています。しかし万年筆は、一度インクを入れると使い切るまで取り換えることができません。そのため、たくさんインクを持っていても、なかなか自由に使うことができず、もったいないと感じている人が多くいました。
そこで、ペン先を洗えばすぐに別のインクを使うことができる “つけペン”が注目されるようになったのだと思います。そしてつけペンの中でも、含ませられるインクの量が多く、文字を書くのに適しているのがガラスペンです。ここ2-3年でインクファンの皆さんがこのことに気づき始め、ガラスペンの認知度が上がっていったのではないでしょうか」(武田さん、以下同)
「インクを自由に変えて使えるところはもちろんですが、ガラスペンの魅力はなんといってもその美しさ。ひんやりとした感触や透明感のある見た目は、ガラスならでは、ですよね。並べたときも美しいし、書いているときもとても気分が上がります。
ガラスペンの多くは、日本各地にあるガラス工房で職人が一本一本手づくりしていて、いわばすべてが“限定品”。同じように見えても微妙に形が違ったり、書き味が違ったりするところも、ガラスペンの面白いところです。しかも、上質なものは数万円もする万年筆と比べて、ガラスペンは良いものでも1万円ほどで購入可能。手軽に所有できる芸術品として、これからもっと広がっていくのではないかと考えています」
意外と簡単! ガラスペンの使い方
ガラスペンを使ってみたいけど割れてしまいそうで怖い、と不安に思う人も多いはず。そこで武田さんに、ガラスペンの基本的な使い方や、使う時の注意点を教えていただきました。
1.ガラスペンを使う前に、まずは準備!
・ガラスペンを置くケース
「必要以上に恐れることはないですが、まずは『ガラスペンは割れ物である』という意識を常に持っておくことが大切です。ガラスペンを使うときには、机の上で転がらないようケースを用意しておきましょう。私は万年筆用のものを使っています」
・水と拭くもの
「そのほか、ペン先を洗う水と、ペン先を拭くためのティッシュや柔らかい布も用意してください。水はガラスペンが当たっても割れないようなプラスチックカップに入れておくのがおすすめです」
2.準備ができたら、インクをつけて書く
「準備ができたら、いよいよガラスペンを使っていきましょう! まずはペン先の半分くらいまでインクに浸けます。インクをペン先に付けるときは、ペン先がインク瓶の底に当たらないよう注意してください。インクは“毛細管現象”によって上へと引き上げられるため、ぽたぽたと垂れることはありませんが、余分なインクは用意したティッシュなどでそっと拭うといいと思います」
「書くときには、ペンを少し寝かせて、力を入れすぎないように注意。インクが自然と下に落ちるよう、くるくると回しながら書くのがコツです。書いていくうちに少しずつインクの濃淡が出てくるのも面白いところ。インクの付け方や紙にもよりますが、一回インクを付けると、だいたいはがき一枚分くらいの文字量を書くことができます。
私はガラスペンとインクの色味を揃えることが多く、その日の気分によって使い分けています。なかにはネイルと色を合わせる人もいるのだとか。色のコーディネートができるのも、ガラスペンの楽しみの一つです」
3.使い終わったあとの片付けも慎重に
「ガラスペンを使い終わったら、ペン先をティッシュなどで拭ったあとに水洗いをします。洗ったあとにもう一度拭けば、そのまますぐに別のインクをつけても問題ありません。インクの粘度が高く、ペン先の溝に残ってしまったときには、歯ブラシなどでこするときれいに落とすことができます」
「ペンを片付けるときには、ペン先保護のためにゴムチューブをつけるのを忘れずに。ゴムチューブはガラスペンを購入したときについていることが多いですが、もしなければ、ホームセンターなどで販売しているので探してみてください。また私は、ガラスペンを収納するケースとして『KACO』の万年筆ケースを使っています。クッションがついているので、持ち運びたい方にもおすすめ。ガラスペン作家の方もよく使用されています」
「私は万年筆を長文用、ガラスペンを短文用として使い分けています。ガラスペンはちょっとしたメモ書きや、新しいインクを買ってきたときの試し書きにぴったりです。中でも私がおすすめしたいガラスペンの使い方は、SNSにアップする文章をガラスペンで書くこと。私自身Twitterなどで、紙に手書きした文章に、使用したガラスペンとインクを添えて撮った写真を投稿しています。スマホで打ち込んだ文字だと皆一緒ですが、手書きの文字は一人一人まったく違って個性が出ますし、思いもより伝わるはずです。
また、インクを使って書くと濃淡が出るからか、癖がある字でも味が出るんです。私も最初は自分の字に自信がなかったのですが、万年筆やガラスペンで文字を書くようになってからは、自分の字も悪くないかもと思えるようになりました。ガラスペンは自己表現のためのツールの一つ。デジタルの時代にあえて“手書き”することの楽しさを、ぜひ皆さんに知ってもらいたいです」
武田さん愛用のガラスペン 5選
日頃からガラスペンを使用し、現在は75本ほど所有しているという武田さん。今回はその中からお気に入りを5本、紹介していただきました。
・紙に写る影まで美しい!「HASE硝子工房」のガラスペン
「大好きな作家さんの一人、HASE硝子工房の長谷川さんがつくったガラスペン。くるくるとしたらせん状の模様や落ち着いた色に、どこか和の雰囲気が感じられて、とても素敵ですよね。光が当たったときに紙に写る影もきれいで、使っていると気分が上がります」
・さくらんぼづくしの愛らしい「八文字屋」×「Kokeshi」のコラボ
「こちらは山形で300年続く老舗書店・文具店『八文字屋』とガラス作家・藤田えみさんのブランド『Kokeshi』がコラボして生まれたガラスペン。山形産さくらんぼの佐藤錦をイメージした赤いトンボ玉や、軸にあしらわれたさくらんぼの刻印、ぽってりとしたフォルムがなんともかわいらしいですよね」
・ご当地の伝統菓子がモチーフ!「八文字屋」×「GLASS STADIO しなぷす」のコラボ
「こちらも同じく八文字屋と、『GLASS STADIO しなぷす』のガラス作家・並木亮太さんとのコラボガラスペン。山形の老舗和菓子屋『乃し梅本舗 佐藤屋』が創作した伝統的な寒天菓子『空ノムコウ』をイメージしてつくられています。このようなご当地ものをモチーフにしてつくられたガラスペンは、その地域の人なら思わず欲しくなってしまうはず!」
・繊細な美しさを随所に感じる「Shoko Yamazaki」のガラスペン
「オリジナルのインクなども手掛けているShoko Yamazakiさんがつくったガラスペン。私が持っているような小ぶりサイズのものは、小さな手の方でも使いやすいと思います。軸の中の繊細な網模様は、光を当てるとさらにきれいに見えます。また、軸の上についている小さな玉は、Shokoさんがつくるガラスペンの特徴。可愛らしいアクセントになっています」
・絶妙なカラーとフォルムが特徴の「OfunaGlass」のガラスペン
「大人気でなかなか買うことができない、川口剛さんが手がけるOfunaGlassのガラスペンは、絶妙なカラーグラデーションが魅力。私はターコイズが好きなのでこの色を選びましたが、販売されているものは一本一本色やデザインが異なるので、ぜひ好みのものを探してみてください!」
ガラスペンを選ぶ時、壊れてしまった時は?
「ガラスペンを購入するときには、まずはお店に行って、試し書きをしてみることをおすすめします。ガラスペンは一本一本書き味や太さが異なっていて、好みも人それぞれ。実際に試しながら、自分好みのものを探してみてください。作家さんによっては工房で直接販売しているところもあるので、そこで話を聞きながら購入するのも一つの方法だと思います。
また、ガラスペンは使っているうちにペン先が欠けてしまうこともありますが、工房に相談すれば、多くの作家さんが修理をしてくれます。私も過去、文字を書いている最中に、ペン先がポキッと欠けてしまったことがあったのですが、すぐに直してもらえました。このように修理しながら長く使えたり、購入後も直に作家さんとつながったりできるのもガラスペンの魅力だと考えています」
ブームで終わらせない! たくさんの可能性を秘めたガラスペン
ブームになっている一方で、実は作り手の数がまだまだ少ないというガラスペン。その理由は、「まだ歴史が浅いから」だと武田さんは言います。現在販売されているガラスペンの多くは、「ボロシリケイト」と呼ばれる硬質ガラスでつくられていますが、このガラスを使った工芸品の製法が体系化されたのはごく最近のこと。そのため、ガラスペン作家の“大御所”と呼ばれる人でも、つくり始めたのは2014年頃からだそう。
「ガラス作家さんは基本的に、ガラスペンだけを専門にしているわけではなく、アクセサリーやオブジェといったガラス工芸品をメインでつくっていることが多いんです。そのためこれからガラスペンをつくってくれる作家さんがもっと増えていったらいいなと思っていて……。いろいろな工房に足を運びながら、今まさに新しい作家さんを探しているところです」
「そしてガラスペンブームを一過性で終わらせないためにできることも考えていきたいと思っています。例えば、ガラス作家さんの“ものづくり”について深く知ることもその一つ。今は作品をSNSにアップしている作家さんも多くいて、直接コンタクトが取れたり、作家さんの思いを知ったりすることもできます。
私は以前、HASE硝子工房に行って作家さんの技術を目の当たりにしたことで、ガラスペンだけではなくペンダントも欲しくなって購入しました。こんなふうに、ガラスペンが好きな人はガラスのアクセサリーを身に付けてみたり、ガラスのペーパーウェイトをペンと一緒に使ったりするのもいいと思うんですよね。好きな作家さんのガラスペンを入口に、どんどん世界が広がっていくと、もっと楽しくなるはずです」
手軽に持てる芸術品として、毎日の暮らしを豊かにしてくれるガラスペン。まだまだいろんな可能性を秘めたこのガラスペンの魅力を、見て、触って、使って、体感してみてはいかがでしょうか?
【プロフィール】
インクアドバイザー・文具ライター / 武田 健
3000本以上の万年筆インクを所有し、様々なショップとのコラボインクをプロデュース。オンラインショップ「KEN’S NIGHT」ではオリジナル文具の販売も行っている。著書に「美しい万年筆のインク事典」、「和の色を楽しむ 万年筆のインク事典」(グラフィック社)。21年12月には日本初のガラスペン入門書となる「見て、さわって、書いて、描く はじめてのガラスペン」(実務教育出版)を出版。
『見て、さわって、書いて、描く はじめてのガラスペン』(実務教育出版)